[確かに、呼ばれた。
――マコト…ちゃん? と]
サクラちゃん、いるの?
[鏡の破片が四畳半に散り広がっていた。今まで薄暗かったのが嘘のように、抜けた天井から差し込む光で埃がきらきらと光っている。
まるで雪が降ったよう。
そして降り積もった雪のふりをするのは、1階床を突き破って落ちてきた、布団部屋の布団だった]
えーん、えーん……
[あの日、泣きじゃくる自分の小さな手を引いていたのは、これまた小さな少女の手。
その手がひどく冷たかったことが、思い出される]
ここは?
(よじょうはん)
[はずむ声でそう言った、少女の顔は影になっていて見えない。
部屋の中に入ると、そこには知らない大人がいた]
誰?
[その部屋は、きらきらと*まばゆい*]
サクラちゃん
[もう一度、呼びかける。声はかえらない。鏡に書かれた文字は、赤黒く、自分を呼ぶ声に似ている気がする
泣きじゃくる自分の手を引いてくれた少女の名。あの日もここへ来て、四畳半の部屋で]
落ちてきたのか、この布団…
そうか、この上の部屋は。
[―――出会ったのは]
みーつけた。
[あのときは、サクラちゃんが言った。
記憶の中の言葉をなぞる。
布団部屋の中の、そのまた奥の押し入れの中に縮こまっていた自分。
ふすまをすぱーんと開けたのは、見たことのない少女。
お互いに始めましてのはずなのに、彼女は全然遠慮がなかったんだ]
あれからだよね。
[それ以来、廃墟のまま放置された家屋は
2人だけの秘密基地となった。
布団にもぐってかくれんぼ。
四畳半の部屋で他愛もない話をして。
そして――あの日を境に彼女は来なくなった]
[雪のように埃をまわせた布団のそばにしゃがみ、そっと手を置く。ざらりとした埃の感触がした]
あの日、この部屋で
[遠慮も屈託もない少女。この家に慣れてなかった自分を布団と同じように引っ張り出してくれた少女。――サクラちゃん]
サクラちゃんの手を離さなかったら、
『忘れ物』なんて、なかったのかな
[ひっぱってくれた手を、離したあの日。少女が自分ではなく、別の手に引っ張っていかれたあの日]
馬鹿だなあ。
[ごし、と袖で目元をぬぐう。
埃が目に入ったんだよと、心の中で言い訳しながら]
すごく、寂しかったのに。
[おめでとうって言ってくれた、サクラちゃんの顔をみたら]
なんにも言えなかったんだ、あのとき……
[こつん、つま先がぶつかる何か]
おめでとうなんて言って欲しくなかったのに……
[床に転がる[フォーク]は、あの日よりも小さく見える]
[フォークで庭を掘る。掘っていくと、コツンとぶつかるものがあった]
…
[それは小さな箱。二人で埋めたタイムカプセル]
…みーつけた。
[その言葉を、小さくもう一度呟いた]