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分かったわ。少し待って。
[かたりと杖を鳴らし、迎えを待たせて部屋へと戻る。
出掛けるために衣服を少し整え、
大きな帽子を長い髪の上に被ってリボンを結ぶ。
開いていた窓をきちんと閉めて、飾り布に少し視線を落とした]
間に合わないわ…。
[随分出来ていたのが、少し悔しい。
形はもう整って、あとは刺繍を施すばかりというのに。
だからそれも畳んで、荷物の中に一緒に入れた。
ふと思いついて、鏡台の前に置いた小物も仕舞う。
荷物は、そこそこの大きさになった]
[使いに連れられて屋敷に向かう道中、男の手は無意識に自分の喉に伸びていた]
[そこには、古い傷跡があった。病で失った声の残骸が]
[幸い耳は聞こえる為、日常生活に不便は無い。己の意思は、ペンで伝えれば良いだけの話]
…………。
[声にならずに男の口から漏れたのは、果たして嘆きか、それとも――]**
お願い。
[荷物を迎えの男へ差し出す。
杖をつく女が荷物を抱え歩くのは、少しどころでなく困難だ。
予測はされていたのだろう。
迎えに否やはなく、女は彼へ荷物を持たせたまま歩き出した。
女はもうひとつ、それとは別の荷物を持っている]
おかしなものじゃないわ。
[家の扉を閉ざしたあと、ドアノブにそれを括り付ける。
時折訪ねてきては、女のこしらえものを持っていってくれる人。
その人へと、暫く不在にする旨のメッセージを添えて、
様々な布のこしらえものを、扉に置いていく。
その人は、呼ばれていなければいい。
女は風に帽子を押さえて、不安に顔を*曇らせた*]
[お伽噺なんて子供のもの。
伝承なんて古臭いもの。
そんな価値観の中で育ったが故に、]
……へぇ。
[娘はひどく冷めた顔で、その宣告を受け取った**]
─ 作業場 ─
[冬に備えての仕事が増える時期。
忙しそうに仕事の準備をする。
その時作業場に現れたのは使いの男。
使いの男から声がかかれば、
手紙を受け取り中身を確認する。]
まーったく、今忙しい時期だってのに…。
長老の御伽噺に付き合う程暇じゃないっての。
[溜息をつけば困った表情でブツクサと、それでも使いの男に一応の了解を得てから家へ荷物を*取りに帰った*]
― アトリエ ―
[父は絵を描く以外に脳の無い人間だ。
物心ついた時から、母は居なかった。逃げたのだと叔母に聞いた。
だから彼が物心つく頃には、家庭の仕事はすべて彼の役割となっていた。
父一人、子一人。
毎日がこうやって続いていくものだと思っていた。
この日、アトリエに弁当を届けた彼は、父の邪魔にならぬように、床に落ちた物を片づけていた。
戸を叩く音に、父は目を向けない。
絵を描いている時はそういうものだと知る息子は、彼の代わりに、自分への客とは知らず、戸へ向かった]
星詠みで、……そうですか。
[警備員が広げた書には、村に伝わる話が書いてあった。
否、その当事者なのだと、書いてあった。
しばらく書面に目を落としていた彼は、振り返る。
アトリエの中、父の言葉は無い。筆の走る音だけが聞こえてくる。
嘆息すると、窺うように警備員を見た]
お断りする事は、……出来ないのでしょう。
ならば僕は、行きます。
父に手紙を書いて、食事を作り置きしたら、向かいます。
何せ父は何もできませんし、描いているものを考えれば女性を招くのも、いけません。
[大きめの鍋に具沢山のスープを作り、パンを机の上に置く。
幾ら人を呼べないとはいえ、そこまで多くのものを作る時間があるわけでもない。
数日分で良いのだ。
そうして用意を整えた後、彼は手紙に文字を連ねる。
スープを温めて食べる事、下手なものに触らない事、パンが足りなくなったらあの家に買いに行くこと。菜園のトマトは自由に食べて良い事。
最後に、自分は星詠みにより外れの屋敷に行く事。
机に置くと、漸く自分の外出の準備を始める。
小さなバッグにそれは収まった。
アトリエを覗くも、声をかけることはない。
音を立てずに戸を閉めて、いってきますと口の中で呟いた]
[屋敷へ向かう道すがら、誰が呼ばれているのだろうと考える。
誰が呼ばれていても、それは嫌な想像にしか繋がらず、顔を歪める]
――お伽噺だろう。
[何も起きない、と。
願うように、小さな声を落とした**]
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