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[それから。
緑茶に合うだろうものを見繕い、いくつかレジにおいて、また他のお菓子の大袋をカウンターに追加し。店員がいぶかしむような目を向けても、にこり、と皺を一層寄せた顔を見せていた。]
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Q どうして田中さんを口説いたんですか?
A かわいいから。一家に一台欲しいでしょ、田中さん。
Q ダイイングメッセージの内容が厨二のままですが?
A 死ぬ時までそのままにしておきます。
最後になにを願うか、現状ではわからないから。
Q 彼女いないんですか?
A 居たらもう少し、前向きになれると思うんですけど、ねえ…
[小さな、お菓子一つしか入っていないビニル袋を人形と同じように胸元に抱え、さまざまな菓子類――それこそチョコレートや和菓子など雑多に入っていた――のビニル袋を手から下げ、老婆はエレベーターに乗り込んだ。
彼女の最終目的地は、空が見えるところであった。けれど。]
あァ……、 あたしったら。
緑茶持っていこうと、持っていこうと思ってたってのに。
お菓子だけ持っていくつもりだったのかねえ馬鹿なことをしちまって。
あ、ちょい、ちょいと……止まっておくれよぅほら。
ほい止まった。よしよしいい子だ。降りるから動くんじゃないよォ。
[途中下車を選んだ老婆の姿は、3階に転がるように躍り出た。
談話室の緑茶を、買っていこうという魂胆だった。]
[頬杖をついて、テレビを観ているそぶりで。しかし、キャスターの声も、コメンテーターの声も、まったく頭に入ってこない。と、]
『チカノちゃん。お父さん来たよ』
[ステーションから若い看護師が顔を覗かせた。千夏乃は跳ねるように椅子から立ち上がり]
[肩まである髪を後ろに束ねた長身の父。モス・グリーンのジャケットとチョッキがよく似合う。
2週間前に会ったばかりなのに、もう懐かしく感じる。]
……おとうさんっ!
[千夏乃は駆けだして、父親に飛びついた。
モス・グリーンのジャケットから、懐かしい匂い。]
『良い子にしていた?チカノ。
お母さんが、残念がっていた。職場のひとが急病で、ピンチヒッターだったんだって。次のお休みには、必ず行くから、って。来週は私も同じ日にお休みだから、皆で居られるね』
[父は少し屈んで、娘の頭を撫でた。
千夏乃は良い子にしていたかな、と自問して、『概ねイエス』という結論を出し、頷いた。]
『…おねえちゃん、今日はげんき?どこもいたくない?』
[父の陰から、小さな弟が顔を覗かせる。彼が前に来た時はあまり調子が良くなくて、ずっと伏せっていたのだ。どうやらそれを覚えていて、気にしているらしい。]
ありがとう。今日は、元気だよ。
ハルちゃんも元気?
[答えて、今度は千夏乃が、少し屈んで弟の頭を撫でた。]
3階 談話室
[重くはないが嵩張りうるさく鳴る袋を談話室の一角、椅子の上に置くと、老婆は足を引きずりリズムのずれた歩行で自販機の緑茶を買い求めた。流石にすぐに動くことはせずに、袋の隣に仲良く腰を下ろす。
TVではどこかのアナウンサーが口早に若すぎた死を嘆いていた。その口上を眺める老婆の眼差しは焦点が微かにずれていた。
談話室内に知った顔があれば、もしくは話しかけられれば。いつもの老婆の顔を、皺にまみれた笑みを浮かべ、それこそいつも通りに会話するのだが。
午後のいまだ早い時間、そこにいる人物の把握までは老婆の思考は追いつかなかった**]
前日の3階・談話室
排水口…。
[ゴトウの提案に、ふと思案顔になった。]
出て行くお湯と、注ぐお湯の量が違ったら…傾きがかわる、のかな?うん、たぶん。
[しばらくぶつぶつとつぶやきながら考えて、それからぱっと顔を上げ]
出て行くお湯の方が多かったらいつかお湯はなくなるし、注ぐ方が多かったら、またあふれますね?
[千夏乃は楽しそうに、ころころと笑う。彼女の頭の中では、あふれるお湯がフルカラーのアニメーションで再生されているのだ。]
『本当に正しいってことが自分で示せる』
[ゴトウの言葉に、千夏乃は深くうなずいた。]
そう。グラフが描けないくらい、ずっと遠くの話でも、式があれば想像できる。ここにないものを、目にみえる形にしてくれる。そこが、すごいんです。
歌もね、同じなんです。
奥底に隠れてる人のこころを、形にしてくれる。だからわたし、数式と歌が大好き。
友達はみんな数学が好きじゃないから、チカノは変わってる、って、言うけど。
[唇をわずかにとがらせて]
……もっともっと、色んな知らなかったことを、知りたい。わかりたい。
もっともっと、隠れてるわたしを、知ってほしい。
そうしていつか大人になったとき、自分の力で何かあたらしいものを作り出せたら、見つけ出せたら……素敵だと思いませんか?
[千夏乃はまっすぐに、ゴトウの目を見つめた。]
昼過ぎ、3階・談話室
[いつもの通り自習セットとマグカップ、ひざ掛けを持って、千夏乃は談話室へと向かった。もちろん、羊の縫いぐるみは手放さない。
しかし今日は、勉強なんてできる気がしなかった。
夕方には父と弟がやって来る。それを思うと、気もそぞろになるというものだ。
そわそわしながらもノートと白湯を準備して、ひざ掛けを広げたとき。なにやらがさがさと響く音。]
[売店の袋をがさごそ鳴らしながら現れたのは、人形を抱いたお婆さん。
見舞い客、にしては、外を歩く服装ではない。
千夏乃は興味を覚え、羊を連れて自動販売機のそばに掛けた彼女に、近づいてみた。]
…こんにちは。お見舞いですか?
おや…………
[老婆は一度、ゆっくりとした瞬きをした。学生ほどの女の子が近づき、声をかけてきたのだ。そちらへ眼差しを、顔を向けると、口端を持ち上げた。]
んふふふ、お見舞いさんぐらい元気に見えるんなら嬉しいねェ
でも残念ながら、婆ちゃんは長ァく、ここにいる患者なのさ。
嬢ちゃんはァ――
[抱えた羊を、彼女が来た方向をたどり、広げられたノートを見]
お仲間さんかねェ……
可愛いお人形さん連れてる患者仲間ってやつかいね
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