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ゆめ
[○月×日、晴れ。
今日は、わたしと、おとうさんと、おかあさんと、おとうとのハルちゃんで、海に行きました。
海へ向かう列車の中、わたしとハルちゃんは一緒に歌をうたって、よく晴れた空には虹がかかっていて、窓の外には満開の桜並木が見えて、おとうさんもおかあさんも、楽しそうに「 」いました。
ああ、こんな日が、いつかまたやってきますように。]
朝・314号室
……寒いなあ…。
[このところ毎日のように繰り返しているその言葉を、今朝もまた、呟いた。
暖房がかかっていても、どこかひんやりした空気が感じられる。
最近はずいぶん調子が良いから、千夏乃は病室でじっとはしていない。昨日も、つい中庭に長居してしまって、帰るころにはせすじがぞくぞくして、くしゃみが出た。
いま体調を悪くしてしまったら、お正月の外泊が出来なくなってしまう。それはとんでもないことだ、と考えて、今日は部屋の中か、せいぜい三階で過ごすことにした。]
『チカノちゃん、朝ごはんですよう』
[新米看護師の"おねえさん"が、プラスチックのトレイを片手に、やって来た。]
おねえさんは、いつも元気だね。
[チカノが言うと、おねえさんは深くうなずき、力こぶをつくる真似をして]
『みんなの病気を吹き飛ばしちゃえるようにね、元気でいなきゃ。』
[その様子に、千夏乃は「おおー。」と言いながら拍手をして。]
『私も、頑張るから。
チカノちゃんも頑張って、早く病気治そうね』
[おねえさんは千夏乃のおでこに、自分の額をくっつけて、言った。泣いているみたいな声だな、と思ったが、千夏乃は何も言わないことにした。]
[千夏乃の家や学校では、めったにない悲しい出来事が、病院では時々起こる。
いや、本当は時々ではなく、ほとんど毎日のことなのだけれど。
千夏乃たちの目に悲しい出来事が映らないように、大人たちは努力している。それがわかるくらいには、千夏乃は大人に近づいていたし、きっと今日もそうなのだろう、と、思った。]
[ノートだけ広げて、ベッドの上で、ぼんやりと過ごす。こんな日も、悪くない。
千夏乃のノートは全科目共用だ。
あるページには数式が並んだかと思うと、次のページには詩が、その次は植物のスケッチ、といった具合に、思いついたことを思いついた時にやるものだから、いつの間にかひどく賑やかなページが出来上がっていた。
ベッドの上だと、談話室のテーブルでやるよりも眠たくなってしまう。ほとんど条件反射だ。外はゆるやかに高度を下げていく太陽が、遠慮がちに光を投げかけていた。
フリーハンドで比例のグラフを描きながら、千夏乃はまた少し、*うとうと*。]
ゆうぐれ・314号室
「くしゅん。」
[くしゃみと同時に、目が覚めた。
外はゆうぐれ。沈んでいく太陽が、空にわずかばかりのオレンジ色を残している。
ベッドから降りて、厚いカーテンに触れたとき。
ふと、言いようのないさびしさを覚えた。
まるで、世界に自分だけが取り残されているような。
おかしな話だ。
父や弟と会って話したのは、つい昨日のことだというのに。
家族だけではない。看護師や、医師や、ほかの入院患者たちとだって、たくさん話をしたではないか。]
[遠くで何か、いきものの鳴く声がした。
鳥か、けものか、なんだかよくわからないけれど、悲しげな声。]
――っ、
[千夏乃はとっさに、カーテンを強く引いて夕闇に飲まれていく景色を視界から閉ざした。
「さみしい。」
「こわい。」
そんな言葉が、頭をよぎる。
その場から駆け出してしまいたくなるような気持ちをこらえ、カーテンに背を向けてぎゅっと拳を握り締めた。
そうして、千夏乃はしばらくの間青い顔で*うつむいていた*。]
真夜中・314号室
……寒い。
[目が覚めたのは、夜中のことだった。
病室にはしっかり暖房がかかっている。それなのに、酷く寒い。体が凍りつきそうだった。
千夏乃は毛布を頭まで被って、震えていた。
風邪をひいてしまったのだろうか。夜眠る前までは、なんともなかった。今日は一日おとなしくしていて、食事もいつもどおり食べたし、薬もちゃんと飲んだ。それなのに、まるで冷たい水の中にいるように、体が冷たい。]
だれか、よばなきゃ
[何かあったら押すように、と言われていたナースコールのボタンに手を伸ばしたが、冷えて感覚のない指先ではなかなかボタンを探り当てられない。やっと見つけて、しかし押したかどうかわからないうちに今度は酷い睡魔に襲われて、千夏乃は深い深い眠りの底に引きずり込まれるのだった。]
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