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――痛。
こら、噛むのはいかんぞ。
笛が吹けなくなると困る。
[まだ尖らぬ牙を立てた子犬を窘めると、
無邪気そうないきものは我に返るよう。
次いで――戻り来たマティアスの姿に
振り返って あん と高い声を上げた。]
おや、戻ったか。
盗るものは…無いかね?
…無いと思うが…――
[少なくとも金目のものは。
呟いて、背で扉を閉める。
家内は、外ほど杖で慎重に地面を擦らなくても、歩く事が出来る]
…――、茶でも淹れるか…?
――邪魔する。
[扉を開いて、中に入り一拍の間。
火の傍へと促されれば促されるまま。
茶を煎れに向けられた背を眺めやり、かける言葉]
先に、質問に返しておこうか。
[告げて、少し思案する間を置いて]
何もしなければ、長老から指示が出て――
誰かが死んでた、ことが前提か。
[事実、テントへと人が集まったのは沙汰を聞くため。]
長老の指示通りに誰か殺せば、間違っても後悔なしか?
元より、長老の言葉を免罪符にするつもりはなかった。
人一人殺すのに、
「命じられたから仕方なく」とは言いたくない。
[ほどなくすれば茶の香りが漂うだろうか。]
間違いでも、俺は自分でビャルネを疑って殺した。
そして、後悔するくらいなら最初から――しない。
が、答えでいいか? 納得しろとは言わない。
[後悔"出来ない"と同義にとられようと、自分の中では"しない"と定めて動いているから。]
[声をかけられて立ち止まる。イェンニの姿を認め、その話を聞いた。ビャルネの件を仄めかされると]
ビャルネは、埋めてきた。
[そう、簡単に答え]
理を考えれば、恐らく。
思うところがあったのだろう。
疑心であれ、保身であれ。
疑心も保身が含有するものではあるが。
[カウコの事に話が及ぶと、ぽつりと返してから]
…ふぅん。
ま、つまらないわね。埋めてしまったの。
狼に食べさせたらまた時間稼ぎができるとか思う人、いなかったの?
[薄い唇にそっと当てる指先は手袋をせずに僅か赤く]
ビャルネ様が無実…と。成程ね。
何方からそれを?…あぁ「保身のために」いえないでしょうけれど。
疑惑と真実が交わるのみ、と。
そこには秘匿も、あるのだわね。
無ければ、そんな険しい面持ちで
帰ってくるものではないよ。これが怯える。
[これとは相手ゆえに指しもせず仔犬を示して、
ぐずと鼻先へいつもの音を立てる。怯える、と
口にするほどには当の仔犬は怯えもせず―――
ぱふりとマティアスの脛へと両の前足をつく様子]
否、こちらの用件で上がり込んだのだ。
あたしがやろう。
[慣れた室内を進む相手に声をかけ立ち上がる。]
先刻の問いは覚えているかね、"49"。
…そうか――有難う。
[言って、立ち上がる相手に指で水場を差し、自身はストーブの近くへと。
あん と 子犬が鳴く]
…勿論だ。
答えもこう、単純なものだ――
…――何か合った時の為、
機転を利かせろと言ったのは…
――お前だと、記憶している…。
[低い声 顔を蛇遣いへと向け
口元に浮かべるのは、微かな笑み]
[コトリ。カウコに茶を渡そうとする手は、もう彼に触れた折に着いた血の色はない。自分の分のカップを両手で包み、彼の言葉に黙し耳を傾けた]
…………ありがとうございます。
ひどい問いだったのにに答えを頂け感謝します。
ただ僕は…
長老が今日も誰かの名を挙げる心算だったなら…
あるいは誰かの手にかかるなら…
僕ではないかと思ってあそこへ赴きました。
でもそれは死ぬ為でなく出来るだけ生きる為です。
[彼の言葉の終わって後に口を開き、不審も信用も過分になれば危険が増すであろう状況で、弁明をして叶う限り人をいかしたいが為とは伝わるか否か。彼の想いとは違えど厭う事はなく、静かに頷いて茶を啜る]
説得が無理ならせめて村を襲う理由を聞きたい。
いかしいきる為の手段と同時に…
誰ともなく話す事しか僕には思いつきませんでしたが。
[コトリ。一本だけ脚の短い机にカップを置き、手を伸ばす先は容器の並ぶ棚。ひとつを手に取り、カウコへ差し出す]
…傷薬です。
化膿止めくらいにはなると思います。
[傷の事を訊ねるよりは、先に置いた問いに答えてくれた彼が来訪を求めた件を聞こうと、温まり湯気にも曇る事のなかった眼鏡の奥の眼差しが促す。彼が狼使いか否かよりは、薬を持つ事を知られる事に怯えるように視線を逸らした]
まぁともかく。ビャルネ様が無実というのなら……さぁて…あのイカレ帽子屋さんから何が聞けるかしら。
えぇ?イカレ帽子屋?どこかの遠い遠い国の御伽噺に出てくる帽子屋さんですって。
保身か、秘匿か。どこで見極めるかは…死後でも十分ではなくて?
死人にくちなしとはいうけどね。
狼らへ受け渡せば、時間稼ぎにはなるだろうが。
出来るものなら、死は二度もたらされるべきではない。
[イェンニの赤みを帯びた指先を見ながら、感情に染まらない声色で告げる。やや緩慢に瞬きをし]
私ではない。それ以上は、言わない。
その者が直接に伝えない限りは。
あるいは、その者が死んでしまわない限りは。
[言えないではなく言わないと。己の意思を含む行動]
彼を殺した貴方がこわいです。
でも疑いで人を殺す貴方は狼使いには見えない。
…装っているだけかも知れませんが。
[訥々と語り、カウコを見上げる。曇らぬ眼鏡をはずせば、彼の姿は滲む―――カリといつもの癖で眼鏡のつるに歯を立て、かけなおした]
[ビャルネの亡骸を見つけ、アルマウェルが
埋葬するのを見届けてから別れたその後]
…やっぱり疑ってた、ってことなんだろうね。
うむ。せいぜい恩に着ろ。
[教えられた水場で壺から水を汲むと、薬缶を
ストーブにかける。蒸気の噴出すだろう注ぎ口を
自分のほうへ向けて置くのは、村で教わった流儀]
…
…
それは、あたしにしか通用せん理由だな。
…それで、自己評価はどうだね。
好い機転だったと思うか?
[半ば呆れの面持ちで、マティアスの口元を見遣る]
問いが酷いんじゃなくて――俺が酷いんだよ。
[言葉はどこか自嘲めくも笑ってはいない。
茶を受け取れば礼を添え、一口含む。
返されるレイヨの声に耳傾け、ゆっくりと、嚥下して。]
……――そういうのを、見てから動くのも、
良かったかもしれんな。
[どこまでを理解してか、そう呟いて。
それでも早まったとは想わない様子ではあり。]
お前が、まじない師なら――死んだらダメだ。
俺のとは、"性質"が違う。
生きる者は差し出すくせに。
綺麗言ばかり。いやぁね。
やはり保身ときますか。
いいわ。死で無実を知れるなら、それを繰り返せばいいだけよ。
ありがとう。ではまたね。
皆にそれを伝えるのでしょう?
…むしろ「理由」が必要な事だと、
思わなかったな――?
[歪めた口元を戻し、素直にまっすぐな言葉を零す。
蒸気の向こうへ向いた気配に、
頬を僅かに緩めたのは、一瞬]
ただ、気になったから行っただけで…
――正直なところ 効かせる機転も何も…だな…
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