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昨日のお約束通り、「ニーナ人狼説」を考える反証と村人証明の発言を貼りますね。村でも発言しているのでそれと合わせて考えていました。
▼ニーナは●希望の組み合わせだけの推理なので、ここでは反証してみたいと思います。(敬称略)
【想定1】
ウェンの●ニーナ→●セシはニーナ除けではなくたまたま。
ニーナの●ウェン→●メイは●ウェン避けではなくたまたま。
セシリアの●は仲間人狼であるウェンへの仲間切り。
この場合、ウェンもまたセシへの仲間切りをしています。そして多数票をどちらも獲得し、確実に●人狼となる展開に人狼自身がもって行っていることになります。
b進行であれば初日●人狼が決め手となり村人証明になるという前提です。
この展開を積極的に望んだ人狼ズということになりますが、そうなると最大の疑問が出てきます。
なぜウェンは●ニーナのままにしなかったのでしょうか。
そうすればウェンは●ニーナ、セシは●ウェンとなって、セシが「先に仲間切りした意味」が出てきます。
ヒューは>>1:64で「同数ならばその票になったのが早い方です。」と言ってますから、ウェンはニーナに仲間切りの可能性を示唆できて、セシは●人狼で埒外へ、という形です。
セシが先に決定打を打っておきながら、ウェンはセシを生かすための絶好の●ニーナをわざわざ外しているんですね。
互いに仲間切りしあうより、よほど気づけそうな話です。
現状わかる範囲では、ここまでですね。従ってセシ人狼はないという話になります。
【想定2】
デボラが人狼か否かは簡単です。
昨日の●希望の遅れです。ウェンが●セシにして、デボラが集計までに●セシにすれば、逆転で●ウェンを避けて●セシになったからです。
それを放置して●希望を出さずにいるような人狼がラスウルでは、あの時点でウェンが勝てると思えるのは無理です。
つまり、ウェンは占騙りしてでもしてあがく方向に行ったと思います。
※この点においても、あがかなかったという事は、そんなに危機感がなかったと言うことです。つまりラスウルは隠蔽できていたと更新時すぐには思っていたと言うことです。
であれば、仲間切りをしあったセシよりは、上手く●メイに逃れたニーナの方が人狼だと思えます。
【想定3】
コーネが人狼だった場合は明らかにおかしい事があります。
最初に●ウェンで仲間切りしたあと、多数票になる前にウェンはさっさと「メイ、ニーナ、セシ」の誰かに●した方が良かったんです。>>1:104で「おおきに」とか言ってる場合じゃないです。
そうすれば、コーネはいきなり仲間切りしているのでウェンがばれても埒外です。
ウェンはわざと多数票になって占われたかったとしても、それなら●セシはダメです。デボラが集計までに●セシで合わせたら●セシ3票で占いにならないからです。
結局、反証によってデボラ、コーネの村人証明とニーナ人狼が益々強くなったと言う事になりそうです。
以上です。
これをわざわざ貼ったのは、真実かどうかと言うことより、その側面だけ見れば確かに正しい、という部分を明白にしておきたかったからです。
村での説得力とは、いかに証拠を正しく提示できるかということで、それ以上の材料がない場合は基本的には採用されません。
しかし、村のメンバーがその推理を理解せず、自論ベースを固持した場合、村は紛糾します。
だから誰かの推理に乗っかる選択に必然的になってしまう。
今貼ったこの反証は、論理的には正しいでしょうが、だからと言って真実ではない可能性もあるということです。
つまり、このような仮説をどれだけ見つけられるかというのが推理の精度になると思います。
今回の村ではニーナは村人でした。
つまり、あの反証はニーナ人狼とする証拠だけを正当化したものに過ぎなかったということになりますが、もしニーナ人狼ならそれが真実ですから、名推理ということになります。
この差はどこにあるのか。
それは腑に落ちない部分でしょう。
何か見落としているから腑に落ちない。つまり何かはある。
何もなければ腑に落ちないという感覚にはならない。
例えば、ニーナの>>2:126「ぬわ、起きてきたら▼ニナが積み上がっている。。このままだと吊られてしまう…!」
これを人狼のあせりと感じるのには腑に落ちないのです。しかしスルーしていました。ここの部分は自覚的にでした。
「ニーナ人狼で決定」と推理を投げたという部分でもあります。
ここの何が腑に落ちないのかと言ったら、ニーナ人狼であのセリフのあと、セシに返答、▼デボラの話で終わり。
これでいいとすれば、そもそも最初の一言はどういう心境で言ったのでしょう。
「村人のビックリ」「人狼のあせり」
2つ並べると「村人のビックリ」の方が「腑に落ちる」のです。
こういう部分を捨てて、証拠主義一辺倒になった時に間違いが起きやすい。
で、>>2:98>>2:99>>2:100とニーナは推理しているわけですが、ニーナ村人視点で考えた場合、セシ、コネ、ステは村人に見えるしその証拠もそれなりにあるから異論がない。それが出来ないのはデボラだけ。
そういう視点がすでに見えていた。私たちからはニーナの村人証明が何もないので吊ることになったわけですが、ニーナは見えていた。
この状況をあの時に観察するべきだったのです。
「ニーナ村人の見えている世界」の検討です。
だから最初にあげた「反証」は、これを抜きにした検証でした。
各人のある側面を見た村人証明は出来ても、ニーナ人狼の証拠ではなく各人の非人狼証明でしかなく、それを言うならニーナもまた非人狼証明自体は出来る。根拠とした理由がそもそも全部偶然そうなったと言うことでもあるからです。
全ての行動に意味があるわけではない、と考えられずに意味づけしてしまうわけですね。
デボラに関しては消去法ですね。証拠を残さなかったという点でデボラは推理に真っ向から対決した人狼とも言えます。
しかし、残った村人たちの村人証明をコツコツとやってたどり着いた部分なので一定の「腑に落ちる」感じはあります。この妄想思い込みか実感なのかの差が真実かどうかの差なのではないかと思っております。
感覚の話になっておりまして失礼しました。
「ニーナ村人の見えている世界」を反証に使う事はある程度いいと思いますが、やはり過信はダメなのでしょう。
●▼▲推理がダメになる場合は、人は理だけで動くわけではないという事を忘れ、理詰めだけで結論する事が「はずれの場合」ですね。
どこが理でどこか「不理」なのかを判定する視点がないと、理詰めの心地良さに浸ってしまう。
ただ、そういった推理は、ある程度必要です。逆に完全「不理」ということもないからですし「勝つための理」は必ずあるからです。
今回、●周辺推理をもっと軽視し感覚論を導入すればデボラ人狼の可能性も見れたのかもしれません。
そして、セシリア人狼の場合のモヤモヤポイントの解明も出来たのかも知れません。
或いはコーネ人狼が見えたのかもしれません。
しかし現実はニーナの疑惑から処理するしかなく、それでもまだ村が勝つ可能性はある。
一定の理でコーネ、セシ村人まで漕ぎ着けたとしたら、それはそれで推理の勝利とも言えます。
はてさて真実はいかに。
ウェンディちゃんが言ったこの言葉がもしかして本音かも知れません。
「いやー、個人的には生存勝利が目標だからね。▼灰ってえらい過激な村だなーと思いつつ。」(>>2:77)確定黒で生存勝利とか自己中心も甚だしい。そんな展開になる前提に立てるのが凄いです。
そして一方で「村人は話し合う時間が長くなるほど有利」と思っているようで、確かにそういう形となる場合もありますが、一方では長い時間によって思考が弛緩していい加減な吊りをしたり、村人同士が疑心暗鬼に陥ったりして、人狼側の棚からぼたもちというケースもないわけではないです。
こういった矛盾した狂った発言を普通に出来るのは、そもそもが個人戦意識がベースにあるからだと思えます。
連携するつもりなら「極力発言しない」というのが一番安全です。意図しない発言から村側が歪曲してしまい、▼ラスウルになるかも知れないからです。
セシ狼だと、「自分が狼だったらこれはやらない」をどんだけ積み上げてるんだって話なんだよね。
ウェン人狼COは「セシ狼ならやらない」
仲間の●ウェンで人狼COなんてのも「セシ狼ならやらない」
セシ自身、自分が理解できる事柄は、世の中的に通じる事柄だろうと思い込んでいる部分があるので、解説が非常に大雑把。
↑…この独り言、投下しないで放置しているのを書いてから8時間後くらいに発見。
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