学生服とは、なにやら生地が薄う思われますな。
モダーンとはこういうものでございましょうか。
のう…そこのおねえさま。
…おや、言ってしまわれた。
[無言で去るアンに気分を悪くしたふうでもなく、少女は微笑を浮かべてかぶりを振ると、宿屋の一画にテントを張り始めた。]
さっきすれ違った子…大丈夫かしらね。
[ボソッと呟き、
森の方へ視線を向けた。]
あなたも呼ばれたのぉ?
こんな胡散臭い宿屋に…嫌ぁね。
[テントを張るチカノに目線を落とし、
ため息を吐きながら首を傾げる。]
[階段を転がるように駆け下りてきて、
最後の数段を転がり落ちた]
っつー 痛て。
誰だよ、寝てる間にこんなん置いていきやがったのは!
[握りしめた封書と中の紙ぺら。
訴えるべき自警団長は、すでにこの場にはいないようだ*]
良いではありませんか。
夜露がしのげるならば、わたくしはどこででも…
それに、あやかしなどと昔話のような戯れ言。
[イマリに応じる声はまた笑い声混じりで、まるで深刻さを感じない口調。そこに転がり込んできたバクに、なにやら目を輝かせていた。]
なんとモダーンな召し物。
これが、ふぁあというものなのですか?
[怪我の具合も封書も目に入らぬ様子で。**]
え、手紙…ですか?
[診療所の看護婦から手紙を受け取り、中を検める。その途端、若い医師の顔が曇った。
不安げに眉をひそめる看護婦に、作り笑顔を向ける]
…ああ、大丈夫。ですがしばらく、僕はここを空ける事になりそうです。
父もいますし、診療所の方は問題ないでしょうが…。
[言葉を濁らせる。この手紙を置いていった者は、恐らくもういないだろう。
小さく首を振り、医者は息をついた**]
[床に足をついて顔を顰める。
舌打ちすると、立つのは諦めて床の上で胡座をかいた]
ふぁ……?
[降ってくる声に顔を上げれば、チカノの輝く眼差し。
もだーんとやらにも疎い迷子は、暫くの無言ののち]
違うぞ、これは狼だ。
[帽子に付いている毛皮の掴んでそう言った]
―― 江夏家 ――
嫌な天気ね。
[床の間に飾られた打掛から目を離して、うす曇の空を見上げる。
無意識に、指先で指輪をなぞっていた]
ツキハナ、ちゃんと傘持って行ったのかしら?
[妹を案じた問いに、母親は曖昧な返答しかしなかった]
―― 宿屋 ――
あら、お待たせしてごめんなさい。
[扉の前で呆けている若旦那へ駆け寄り、足元の包みを拾い上げる]
呼ばれていらっしゃったの?
[誰から、とは言わない。
鍵を扉に近づける手が止まったのは、中から人の話し声が聞こえたから]
――…。
[黒い診察鞄に道具を詰めながら、思い返すのは森で見つかった無残な遺体の事。自警団長の立会いの元、それの検死をした事はまだ記憶に新しい。
死因は喉の裂傷で、即死に近い。絶命後に片腕を千切られ、柔らかな腹部を中心に抉られており、それはまるで巨大な獣に食い荒らされたかのようだった。
しかし周囲は荒らされておらず、単なる獣の仕業でない事が伺える]
ヒトガタの、化物…か。
[ひと月ほど前に噂された、それの名前をひとりごちる。
あの手紙には、自分にその嫌疑がかけられていると記されていた。そこにあったのは、自分の名前だけではない。診療所を訪れる村の人たちの名前も、懇意にしているお茶屋の若旦那の名前も]
まさか。
[何かの間違いだろう。あの人たちに、あんな事が出来るはずがない]
…そろそろ、行かないと。
[戻っては来られないかもしれない、という恐怖は不思議と無かった。手紙の内容が半信半疑と言うのもあるが、仮に真実であったとしても、それは変わらないだろう。
医者としての興味、なのだろうか。人が化物になるのか、化物が人のふりをしているのか――。知識欲は尽きない。
幸か不幸か、齢30にもなろうというのに伴侶となる女性もいない]
では、行ってきます。
[挨拶を残し、診療所を出る。宿に着いたら、ゼンジの淹れた美味しいお茶が飲みたいな、などと呑気に考えながら**]
なんとかわいいおおかみ。…もっふもふではありませんか。
[少女は、慈しむようにそのもっふもふをいじくりまわしながら]
あやかしという人狼がこのもっふもふならば、
わたくしなにも厭うことなどありはしません。なんとモダーンな…
もっふもふ…
[そう言って少年の衣装をなでくりまわしているうちに。]
は…。あなた、どなた?
[それからようやく貼り紙に気づいてまばたきを二回]
こんなことに使われて、商売あがったり……と言えないのが悲しいところね。
[普段なら閑古鳥がなく宿屋は、いつもと異なる雰囲気だった。
傘は傘立てへ、食料品が入った袋は台所へと運んでゆく]
これは人狼じゃなくて狼。別物。
それから俺も、そのあやかしじゃないからな、言っとくけど。
[遠慮のない手つきのチカノに、半目になったり帽子を奪い返したり]
俺は、バクだ。
ついでにそっちのはイマリ……あれ、便所か?
[マタギの祖父とともに村のはずれに住む迷い子は、よく道を失って村を彷徨っている。この宿にたどり着いて泊めて貰うのも、初めてではない*]
重たそうですね。荷物運び、お手伝いましょうか。
[ゲッカの持ってきた食料品を持ち、一緒に台所に向かう]
そういえば、何人くらいあつまるのでしょうかね。あとでお茶でも入れようと思いまして。
[現実味の無い話で呼び出されたせいか、まるでただの集会に呼び出された感じで話しかける。
荷物を運び終えたら、人数を確認するために宿屋のなかをぶらり**]
―― 森の中 ――
なんですか? それは。
[いつものように散歩へ出かけた帰り道。
さっと雨雲が掛かるかのように目の前に現れた人影に、柔くも棘が潜んだ声を上げる]
えぇ、仰る通り出入りはしていますけど、だからってそんな…。
[反論する言葉もむなしく、突き付けられた封書に成す術もなく]
……、
[行き先を告げられるまま、静かにうなづくしかない。]
雨が、ふりそう。
お姉ちゃまの言葉、ちゃんと聞いておくべきだったわ。
[暖かさがが一転、冷たさを帯びた風が髪を浚う。
指定された場所を思えば、姉や母が少なくとも巻き込まれていることは明らかで。
悲しみや途方に暮れる思いで眦は赤く染まる。]
ホズミちゃん、無事かな…。
それにンガムラさんも…。
[押し付けられた封書はまだ見ぬまま。
こぼす、好意を懐くものの名を。]
し、しっかりしないと。
わたしも疑われているって、お姉ちゃまに悟られてしまうわ。
[沈んでいく気持ちを奮い立たせるかのように、頬を数回叩き。森の外へ。
やがて緑色の色彩から解放された視界に、村医者の姿を見つけたなら。
幾許か診療時に晒す、素肌の恥ずかしさを思い出し、頬を赤く染めながらも会釈は*忘れずに*]
あら。ざんねん。
[言葉尻に笑うのが癖かのように、屈託げもなくまた笑う。残念なのは、帽子を奪い返されたことか、それとも人狼ではないことか。]
バク…夫。バク夫殿ね?
わたくしチカノ。近場で野宿するなんてってお父様が怒るから。
家名を汚さぬように通り名ですのよ。
あ。テントの事は、女将さんには内緒にしてくださる?
[内緒にしようもない、広間の隅の黄色いテントを誇らしげに見やる。]
…それではバク夫殿。
わたくし、テントの中を整えないとなりませんから。
[名残惜しげにもう一度もっふもふの手触りを楽しんだ後]
覗いてはなりませんよ?バク夫殿。女のテントは宇宙ですの。
覗いたら…怪我して火傷して後悔しますわ。
[そう言い置いて、もそもそとテントの中に入っていった。**]
……やれやれ、困ったもんだな。
[これで幾度目やら、先刻の来訪者から届いた手紙を開いて目を通す道すがら。]
人狼とはまた、何とも。
[帝都で激務に追われていた頃、作っていた雑誌に、欧州のそういったあやかしの伝承を紹介した記事が掲載されていた事も幾度かあり。]
まさか本邦でこんな話を聞くとはなぁ……。
[感慨に耽りながらも、やむ事のなかった歩みは、召喚状に指定されていた宿屋の前で止まった。**]
[村医者に顔の赤みを指摘され]
その説はありがとうございました。
か、風邪はもう大丈夫…
[隠し仕草で深々と頭を下げる。
消える語尾は新たな誤解を生むやも、気付く筈もなく。]
や、ど?
[聞き慣れた筈も違和感溢れる行き先に、はっと頭を上げまばたきひとつ。]
わたくしで宜しければ、ご一緒に。
[同伴を申し出る言葉を紡ぐ頃には、いつもの柔い笑みを眦に浮かべ、隣へ歩み出た*]
近場じゃなくても怒るだろー
ていうか俺が怒った方がいいのか? まさかゲッカさんが許したりは……
[チカノが黄色いテントの中へと消えると、呆気にとられた顔を引き締め直してぼやいた。
広間での葛藤はどれほどか。
ゲッカが姿を見せれば、ぴしりと姿勢を正し]
あ、はい。いや、ええと……
[「ご、ごめんなさい」口の中でもごりと、緊張した面持ちで、言う*]
― 宿屋前 ―
懐かしいなぁ、この辺は。
あのケヤキの傷までそのまんまや。
[宿屋の隣、今は他人のものになった生家を見遣る。
胡乱な西国訛りは、村を出てから染み付いたもの。
10年前、まだはたちにもならぬ頃のことである。
砂利道を踏みしめる下駄の歩みを、いくらか緩めた。]
この村は、ちいとも変われへんねぇ。
そやけど里帰り早々、阿呆らしい騒ぎには参ったわ。
ほとんど余所者のおれはまだしも、
ゲッカ姉やツキハナちゃんが被疑者やなんて。
……どうかしとる。
[手紙に記載された名前の数々を思い浮かべる。
近所の誼で、少年の時分に交流のあった江夏の姉妹。
先週からは、宿泊客として逗留させてもらっていた。
他、かつて遊んだ懐かしい名前を見かけた気もする。]
婆ちゃんの昔話やあるまいし。
昔どおりは、こないなとこまで……か。
─ 宿屋前 ─
『……処刑……?』
[気づかぬうちに、傍らに誰かがきていたらしい。]
……貴方も被疑者、という訳ですか。困ったものですな。
[声をかけた相手は、見たところ、自分と同年輩─或いは若干向こうの方が若いかもしれないが─の男であった。**]
天ぷらがダメなら、そうね……煮っ転がしは?
[台拭きを手に、バク>>30へと近づく。
するとテントが目に入り――]
[現実から目を背けて玄関へ向かった]
ああ、ンガムラさん。
申し訳ないのですが、こちらにお泊めすることが出来なくなりました。
母は離れにおりますから、よろしければそちらで、もしくはテントで……?
[少々混乱しているようだ。
傍に居る眼鏡の男にも会釈*]
[まず怒られなかった事に、安堵のため息をつく。
謝罪は若女将留守中のテントの惨事へのつもりだったが]
……俺、煮っ転がしのが好きだし、いっか。
[立ち上がると片足で跳ねながら、廊下へと]
あ、御茶屋の。
[救急箱でもないものかとうろうろすれば、宿屋をぶらりとするゼンジの姿]
あんたも呼ばれたのか。
夕飯、煮っ転がしだけど、大丈夫?
[真っ直ぐに見上げた*]
先週から、十年ぶりの里帰り中。
ユウキ兄も元気そうで――、
[よかった……と言いかけ、ため息を吐いた。
貼り紙に視線をやる。**]
ああ、ツキハナちゃんも、おかえり。
─ 宿屋前 ─
ほうほう、ンガムラさんは化粧師をなさっておいでですか。
私ですか。いや、雑誌を作っておりました。
[身体を壊して、休職。静養のために両親の郷里であるこの村に来たばかりである事、体調が戻れば、また東京のポンチ絵と扇情的な読物を掲載する雑誌作りに帰るつもりである事などを語る。]
──ああ、貴女は、このお宿の方でしょうか?
先生に、ツキハナまで?
[集う顔ぶれに、さすがに声が低くなる。
手の中の羊羹を見つめて呟いた]
ゼンジさんが、お茶を淹れてくれると思います。
編集者さんも、どうぞ中へ。
お夕飯もすぐ用意しますから。
[薄暗い廊下を静かに進んで、台所へ**]