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[よけもせずクルミにスポーツバッグでぼふんと殴られた]
痛えよ。悪かったよ。なんだよ。謝ってばっかだよ…。
カブト虫と懐中電灯しか持ってるものなかったんだよ。
お前がなんかすぐめそめそするからだろうが。
俺も笑わせるのに必死だよ。
[上手くいかなくて残念そうな顔で、木で出来た電柱にかぶと虫を預けた
[果たして、タカハルの会話からナオへと意識を戻したセイジが、彼女の差し出した封筒を受け取る事はなく、その中身を知る事もありませんでした。
それは前触れもなく、突然に、突然に。
闇に溶け込むように、すうっと。
その姿は、消え失せてしまったのです――]
[異質な空気に視線を遣れば、また一人切り取られていた。
いまさっきまでいた人間。声の残響が今の今まで響いていた人間がいない。]
――笑えねえよ、少しも。
[ナオはゆっくりと、眼鏡の奥の瞳を、瞬かせました。
ジ、ジジジジ、と、
近くの街灯が明滅を繰り返し始めたかと思うと、
……不意に、
その灯りが、無くなりました。
周囲を照らすのは、コウイチの持つ、懐中電灯の薄ぼんやりとした光ばかり。虫の鳴く声も、夜を飛ぶ蛾の姿も、他の生き物はいつの間にかいなくなっており、辺りに響くのは、残された人間の声と、息遣いと、心臓の鼓動でした。]
[ふと我に返って、周囲を見渡す。ひとり、ふたり……。足りない。さっきまで確かにそこにいた彼が消えていた。]
だから、夜は、怖いんですよ。
[呟く声は、心なしか湿っている。]
[ポツリ、と。唇から、音が零れました。
先程まで読んでいた本に、書かれていた言葉。突如として、人が消え失せてしまうという現象。それに、そっくりでした。いいえ、そのものなのかもしれません。
ポタリ、と。汗が肌を伝って、地に落ちました。
風は吹いてはいるけれど、相変わらず温くて、夏特有の湿気と、じっとりと肌に張りつく服に、ナオは、心地悪さを、感じていました。]
泣いてな……
[ない、と言い終る前に、急に闇が濃さを増した。
声すら発せず、咄嗟に、目の前のコウイチのシャツの裾に手を伸ばす]
[夜出歩いていたことを、後悔しても遅かった]
[傘を握る手に僅かに力が入る。不意に頭上の明かりが消えて、どきりと心臓が鳴ったのを感じた。
静かに響いたこはるの声。続いたのは奈央の声]
―――神隠し。
…なんっすか、それ。
一般には。
[喉がやけに、渇いていました。]
日本古来の民俗的な事象だね。
人間が何の理由もなく、突然、消え失せる現象を指す。
[声が上手く出ずに、擦れます。]
天狗だとか、狐だとか、鬼だとか、
そう言った、超自然的なものに隠されたとする考えが多い。
[響きは、変わらず、淡々としていました。]
[灯りの消えた街灯に、急いで一度消していた懐中電灯を点けた。
暑さのせいではない汗が肌を伝う。
感情を飲み込む。タカハルとのやり取りを思い出した。
進展はあった。と言えなくもない。苦笑する]
神隠しね。いつもなら爆笑だぜ。
[自分の服の裾に手を伸ばすクルミに声をかける]
大丈夫だよ。根拠全くねえけど。
[心臓の音が聞こえる。
あまりに速すぎて、それすら気分が悪い]
[目を動かして再度確認するが、やはり一人足りなかった]
[大丈夫、と声が聞こえる。
コウイチの顔を横目に見ると同時に、手を離していた]
だいじょうぶって、何が。
[手紙のことを思い出す]
予告じゃなかったんだ……。
[タカハルの声につられるようにコハルを見た。
確かに様子は普通でもない。というか、全員が平静ではない]
……さっきあいつが言ってた肝試しってのは、何だったんだ?
[誰へともなく呟いて、クルミを見た]
何がだろうな。わかんねえけどよ。
何もかもだよ、きっと。大丈夫だよ。シャツとか握らせてやるよ。
[来海 蛍子。ひと。
手紙に書かれていたのは二行、たった、それだけでした。
予告ではないとしたら、……なんだと言うのでしょうか。
そして、“ひと”以外のものが書かれる事があるとすれば?]
かみかくし。
[先程自分で呟いた言葉を、もう一度、繰り返します。
妙に、粘つくような感覚がありました。隠したものがいるとしたら、“ひと”でないものがいるとしたら、それは、……なんだと言うのでしょうか。]
……は。
[ナオは、溜息とも笑いともつかない、声を、零しました。]
本気で関係あんのか?あれ。
[予告じゃなかった。という言葉に手紙を思い出して、誰にも悟られぬように唾を飲み込んだ。]
……何にしても、今日は帰るしかないだろ。
明日もあいつがいないままだったら、また考えよう。
警察には、言っても意味ないかもな。確かに。
[じゃあ他に何が意味があるのか、と。
自問して、それに自答はしなかった]
神様かもしれないね。
神様以外の何かかも。
[ナオは、タカハルへと、薄く、笑みを返しました。面白がるようにも、張り付いたようにも見える、笑い。]
そうだね。
帰るしかないだろうね。
男子は女子を送るといいよ。
僕は少し、遠いから。
[たとえ誰かが一緒にいても、意味はないのかもしれないけれど。そう付け加える事はなく、封筒を鞄へと仕舞うと、くるりと踵を返しました。視線の先には、来た時と同じように、いえ、それよりも深い、闇が漂っています。]
[ナオに、んだな、と短く相槌を打つ]
近いやつから順番に送るの待ってくれるなら先輩も送れるぜ。
……って。
[踵を返すナオに困ったように言葉を切る。実際、最前のようなことが起これば誰がいようと関係はないのも事実ではあったが]
あー。
[クルミにシャツを掴まれたまま思い出したようにタカハルに向いて]
……じゃあそういう担当でいくか。
俺はクルミとウハウハするわ。コハルと先輩は任せた。
ん。
若い者同士の邪魔をするのは憚られたのだけれどな。
一応、気遣い?
[振り返り、コウイチとタカハルの言いようと、それから、クルミの様子を見て、ナオは口元に手を添え、クスリと小さく笑いました。]
人の気も知らないで。
[また、同じ言葉を繰り返す。
そればかりなのだ]
コハル、バスだから。
ちゃんとお金もってね。
[タカハルに、まるで『君は財布を持ってなさそうだ』と言うような物言い]
先輩、あの……。
[ナオに顔を向ける。
一息飲んで、左手に少し力を入れた]
ごめんなさい。
私、あの手紙すごく気味悪くて。
先輩のことまで、変な風に、見ちゃって。
ん。
[謝罪の声にクルミへと向き直ったナオの顔に浮かぶ表情は、少し、驚いたふうでした。指先は軽く、頬を掻きます。]
いいや。気にしなくていいよ。
奇妙な事が続いたら、仕方ないだろう。
それに。慣れてるから。
[笑みへと変えて、首を傾けます。淡い色の髪が揺れました。]
さて。そっちの子……コハルくん?がバスなら、
余計、遠回りになってしまうよ。
君の方が年下、僕の方が年上。
ひとりでも、なんとかなるさ。
だから、彼女の方についていくといい。
[そう断りを入れながらも、バス停までは*共に行くのでしょう。*]
[シャツを握り締める左腕を突っぱねるように伸ばしていたが、しばらく歩くとパッと離した]
ありがとう。
ごめん。
[言葉が足りていないのは重々承知だった。
けれど、それ以上口は動かない。
口を一文字に結んで、歩くスピードを増した]
[手にぎにぎするべきなんかなー。
どうなんだろ。わかんねーなって顔。
考えながら歩き、しばらくしてクルミが言った言葉に口を開く]
気にすんな。したいことだけしてんだよ。
俺は気にしてねえし、気にされるほうが変な気分だ。
なんだ。あれだ。……無神経で悪かったな。
[不器用に言って、そのまま家の前まで送っていくのだろう。
*いい加減夜も遅くなっていた*]
[いつまでも手には汗が滲みつづけ、心臓はいまだに音を響かせている。
かみさまの戯れの夢な気がしてきた。
すると、すこし泣きたくなった。けれど、こらえた]
無神経って、何で……?
[ため息がこぼれそうになる。
多分、言葉を選ぶのは簡単で、それを発することだけが困難なのだ]
おやすみなさい、ありがとう、気をつけて。
[家の前で一礼する。結局、顔は1度も見れず俯いたまま]
[玄関で、スニーカーの紐を緩め脱ぎ捨てる。
グラウンドの砂のにおいが、ふっと鼻をかすめた]
こわい。
[今日一日の記憶が、瞬く間に*乱雑に蘇っていく*]
[運転手だけを残してバスから降りる。音もなく降り始めた雨が頬を濡らした。傘を差そうか逡巡して、結局やめた]
もういいかい。もういいよ。
[神隠し、の言葉に昔よくやった遊びを思い出して呟く。
アンもさっきの清二のように忽然と姿を消してしまったのだろうか。どこかで、見つけ出してくれるのを待っているのだろうか。
コツン濡れた足元に当たった石を蹴り上げる]
あぁ。止まねーなぁ。
これと同じ神様のいたずらだったりして?
[傘を石と同じように蹴った瞬間、水の気配は強さをを*増した*]
[後輩二人に説き伏される形で送られて、ナオは家の前で彼らと別れました。]
ん、……ありがとう。
それじゃ、おやすみ。
[――気をつけて。そう声をかけても、真に恐ろしいものは警戒しようがないでしょうから、それは言わずに、手を振って見送りました。
鍵を開け、灯りのない、古びた家屋へと扉を軋ませながら入り、電灯を点します。自室に入ってすぐ、ナオは鞄を布団の上に放って、窓をガラリと開けると、机の前の椅子を引いて座り、頬杖を突きました。]
[外は静かで、灯りはまばらにしかありません。
暫くの間、ナオはそうしてぼうっとしていましたが、ふっと思い出したように、鞄から封筒を取り出しました。]
指紋、つけないほうがよかったかな。
[今更ながらに、そんな事を考えました。それでなくとも、筆記鑑定を依頼すれば。そう思いながらも、もう一人の自分が無意味だと否定します。
封筒を開け、中の手紙を開いて、……ナオは、目を見開きました。]
……何故?
[ナオの声に応えるものは、ありません。
記された文字に、視線を落とします。そこに書かれた内容に、安堵と落胆の入り交じった吐息を*零しました。*
夜は更けて、色の雨が降り出します。]
[ほとんど眠らないままに、次の日を迎えた。自室の布団の中、知らぬ間にうとうとしてしまっていたようだ。気が付くと既に昼を過ぎていた。開け放した窓から風は緩やかに吹いていたが、生ぬるい部屋の空気をかき混ぜるだけだった。]
……暑いな。
[今日も、彼らは探しに行くのだろうか。「かみかくし」にあった友人達を探しに。]
[夏休み二日目。
クルミは、学生生活初のサボりを決行した]
[セイジが出入りしていたという噂を聞き、ジャズバーとやらに近寄ってはみたものの、昼間のそこは人影もなく]
ダメだこりゃ。
[足は惹かれるように学校へと向かう。
他に行き場もなかった。
校庭から姿を見られぬよう、こそこそと校舎内に踏み行った。
胸には罪悪感が満ちている]
誰もいない。OK。
[アンとセイジの共通項、肝試し。
3年教室の机にチラシはないかと*探しはじめた*]
[二年の教室で図書館から借り出した本を読んでいた。伝承に関する書籍。数冊目の本を読み終えて雑に重ねた]
……何かできるのか?これ。
[合理的解釈など今回は全く意味はない。伝承を受け入れるなら、それこそどうしようもない。なら考える意味がない。
否、一つだけ。何故か頭に焼き付いている。――顔のない手紙。]
[辛うじて見つけた1枚のチラシを手に、3年教室を後にする。
日程しか書いてないそれが手がかりになるとも思えなかったが]
[さてどうしようか、と思った所で、人影を見つけた]
――コウイチ君?
[教室の入口から声をかけた]
[無個性な文字が問う。「人であって人でないもの。それは何?」
人を喰って成り代わる妖怪のことを聞いたことがある。自分はどうだろう?気づかないうちに“そういうこと”もあるのか?成る程。完璧な擬態かもしれなかった]
――震えるよ。本気で。
[呟いて、そこで知った声が聞こえた。
何時もの気だるい口調で返事する]
耕一だよ。どうしたんだ?
昨日、夢じゃないよね?
[手にしているチラシを一瞥し、近づいて差し出す]
アンと、あの先輩、これに参加してたって言ってた。
終業式の晩、ってしか書いてないけど。
こっくりさんでもやったのかな。
[チラシを差し出され、受け取って眺める]
狐狗狸ね。確かに大抵は狐だよな。こういうの。
でも。なんだ。上手く伝わる気しねえけど。
……まだ何かするつもりなのか?
『まだ』?
え、っと。私が……?
[からっぽになった両手を組んで、指先にぎゅっと力をこめる。
コウイチの表情を伺おうとするが、よく見えなかった]
そうだよ。来海はこれ以上何をしてやりたい?
なんつうか。なんだろな。責めてるとかじゃなくて。
[心配だよ、と。そう呟いた。チラシを茫洋と見つめたまま]
もし、どこかに連れていかれてるなら、そこから戻れるようにしてあげたい。
でも、どうしたらいいのかわかんない。
[俯きかけたまま、コウイチを見据えて]
怒ってるの?
そだな。それは、俺もそうしてやりてえ。
[視線に応えるように来海の目を見つめ返し]
何があっても俺がお前に怒ることはないよ。
心配だからあんまり一人ですんなってことだよ。
何かするなら、俺も付き合うよ。俺がいる限りは一緒にやるよ。
いる限り。
[その言葉は、自分が知らず祈っていた事柄を表層に浮き立たせる]
いなくならないで。
[自分の指先の怠慢な動きを目で追う。
コウイチのシャツの袖を、つい、と引っ張った]
[袖を引っ張る来海の手をとって、きゅうと握る。
少しだけ迷って、やはり根拠もなく約束した。
この状況で、それ以外できそうになかった]
大丈夫だよ。
[せめて自分が身代わりになれたら。思いながら決して言わない]
大丈夫じゃない。
[何者がどんな力を持ってそれを引き起こしているのかもわからないのに。
声が震えている気がしたが、ざわめきが大きすぎて定かではなかった]
……人の気も知らないで。
[握られた手を、振りほどこうとした]
かもな。上手く人の心が判らないみたいだ。
[振りほどこうとすれば、そのまま手を離す。]
でも万が一いなくなっても、すぐ戻る。
[言って、話し終えたように耕一は席を立った。
とりあえず出ようぜ、と言う]
[歩き出すコウイチを追って、手を伸べ、彼の指先を掴んだ]
怖いんだよ。
すごく不安で仕方ない……。
――そばにいてほしいって思ってることに、気付いて欲しかったんだよ?
[涙声が、情けなかった]
[手など握っていても、いなくなるときはきっと煙のようにすっと消えるのだろう。
思うと、手のひらにぎこちなく力が入った。
不安はますます大きくなる]
鞄……。
[そのまま3年教室へ置き去りだった鞄を取りに行き、ぐずぐずと鼻を鳴らす]
泣いてるんじゃないから!
[手は、依然としてひしっと握り締めている]
[来海の言葉に笑い出すのを我慢しながら、手を握りあって歩く。不安には掌で応えた]
そうだよ。誰が見ても泣いてねえよ。
[半笑いで言って、そのまま時間の許す限り、来海に付き合ったに*違いなかった*]
[笑われたことが恥ずかしくて、目をぎゅっとつぶった]
全然、これっぽっちも、泣いてないのに!!
[唸りながら鞄でコウイチを一叩きする]
みんな、どこいるのかな……。
[また何かが起きそうな夜だった。
生ぬるい風が頬を撫でる。
嫌な予感は、徐々に*肥大していく*]
入れないではないか。
[扉の前でぽつりと零す。行き場所なんて、学校ぐらいしか思いつかなかったので教室までは来てみたものの]
お邪魔虫は退散、っすよねー。
[くるり、踵を返して階段を下りる]
[ごろごろとしている内にすっかり日も傾いてきてしまっている。結局家から出られないでいた。]
どうしよう。
……みんなどうしているんだろう。
[そわそわと落ち着かない。しかし、部屋を出る気にはなれなかった。どこに居ても同じなのだろうけれど。]
肝試しってどこでやったのかな。
プール、とか?
………すげー、嫌な場所。
[傘たてに腰掛けて、そこに足を運ぶか考えあぐねる。神隠しについて近所のじいさんやらばあさんに聞いて見たものの、今までこの近辺でそれらしいことが起こったという証言は得られず]
夏休みの課題とか言っちまったけど、変なうわさになったらどーしよ。しくじったかもしれん。
[頭を抱えてうずくまる]
…何、やってんだろ。
[小さく。消えそうな音で呟いて、顔を上げる。こつんと昇降口の壁に頭を預けて、日の落ち始めた校庭を眺めた]
[窓枠に手をかける。暑いけれどどこか湿った空気が、再び夜の匂いを纏いつかせているのを感じている。]
かみかくし。
[みんな、どんな思いで今夜を迎えるのだろう。]
クルミちゃん……。
また泣いてないかな。
[ふいに顔が浮かんだ。笑顔が印象的な元気な子だとばかり思っていたのに。と、昨日の彼女の様子を思い出す。何となくまた今夜も出かける気がした。]
怖がりのくせに……。
[そして他の友人たちも、もしかしたら。]
駄目だよ。みんな。
夜は怖いからね……。
[祈るような気持ちで呟きながらも、どこにいたって変わらないという気もした。例え家の中にいたとしても……。
勢いよく窓を閉めると、暑さの中、布団に*くるまった*。]
行くか。
乗りかかった船ーとかなんとか。
[立ち上がって、傘を手に伸ばしかけ]
翌朝、おれの水死体が…しゃれにならん。
まじならん。
でも、それは傘で防ぎきれる気がしねぇ…!
…いいや、行こ。
考えるの性に合わねーし。
[結局、傘をさしてプールへと向かう。薄暗く灯りのないその場所は、今にも何かが起こりそうな夏特有の*水の匂いがした*]
かみかくし。
[じっとりとした湿り気の強い、プール。ナオは何をするでもなく、飛び込み台に腰掛けて、素足をパタリと揺らしました。手には、例の手紙を持っています。
本当は夜には入ってはいけない場所だと知ってはいましたが、家でじっとしていることも出来なかったのでした。]
“ひと”。
“ひと”ではないもの。
[ポツリポツリと落とす呟きは、静寂の中に響き渡ってゆきます。]
[プールの、少し高い場所に人影を見る]
…ひと?
[柄を握る手にじわりと、汗が滲む。じっと目を凝らすと、その人影が自分の知るものだと気づいた]
結城、先輩?
…こんばんは。
[声が少し掠れて、緊張していたことに気がつく]
はは、びびった。
人がいるなんて思わなかったんで。
[傘を閉じると、苦笑しながら頭をかいた]
独り言。驚かせてしまったかな。
手紙が面白い事になっていたから。
ただ、次は、何と書かれるのだろうと思って。
[ナオの持っている手紙をタカハルが見たのなら、そこに新たに付け加えられた二行、コウイチの名前と、“ひと”の文字を見る事があったでしょう。]
こんな時間だからね。
普通はいるなんて、思わないだろう。
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