情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 エピローグ 終了
[1] [2] [メモ/メモ履歴] / 絞り込み / 発言欄へ
―― 朝 船頭の家 見習いの間借り部屋 ――
…
[さやさや、さやさや。
眠っている間は、たましいたちの交わす声を漣の如く聴く。
長年、眠りの浅い男はいつもどこか眠たげな眼をしている。]
あの声、―― やっぱり アン じゃった か。…
[昨夜掠め聴いた声と照らして思い当たると、薄い布団の上、
男は身を起こしてこぶしを握る。――――身支度をする。]
そいから、別の 悲鳴も… ?
―― 村の通り ――
[ キコ… ]
[錆の浮いた自転車を漕ぐ。
衣服はまだ着古していないシャツ。幾分首元が、ごわつく。]
… ほ 親方。
こんちは 昨夜は すみませ――
[通りで行き会うのは、キクコの父親。
船頭見習いの男にとっては、花作りの余暇に櫂捌きを教えてくれる
もうひとりの師匠といった人物だった。その彼に聞かされるのは、]
キク嬢ちゃんが 消えた ちな… ?!
[――――朝食後の僅かな時間に、キクコが消えた、と。]
…っ
[「着替えたらこれをお前に返しに行くと言っていた」――
渡されるのは、丁寧に畳まれた見覚えあるサマーセーター。
探すのを手伝ってくれと男へ声をかけ、キクコの父親は去る。
移民の男は、ふる、と一度身を戦慄かせて…ひとりつぶやく。]
きこえん 、 っ…
まだ 、 聴こえん …
[キクコの「声」は。然し、目覚める直前に聞いた気がした
件の悲鳴は、彼女のものではなかったか。男は耳を澄ませる。]
――… ( さやさや )( さやさや )
[話し声。生きている村人の其れ、そうでない村人の其れ。
足元へ跳ねる勢いの雨音。村内放送のOver the rainbow…
降りしきる雨に、傘を持たぬ男はたちまちずぶ濡れになる。
握り締めたサマーセーターからも、すぐに雫が滴り落ちる。
雨宿りをする村人たちが、移民の男を訝しげに見ている。
…やがて、男の耳へ異変がきこえるのは]
…、? っ…
[ ぶぶ ぶ ]
[積んだトランク――巣箱で白い熊ン蜂が騒ぎ出すのと同時。]
ボタンの 婆っばん…っ
アン …
[荷台のトランクでは、巣箱の蜂が最早わんわんと唸るほど。
「仏さん」の声を聞かぬふりの出来ない男は、悲痛に呼ぶ
声のほうへと呟く。そして軽トラから降りてきたンガムラから
投げつけられた傘を一旦胸板でトラップしてから受け取り]
…みえん の かもしれん。
…
[答えを必要とせぬ態で首を振るンガムラに、男は沈黙を渡す。
『魂とか幽霊とかオバケとか』――繰り返される言葉にも。
軽トラへ走り戻る背をじっと見詰める。無論、「みえない」。]
―― 良かとですか ?
[移民の男のつぶやきは、ンガムラに向けられてはいなかった。
彼が乗る運転席の隣…空の助手席に在る気配へ。]
[くす、と手を焼く態で聴こえる笑みは、しらない女のもの。
ンガムラにはきこえない声―― 移民の男は、ペダルを踏む。
キコ… 走り出す自転車。……遅れ、ばさりと傘が開いた。]
セイジ !!
[雨の中、蹲っているセイジを見つけると急ぎ向かう。
あんころ餅屋の脇へ自転車を凭れさせると、駆け寄って]
ボタンの婆っばんのことは、俺にも…「わかった」。
ちっと 休め、お前――
アンの「声」が、 お前ンこつ 心配しぃちょっで。
[ばしゃ、と片膝をつくと、男は傘を持たぬほうの腕で
セイジの腕を取って己の首へと回させる。]
すンません、大将…! 軒先、お借りさせっ貰ろで!!
…
キク嬢ちゃんも 消えた て。
ボタンの婆っばん だけじゃ 無かとやな?
[アンに聞いた名は出さず、セイジが落ち着いてきた頃に聴く。
交わす会話の中では、
アンとギンスイが酷く彼を案じていることも伝え]
…俺も、婆っばんに 訊いてみっで。
何ごて こげなこつに なったか――
[案じたあんころ餅屋の主が、ぬるめに淹れた茶を持ってくる。
手短に礼を添え受け取ると、ぽつぽつと話し出すセイジに渡し]
―― タカハル が したと か。
ん。堰を、越える。 …そんで 川か。
[普通ではない死なせかた。普通ではない「仏さん」。
不可解には不可解なりの繋がり――戸惑うまま男は受け取る。
ゆらりと動く視線は、とらえられないものを探すよう動く。]
… ほ 婆っばん。
きこえる と わかる は ちっと違ごおぞ。
[えび茶いろの傘はみえないが雨が傘を叩く音はきこえる。]
…
お前ンさあ、 何ぃか。
[「お前さまは、何か」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
おはんな、誰ぃさあな。
[「お前は、何さまだ」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
『わたしのことなんて
すっかり忘れてしまったみたい』?
『 くやしいから ―― 』 ?
[ずっと胸にあった静かな憤りは声を掬う調子に滲む。]
…そン気持ちで、婆っばんに つけこんだ とか。
お参りが減ってお社の力が弱まったから て 何ンか。
…『あのひと』は タカハルんこつ か?
ひとの願い 破るなら その望み 潰えろ。
―――― 叶える気の 無か 手で
セイジに 触ンな !!
…よウ。
蜂でん、刺すときァ 命懸け じゃっど。
[声は押し殺すとも、移民の男は人目を憚らず在る。
その視線は確かに老婆の目の高さへ宛てたものと思しく]
お前が 懸けたは、自分の命ですら 無か。
[1] [2] [メモ/メモ履歴] / 絞り込み / 発言欄へ
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 エピローグ 終了