―少し前・自宅―
[集会所を離れた直後――真っ先に向かったのは自分の家だった]
…………
うッ……!
[口元を押さえて蹲る。
人食への拒否感。
それは、他の村人には決して見せられぬ姿だった]
[しかし、それだけではない。
青年の、もはや彼だけしか住まぬ家の中には――]
『……信じられない』
[娘の声が聞こえる。はっと振り向くが、既にその姿はなく。
ただ、閉め忘れた戸の隙間から、家の中を覗かれたのだろうと推測する]
…………。
[姿は見えずとも、聞こえた声の主を違える事はない]
……儀式。もうすぐ、だっけ。
[家の奥を虚ろに見詰めながら、ぽつり、と呟いた]
[――そしてその白い手は、鈍色の刃物を手に取った。
砥石を取り出し、鉈の刃を研ぐ]
[刃物は、それだけではない。
斧、鎌、鋸、肉切り包丁――
およそオルガン奏者の家に相応しくない道具が、新品同様の輝きを放って並べられていた]
[陸の孤島であるこの村で、外部からしか手に入れられない道具は貴重品だ。
多くは村の共有財産であり、個人が所有する事はない。
ましてや、これだけの道具を一人が占有するなど、許される事ではない]
――騙し騙し集めて来たけど。
そろそろ、限界かな。
[道具の存在に気付いた娘の顔を思い出す]
じゃあ、今夜辺り始めなきゃね。
――復讐を。
狂ったこの世界を、終わらせてやる。
……待っててね、母さん。
[汗で顔に張り付く髪を掻き上げながら、研ぎ澄まされて行く刃に笑みを浮かべた]
…………。
[眼を細めて相手を見る]
食べたくないよ。死体なんて。
[肉の味を思うと、胃がむかむかして吐き気がこみ上げて来る。
人肉を食べ続けても、その行為への嫌悪感が消える事はなかったが、ただ吐き気を平然とやり過ごす事だけは出来るようになっていた]