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[長老の孫たる娘はこの状況でも気丈に見えた。
テントの内を眺める視界の端で、動いた娘の影が俯き加減に帽子を深めるならひとつ瞬き、やがて彼女の口元が動いたのには気付いただろう。
僅かに目を細めたけれど、やはり言葉はなく。]
ドロテアの代わり、ね。
[訪れたレイヨの言葉に呟く声は感心も何もない。]
ドロテアが潔白だとして、己を差し出す意味は?
――容疑者から長老や第三者が選ぶ事になら
意味があるかも、な。
[そう至るまでの想いや理由は言わぬまま。
思考の先にある自身の結論を置くだけ。]
[呟いてからはその話から興味が消えたように炎を見つめ、アルマウェルが戻ったらしきにはお疲れさん、と一言。]
[炎を見つめていた瞳は伏せられ、遠く聞こえる狼の声に耳をすませてまた開けばまた揺らめく赤が映る。]
それにしても、随分と吠える。
全く、奴等は疲れる事を知らないのかね?
[テントの外から、村の外から聞こえる狼の遠吠え。
苦笑じみてそう言葉を発するも、目まで笑わせる事は不可能だった]
―長老のテント―
[ばさり。
入口を塞ぐ布が音を立てる]
……話は聞いたよ。
狼遣いがいるっていうのは――
いや、聞くまでもなかったね。
[狼がいつもとは様子が違う、それだけで十分だった]
操られてる、ってことなら
分からないでもないかねぇ。
あいつらが自分の意思を持たない、
生き物のかたちをしたモノだというなら。
そうだというなら、本当に我が身なんぞ気にせず
命ぜられるままに動くんだろうさ。
死ぬまで、ね。
[疑問を呈するようなラウリにはさらりと答える。
時折、言葉の狭間に獣の声が響く]
[熱く灼けた樹脂をラウリの頬へ飛ばしたあとは、
しばらく皆の紡ぐ会話と、挟まれる沈黙とを聴く。
僅かに届いた細いこえ――
確かにドロテアが笑みを含んで零したそれに瞬き、]
… ドロテア?
[名を呼んで顔を上げるも、供犠とされた彼女の
手元を見るとそれ以上を問えずにくちびるを結ぶ。
その後に車椅子で場を訪れた青年レイヨが、彼女の
身代わりについて言及した折も…蛇使いの面持ちは
変わらなかった。それ以上、苦くならなかったから]
赤マントも、戻ったか。さっきはどうもね。
[自身のところへも知らせを運んできた使者へと
くだけた声を向けたのは、その苦さを潜めてから。
蛇遣いは、暖を取ることに集中したいかのように
毛皮を被ったままじっと火の前から動かない――]
全員ではないのか。あとは誰が…
――と。
ウルスラ先生だったか。これはまた…
[折に姿を見せたウルスラの姿に、眉を下げた。]
[じゃらり、抱えた杖を鳴らしながら、やってきたウルスラに会釈を向ける。]
そんな化け物相手じゃあどうしようもないのぅ……
狼使いとやらがこの中にいるのなら……それこそ始末せねばならぬだろうが――
はて、誰がそのようなものなのやらのぅ
[新たに増えた獣医に、そのあとからヘイヨはやってくるだろうか。
最終的に何人になることやら、と僅かに嘆息をこぼした。]
何しろ、数が多い。
代わる代わる吠えるなら、疲れもなかろうよ。
[――命ぜられるままに。死ぬまで。
ウルスラの言は、胸裡に湧きかけた思考と混ざる。
改めて、先に言葉を発したカウコを焔越しに見て]
…あたしは、逆を思った。
なぜドロテアが供犠にと選ばれた?
若い娘なら、少ないが他にいなくもない。
長老の孫だから、なんて理由じゃ残酷過ぎる…
味が変わるわけでもなかろうに。
[先に来ていた蛇遣いも、書士も既に尋ねたこと。
長老から返答は得られず…今に至る苛立ちが滲んだ]
…すまない、やつあたりだ。
操られている、か……。
[獣医の言葉を反芻するかのように呟く。
思いついた心の内が、気がつく前に外に漏れた]
あれだけの大軍を操れるのなら。
その者は、極北の覇者と言っていいかもしれん――その正体がばれぬうちは、だが。
―――…、本当にいいのですか?
[膝掛けを握り周囲の言葉を聴きながらどれくらい沈黙してからか、長老へ向き直る。そうして苦渋の決断をした長老にではなく、孫娘の祖母へ向ける態で静かに問うた。
―――沈黙。
トゥーリッキの問いにも返答をせぬ老いた長老の瞳に何を聴いてか、前髪に隠れた眉根を三度顰める。けれどもう供犠の娘の事に触れはせず、現れたウルスラの手を振る姿に目礼した]
先に分かっていれば、別に余計なことをする必要もなく
狼遣いだけを狙えばいいんだろうけど……
結局は分からないんだろうねぇ。
知るのは本人ばかりなり、さ。
この中にいると言われてもねぇ。困ってしまうよ。
[余計なこと、とは即ち贄を捧ぐということ。
ドロテアのことを思えば直接的な表現を使う気にはなれなかった。
ビャルネの言葉には深いため息交じりで答える]
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