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退院の手続きは回診の後だって。俺が家まで送るから、安心して。
[自由業はこういう時便利なんだ、と笑う]
それと……これ。
[抱えていた茶封筒を、差し出す]
昨夜、書き上がったんだ、ずっと筆が止まってた小説。
徹夜で一気に書いたから、誤字とかあるかもしれないけど。
[少し紅い顔で、そんな風に説明を加える]
モミジさんに、最初に読んで欲しい。
[貴女の事を思いながら書いた、貴女が居たから完成出来た物語だから……そう言って、照れくさそうに笑った]
[壊れた筈のノートパソコンは、何故か持って帰ると何事もなかったかのように起動した。
確かに外装の一部は砕けているのに、中身はデータも全て無事で。
でもなんだか、そんな不思議も当たり前のように思えた。
最初の小説を、一部の評論家に「甘いだけで個性も現実味も無い」と批評されて、それが引っかかって書き上がらずにいた続編が、今なら書ける、と何故か確信できて]
[それは、最初の物語の主人公だった騎士と姫君の子供達の話。
いくつもの冒険を乗り越えて、仲間を作り、新しい世界を見て、やがて大切な幼馴染みと幸せに結ばれる…そんな、おとぎばなし]
んー、そーだねー。
[ぱたぱたと手で雪を払いながら立ち上がり、空を仰いだ。
それからくるりと振り返り]
皆で集まる日にさ、こんくらい雪積もったらいいのにね。
そしたらまた雪だるま作ろーよ、これよりもっとでっけーの!
[まるで既に彼が来る事は決定事項であるかのように言う]
よっしゃ、じゃー帰ろー!
[右手を突き上げた**]
……転がして来る間にまた膨らむだろ。
[そんな突っ込み重ねつつ、顔を作るのは任せて。
頭の上に乗せられた飛行機どっから出てきた、と思いながらも突っ込みはせずに]
ん、ああ、そーだな。
ばーちゃんとこなら、結構降るだろ。
[決定事項のようにいわれる言葉に苦笑しつつ、空を見上げる。
雪色に染まった街は、少しずつ少しずつ、溶けていくようで。
──きっと変われる。
根拠はないけれど、そんな気がした]
ん、じゃ、行くかぁ。
[右手を突き上げての言葉に同意して、雪だるまを転がしている間はおろしていた相棒をまた、肩に担ぐ。
それから、一歩を踏み出そうとして]
…………。
[ずっと、上手く纏まらなかった言葉。
それが、掴めそうな気がして。
早く帰って、捕まえないと──なんて思いつつ、一歩、踏み出した。**]
[一歩目は、まだ雪道だった。
二歩目は、なんか妙な壁を潜るみたいな感触があって。
三歩目で、足元の感触が変わった]
……ここ……。
[ぐるり見回せばそこは、見慣れた駅前。
行き交う人は忙しなくて、こっちの事なんて気に留めた風もない]
……戻って来た……んだ、なあ。
[呟いて、空を見上げる。
目に入ったのは、曇った冬の空]
[時計を見る。
バイトの時間まで、まだ余裕はある。
飯は中華まん押し込めば何とかなるだろうから、と。
一度畳んだ装備を開いて、相棒を掻き鳴らした。
お気持ちお願いします、のボードは出さない。
だって、今は、自分が弾きたいから弾いてるから。
そんな気持ちで奏でた音、響きが少し違うかもなんて事には、思いも寄らないまま。**]
私に?
[最初に読んでほしいと言われて。
いいのだろうか、と封筒に落としていた顔を上げて。
続けられた言葉に、とくん、とひとつ、心が跳ねた。]
……ありがとう、読んでみるね。
[応えてそっと、封筒を受け取る。
自分のことを思いながら、の意味は読んでみないとわからない。
わからないのに、その言葉に心臓が勝手に反応するから恥ずかしくて。
少しの間、俯いて彼の顔を見ることが出来なかった。]
[その物語は、私の好きなハッピーエンドのファンタジー。
あの雪の世界で起きた、不思議な出来ごとをモチーフにした、王道の冒険譚。
読み終わった後、彼から、幼馴染と結ばれる主人公は彼で、相手は私だと聞いた。
『虹の鍵と青空の螺子』というその物語は今も、当時、家の本棚に唯一あった『雪の花と氷の剣』の隣に大切に並べてられいる。**]
[あの雪の街は夢か幻か、そんな気持ちでいたけれど]
帽子屋さん。
[演奏する人へ向けるには不似合いな単語が*口から零れる*]
[夢中になって一曲弾き終え、は、と短く息を吐く。
久しぶりに感じた想いが何なのか、上手く言葉に出来ずにいたら、いつもよりも拍手が大きく返ってきて]
……へ?
[うっかり惚けた声が出た。
けれど、それはいつもより嬉しく思えたから、ふかぶか、頭を下げて]
さて、今度こそ飯食ってバイト……。
[アンコールにまた今度、と拝んで返し、相棒をしまって。
ふ、と視線を感じた気がして顔を上げた]
……あ、れ?
[帽子屋さん、という呼びかけは届いていなかったから、気がついたのは今初めてだったけど]
……えーと…………三輪さん?
[見覚えの在る姿に、惚けた声が、上がった。**]
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