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[小高い丘の上から、雪原を眺める。
――獣達の包囲は相変わらず。腹に据えかねるのか、
トナカイ追いの犬たちが時折控えめにも吠え返す。
飼い主が慌てて静かにさせるのは、恐れのためか。
蛇遣いは、身体の前で毛皮をかき寄せ眉を寄せた。]
『出来ぬこととて、想いは』――
[…ほう。レイヨの言をなぞる呟きにつれ、吐息。
極夜の日々の「朝」は、総てが蒼く、蒼く染まる。]
想うと焦がれるは、似ていて違う…と言っても。
嗚呼。果たして面白がってくれるのだろうかね?
面白かったとしても、あたしは――
[毛皮の下のしろい大蛇を、片腕は庇い、抱く。
無意識にも恐らく相棒が蒼く染まらぬようにと。]
…そう、わらえないな。
[さくり。足は雪を踏み分けて丘を下りだす。
背後に並び在るのは、よく手入れのされた橇。
曳くトナカイも犬も、今は狼に怯え繋がれず。]
[それから顔を贄となる少女へと向け
ゆっくりと長老の方へとずらした。
見えぬ視界の中、顔を向けるのは昔の名残であり
何かを感じ取ろうとする其れやもしれず]
…カウコは、賢いな
[ぽつり 呟いて左脇に置いた杖を握る。
ゆっくりと立ち上がる影が、炎の近く
大きくテントへと黒くうつった]
…長老殿――俺は、あんたを裏切らない。
其れだけは「絶対」に、だ…
[低い声で、皺深き老人へと向け言葉を渡す。
其れは誓いの言葉であり、ひとつの縛]
――孫より群れを取ったあんたが、本当はどれ程…
…多分、俺は、知ってる…――――
[それからドロテアの方へと手を伸ばす。
彼女が男の視界を気にして手を差し出すとそれを取って引き、顔を埋めるようにして、彼女の手首の内側をちろと舐めた]
[彼女の表情を見る事は出来ない。
男は飾り気無き杖を手に、
テントを出ようと足を踏み出して]
…――また、此処に戻る…
[低く告げ入り口を捲くれば冷たい風が吹き込んだ。
ヘイノと対照的に、この地に置いて薄着な方、開いた首元にびっしりと鳥肌を立て、宙で凍る程の息を吐いた]
― 小屋 ―
[カタカタカタ…―――木の根をすり潰す作業に、一本だけ脚の短い机が立てる音。出来た物を移し変えて、似たような容器の横に並べる]
………
ドロテア…
[供犠の娘が今ごろ何を想い何をしているかは知らずも、彼女と引き換えに与えられた時間は過ぎていく。躊躇いがちに手を伸ばす容器は薄く埃を被り、長い間触れられていなかったもの。
中にあるものを自らに言い聞かせるように容器をなぞるだけで、前髪の奥で眉根が寄る。蓋を開ける事もなく手を離すと、容器には手指の跡が残った]
[男が歩いた後は、杖を左右に振りえぐれた雪の跡に足跡が重なる為、まるで模様のようだ。
視界無き男は冷たい空気を進み、向かったのは車椅子の男の小屋。
さくり、さくりと小さな音を雪に染み込ませ]
…――
[小屋の前、どう声をかけるか暫し迷う態で立ち尽くす]
…………
[やまぬ遠吠えと焔の燃える音に混じり、足音が近づいてくるのに扉に顔を向ける。テントでの発言から誰か来るかもと意識していなければ、遠吠えにまぎれて聞き逃していたかも知れない。
かけられる声もなく扉を叩く音もないのに、トゥーリッキとマティアスの会話を思い出しもする。中の様子を伺っているのかと、扉を見る間]
開いてます。
宜しければどうぞお入り下さい。
…こんにちは、も、こんばんは、も
変かと思って…――
[かけられた声に、言い訳めいた声音を返し
杖でコトリ、小屋の入り口に触れてから手を伸ばすと
そっと入り口から足を踏み入れた。
薄着の肩には、煌く雪がへばり着く]
――ひとり、だろうか?
[気配は感じないけれど、確認の言葉]
………そうかも知れません。
[扉の向こうから届く声を聴けば、先に思い出していた人物。けれど寒い外に立っていた理由を疑うでもなく、なんと挨拶するべきか同じく思案して結局は同意だけ示した]
ひとりです。
道中ですれ違われなかったなら…
テントに戻られたのでもないのでしょうね。
温かいお茶を煎れますから。
火の傍へどうぞ。
[見るからに寒そうな装いのマティアスに火の傍を勧めても、殊更に手を引き助ける事はせず。キィキィキィキィ―――来訪者を迎えるべく、茶を煎れながら誰とは語らずもトゥーリッキの事も添えておく]
…すれ違っては、いない。
[レイヨの言葉に頷くと、杖を左右に動かして床を確認しつつ歩みを進める。
茶の匂いと相手の匂いにひくと鼻を蠢かせて
そっと手を伸ばし冷たい壁に触れる]
ひとつ…――聞きたい事があって、来た――
…そうですか。
[話題に上るトゥーリッキの時と違い火もあり、先に沸かしたばかりの湯はまだ温かかったから茶の出るまでの時間も短い。キィキィキィ…―――車椅子は壁際のマティアスに近づき、口を開こうとしたところで先に言葉をかけられた]
何でしょう。
僕に答えられる事でしたら。
…お茶です。
[断ってからカップを渡そうと盲目の彼の手を取ると、外気に冷やされ少なくとも表面はつめたい。温める役割は茶に任せ、彼の手にカップを収めて手を放した]
[マティアスがテントを出ていくのを見送る。やはり、声はかけず。眼鏡を取り、コートの広い袖で無造作にレンズをぬぐった。かけ直すと、中指でブリッジを押し上げて。
汝も行けばいい。そう長老に言われたならば]
いえ。今は……
考える以外に、するべき事もありませんから。
問われなければ……
[伝達以外で、男から誰かを訪ねる事は――少なくとも今は――ないと。潜めた意思を乗せて返し*]
……伝えるべき事が、ないのならば。
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