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[席を立とうとして、思いとどまる。
……興味本位で、どんな顔なんだレベルで見に行くのは失礼なんじゃないか?
いや、本を探す振りをして覗けばいいじゃないか。
そうは思うが、体は動かない。
元々野次馬などをするタイプの人種ではないからか、段々と興味のよりも面倒さが勝ってきてしまう。
もう少し見てるか。
そう思ってブレザーの袖に頬をすり寄せた。]**
…ふっ…くっ…
[図書室では静かにするのがルールだ。
できるだけ声を出さないように。
できるだけ音を立てないように。
わかってはいるのだけれど、必死になればなるほど声の混じった息が漏れてしまう。
車椅子が本棚とぶつかって、音を立ててしまう。
騒音というほどではなくても、静かな場所では意外と気になるものだ。]
(ああ、もう…!)
[届きそうで届かないもどかしさ。
不本意に音を立ててしまう気まずさ。
苛立った様子で動かない太腿の上に腕を振り下ろして、恨めしそうにその本を見上げた。
あと30cm近づけたなら、きっと届くはずなのに。
この車椅子が邪魔だ。]
…はあ
[諦めたようにため息をついて、校庭の見える窓際まで移動すると、外に目をやった。
陸上部が短距離のタイムを計っている。
あんなふうに思い切り走るのは、どんな気分なんだろう。
気晴らしのために窓際に移動したはずなのに、なぜだか悲しくなってきた。]
「君さあ、コウサカ先生と仲良いよね」
カウンターの奥で分厚いハードカバーを読みふける委員長が、独り言じみてつぶやいた。彼女は僕のひとつ先輩で、今時珍しい、きつく編んだおさげに黒いセルフレームのメガネという図書館女子のイデアのような存在だ。
「仲がいいっていうか」返却作業の手は止めずに、僕は答える。誰かさんが働かないせいで、処理すべき本が目の前に山積みにされていた。窓の外はそろそろ夕暮れの気配が近づいている。下校時刻も近い。「まあ、趣味?が?近いし?」
コウサカ先生は図書室へも足繁く通っていた。司書の先生によると、自然科学に関する蔵書はほとんど読み尽くしているらしい。僕が作業をしているところへやってきては毎度おすすめの本やらを置いて行くし、まえに勧めた本の感想を尋ねてくるものだから、僕の読むスピードもかなりのハイペースになっていた。
「最近の学生は、あまりこういうのは読まないからね」いつだったか、先生はぽつりと言った。「ファンタジーなんかはどうにも苦手でね、まあ、SFやミステリーなら、多少は読むんだが」僕も同じだった。「エンデは挫折しました、なんか読みきれなくて。映画も観てません」「そうだろう」「クリスティなら全集読みましたけど」「僕もだ」あの時、心なしか嬉しそうにした先生は、同好の士を探していたのかもしれない。
「知ってる?あの先生の奥さん、元々ここの司書だったんだよ」委員長は読みさしの本をぱたんと閉じ、鞄にしまいながら言った。「へえ、初耳ですね」この一年半、そういえば家族の話は聞いたことがなかったような気がする。「うちのお姉ちゃんに聞いた話だけど、すっごい熱烈アプローチしてたって」「全然、想像つかないですね」「でしょ」
話の落とし所を見出せない僕は、わざと作業のペースを上げた。「君は?」唐突に、謎の問いかけが挟まる。「はい?」思わず手が止まる。「私の知る限り君毎日いるし、誰かお目当てでもいたりするのかなー、って」委員長は室内をぐるりと見回した。
その言葉の意味を理解するのにたっぷり3秒を必要とした。僕は二回、瞬きをして、深呼吸。吸い込んだ空気はそのままため息になった。
「んじゃ、あとよろしくね」と言い残し、委員長は去って行った。あとも何も、最初から僕が一人で作業をしていたからその言葉はフェアじゃないな、などと考えながら、僕はいまだ山積みの作業を終えるのにかかる時間を頭の中で再計算していた。
[「ちょっと男子ー!」
いや、私はそういうキャラじゃない。
「まあ待ちたまえ、何があったんだい」
そういうキャラでもない。
それに、近藤さんといえば車椅子で有名だ。私は向こうを知っているかもしれないけれど、あっちは私のことなんて知らないかも。どっちが悪いかなんて分からないし見てもいないのだから、私は何も見ていない。そう、それでいいのだ。
何だか相手の男子は頼りなさそうだったけれど、助けを求められたわけでもないし。目を逸らして別の方を見る。]
[私はもともと、そう派手な人間じゃない。友達の中でもいちばん地味だという自覚もある。明るくて人気のあるナオはみんなから好かれてるし、弦楽部のハツネなんて男子からも女子からもすごくモテる。……もしかしたら、幼馴染のあいつよりも地味かもしれない。眼鏡の癖に生意気だぞ。
頭の中でぐーるぐる。
誰にも言わない思いはコーヒーとミルクみたいに混ざっていって、変な自己嫌悪かはたまた八つ当たりか、することもないしぐるぐるとその場で回ってみたりして。目が回ってきた。私は何をしているんだろう。]
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