― 後日 ―
[イヤフォンをポケットに突っ込み、カウンター席に座る。
そうして、カウンターに飾られた一輪挿しに目が留まり]
実はさ、花の種を育てているんだ。
[おもむろにこう切り出した。
マスターは、怪訝な顔もせずただ聞いている。]
咲いたら、ここへ飾ってもらえないかな。
少しの間でかまわないから。
鑑賞者が男一人じゃあ、あんまり可哀想だろう。
[カウンターの向こうの彼はミルを挽く手を止め、何の種かと尋ねた。]
……さあ。
いやね、本当に何の種だか分からないんだ。
分からないんだが……
少なくともたぶん、草の花の種だ、と思う。
[おれが受け取ったのは、たった一袋の種だった。
調べてみたが、種類は分からない。
分からないから、植えてみた。
育て方はえらく達筆な文字で書き付けてあったから、困ることはなかった。
これがもし木蓮だったりでもしたらアパートで持て余してしまうところだが、幸いというべきか否か、爺さんは一年草の花を特に好いていた。ぱっと咲いて、ぱっと無くなってしまうのがいい、というのがその言い分である。]
[朝顔の市へ連れてゆかれたとき、おれは、あれがほしい、とひとつの変化朝顔の鉢の前でぐずったことがある。たしか、小学校へ入る前のことだったと思う。曼珠沙華のようなシルエットが幼心に美しかった。
当時は知らなかったことだが、変わり咲きの朝顔というのは扱いが非常に難しいものであるらしい。突然変異であるがゆえに種が残らず、花は一日でしぼんでしまう。
爺さんは、あれは無理だなあ、と口をひん曲げたあと、急に思いついた顔をしてこう言った。朝顔じゃないが、と前置をした上で。
――お前が大人になったら、じいちゃんのとっておきをやろう。]
まあ、もしかしたら枯らすかもしれないし、
つる草だったりしたら飾るのも難しいだろう。
まだまだ先の、仮定を重ねた話で、
鬼に大爆笑されそうだけど。
[ほんの少しの感傷による思いつき。
職場に持って行ってもよかったが、何故だかここのほうがふさわしい気がした。知っているようで知らない人間がたくさんいる、この場所が。
さてと、とおれはいつものように言う。**]
マスター、アイスコーヒー。