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―― 宿の一階 ――
[ありきたりな航海の話でも、小さな田舎町からほとんど外に出ないベルンハードにとっては珍しいもの。
興味深く耳を傾けながら相槌を打ち。
ふと愛称を呼ばれて軽く瞬いた]
んー、まあこう、やりたいーって思うこともあんまりないしなあ。
[他の商売、といわれてうーんと悩む。
せかさぬ様子の幼馴染に、有難いような悩むような複雑な笑みを一瞬浮かべて]
ん? ああ、ドロテアかあ……
そのうち迷信深いじいさん連中と話があってよけいに騒ぎ立てるようにならなきゃいいけどなあ。
[町にいる該当する人の顔を脳裏に浮かべて、そんなことにならないようにと祈ってみる。]
親父なら厨房だよ。
まあ簡単な飲み物ぐらいなら俺が聞くけど。
[けら、と笑いながら奥に引っ込んだという幼馴染の言葉を裏付ける。
ウルスラの仕事の話は小耳に挟んだことがあるから、ペッカとの会話は邪魔しないまま、ウルスラの望みが食事なら父親に声を掛けるのだった。]
どうなんだかねェ。
[ペッカは、ウルスラの語尾を真似て空とぼける。
頬杖をついたまま首をきたんと真横へ傾けたのは
揺れた耳飾りの輪、その向こうを覗く仕草に似て]
んー。
寄合じゃまだどうすっか纏まンねェらしいが…
そのうち、無理な山越えする者ンも出ンのかね。
…ふうん、糸なァ。
ひひ、姉ちゃんはもうじきガキ産むからよ?
ウルスラ姐みてェに凝った意匠の、
日数のかかる仕事は請けらンねンだと。
ん、ああ。
親父さんへの用事は、仕事絡みの話だから、後でもいいんだよ。
でも、折角来たんだし、何か飲んで行こうか。
何か、お勧めあるかい?
[ベルンハードに軽く問いを投げ。
空とぼけるペッカに、あんたねぇ、とやや、呆れた声を上げた]
山越えも危ないだろ、崩れるくらいなんだから。
……どっちにしろ、しばらくは様子見だろうね。
あー、そうかそうか。
赤ん坊みながら針仕事は難しいって、零してたっけ。
山越えかあ。
俺はやろうとは思わないけど……閉じ込められたことに我慢できなくなった奴が居たら、やるかもしれないなあ。
[ペッカたちの話を聞きながら、ぽつりと呟き。
ウルスラにお勧めを聞かれて、がさごそとカウンターの下をさぐる。]
えーっと、たしか……あったあった。
冬につけた林檎酒がちょうど飲み頃になってるから、これでいいかい?
[しっかり者の宿の主人の趣味は酒造り。
その息子は手伝うだけで自分から作るわけじゃないけれど、できたものを勝手に飲むから怒られるのはいつものことだった。]
赤ん坊が増えるのは嬉しいことだけど、ペッカの姉さんにしたらしたい仕事もできないつらさもあるってことかあ。
まあそのうちまたいいもの作ってくれるのをのんびり待つしかないねえ。
いつまでたってもガキ扱いしてェならよ、
好きなだけさせてやらァってナ?
[呆れ声のウルスラへ一端を漏らし、素知らぬ態。
『しばらくは様子見』――
日々ひとり崩れた岩を除けるペッカは、言葉へ
頷きはせずも村の総意に異を唱えることはしない。]
おう。
そんで、たまには遊びに来てやってくんな。
女同士で喋くりゃ、ちっと気晴らしになンだろ。
[ものを頼むと程遠い物言いは、遠慮なさからで]
実際に動くヤツが出る前に、道が通ればいんだけどねぇ。
[そう簡単にいかないからこそ、皆頭を痛めているのはわかっているから、口調はどこかぼやくよう]
ん、ああ、それでいいよ。
[宿の主人の手作り酒を飲むのは、女にとってささやかな楽しみのひとつだから、自然、口の端には笑みが浮かんでいた]
[姉の同僚たるウルスラと話しながら、ペッカは
ベルンハードをカウンター越しにちらと見遣る。
最前の会話には思うところあれど、呑み込んで]
…そう言や、ウルスラ姐もさっき
ドロテアに捕まってたンだっけか。
何にしても、腰落ち着けて話聴いてやらにゃ
収まンねェだろ、あんな様子じゃ――
[ドロテアの父ちゃんはどこ行ってンだかなァ。
そんな呟きには、素っ気なくも僅か案じる響き。]
[ガキ扱い、という言葉とその後の様子に、もう一度軽く肩を竦め。
続けられた頼みには、ああ、と一つ頷いた]
気晴らしは、アタシにも必要そうだしね。
その内、お茶菓子持って寄らせてもらうさ。
……ん、ドロテア?
ああ、さっきそこでね。
いきなり何言うのかと思ったんだけど、やたらと真剣だったし……。
ほんとかどうかはともかく、ちゃんと聞いてやった方がいいかもねぇ。
あァ、其れ。
いーい琥珀色してンのに、やたら甘ぇんだよナ。
[宿の息子が勝手に飲む折は、悪友めく幼馴染みも
無論相伴に預かっているわけで…慣れた口を利く。]
あ?
お前ェはいつだってのんびりしてンじゃねえかよ。
[ウルスラのぼやきに、だなあ、と同意を返しながらグラスに林檎酒を注ぐ。
それを女の前に置いて、自分のエールを一口飲んだ。
ペッカの視線に首を傾げてみるが、口にされない言葉を問うことはせず]
なんかさあ、そのうちまたドロテアに話しかけられた人がやってきそうな気もするよね。
住人全員に声を掛けるつもりだったりするのかなあ……
そうなる前にちょっとドロテアを呼んだほうがいいんだろか。
[カウンターの向かいに座る二人がドロテアを案じるのを聞けば、
かんがえるように腕を組む。]
集会から追い出されたから、ドロテアは当分宿には近づかない気がするしねえ。
そりゃあ、どっちかってーと、女子供向けだからなあ。
俺は甘いのも好きだけど。
[ペッカの言葉にけらけらと笑いながら、
そんなにのんびりしてないという反論は、むなしく響くのだった。
しばらく二人と言葉をかわした後、ゆっくりと立ち上がり。]
ま、とりあえず、ちょっとドロテアに声を掛けてみるよ。
[そう断って、宿の外へと出て行くの*だった*]
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