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[ キコ… ]
[上り坂はもうしばらく続く。見かけるのはボタンの後ろ姿。]
ほ 婆っばん
[こんちは、と懐こく声をかける。老婆と上り坂とを見比べる。]
…
此処せえ 乗っちっきゃい。
[足腰の適わぬらしき彼女へ、自転車の荷台――トランクの上を
ぽこんと叩いて示す。腰掛けて乗っていくように勧めるよう。
運動にならぬとボタンが断っても、移民の男は首を横に振る。]
…そんなら てっぺん までなら 良かろだい。
[力を籠めるでもなく、移民の男の腕はボタンを抱え上げる。
荷台のトランクケースへ彼女を座らせ、自身は自転車を押す。]
こないだの握り飯 うまかった。
親方も よろしゅう て。祭、晴れたらええな て。
[上り坂。他愛無く話す。口数はすくない、話題もつたない。]
なあ 婆っばん。
『いい天気』 て 『晴れ』 か ?
[斑曇り、雨上がりの空。『あした天気になあれ』…聞いた歌。
見上げ、思い出しながら尋ねた。老婆が零す、不平の合間に。]
[話題が祭に及ぶと、ギンスイの姉たるV9ミスにも話が到る。
ンガムラから聞いた其れをやや遠慮がちにボタンの耳に入れた。]
…ネギヤさん 張り切っちょっで。探さんと なあ。
[ボタンの反応を聞くと、僅かばかり困り顔。
やがて自転車は坂の頂上へ着く。
彼女を下ろす際、積荷のトランクからじじじと音が聴こえた。]
ほ
…何でん 無か。
[男がてのひらを当てると程無く音は収まる。すこうし、微笑み。]
そんなら、気ぃつけて 行たっ来やんせ。
親方… んにゃ 親父さんも。
川の水嵩よっか 嬢ちゃんをば 心配しぃちょっし な。
[不器用に伝え、自転車のペダルを踵でからりと空回り*させた*。]
化粧師 ンガムラは、ここまで読んだつもりになった。[栞]
―裏山―
んぜー、んはー。
[苦しい息をつきながら、坂道を上る]
だいたい……姉ちゃんは、嫌なことがありゃぁ、お社で神様に八つ当たりするか、ぜはー、分校の校庭でヤケブランコ漕ぐか、じゃ。
はー、はー、はー。
ワシゃ、姉ちゃんほど、体力無いんじゃ。勘弁、してくれ。
[道沿いの樹に寄りかかって、しばし休憩]
先に、分校行ってみりゃ、良かったかのぅ。
……うぉ。降り出しおった。
[見上げた空は明るいのに、落ちてくる大粒の雨]
姉ちゃんは……お社か分校なら、雨宿りはできようが。
屋根のない所におるなら、厄介じゃのう。
[両手をメガホンの形で口に当て]
姉ちゃーん、どこにおるんじゃー。
イベントに来んと、限定の苺あんころ餅、買われんぞー。
ここで濡れておっても仕方ないのう。
お社、行くか。
[もう少し坂を上る。頂上へ続く道から分かれ、お社へ向かう枝道に入った]
この道、昼でも暗いのう。
お社に夜行ったらいかんっちゅうが、言われんでも来やせん。
[ぶるりと身を震わせると、大声で歌い出した]
あーあー♪抱き枕ー♪
いつも誰かの腕の中ー♪
だけどー♪抱き枕ー♪
いつも自由な夢の国ー♪
バック転でも♪バック転でも♪
できるーのーさー♪
……やたらに明るい歌でも歌わんと、やっとれん。
セイジの曲が役に立つのう。
[裏山の静まり返った場所。お社がある前に立ち、手を合わせていた。ちゃんと目をつぶっているが、普段と然程変わらずに]
ミス・トランクスの日に、雨が降りませんように。……痛っ。
[祈った後、...にしては珍しく眉を寄せた。こめかみを押さえ]
……? あれ?
今一瞬、すごく頭が痛かったんだけど……
[すぐにきょとんとしたところで、急に天気雨が降り出し]
あ。……祈った直後に雨だなんて、不吉だなあ。
[溜息を吐く。
覚えのある曲が微かに聞こえた気がして、辺りを見渡した]
お、誰かおる。ビンゴか?
[お社に近づくと、歌を止め、足を速めた]
なんじゃ、セイジか。
何しとるんじゃ、こんなところで。
や、それより姉ちゃん見んかったか?
[話しかけながら、大きくはないお社の屋根の下へ、身を縮めるようにして雨を避ける]
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