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―自室―
[夢を見ていた気がする。時は容赦なく、人から大切な物を奪いさっていくから。大切な何かを、決して失わないように。瞳を閉じれば、いつでも美しい景色が浮かんで来るように。楽しかった日々の思い出が、いつでも思い出せるように。大切に思っていた人達と、もう一度出会ってもすぐにそれとわかるようにと。夢を見ていた気がする。夢の中で誰かが振り返った時、声は聞こえた。]
―おはよう 目を覚ましなさい―
[繰り返し見ていたあの夢は、目覚めと共に泡と消えて。忘れぬようにと見続けた夢は、聞いた事のない声にかき消されて。自身の名も、歳も、記憶も、全て失ったウシナイビト。失人の目覚めは、最悪な気分だった。]
―おはよう 気分はどう?―
最悪だ、バカ野郎。
[カナメと名乗るその声は、最低限の情報のみを語る。まずは失人がヒトという生き物である事から。生きる上で絶対必要な記憶を聞くだけで、失人はかなりの量の説明を受ける事になる。しかも、叩き起こされて不機嫌なところにだ。一通り説明を受けてやっと、カナメが失人の置かれた状況の説明に移ろうとした時。失人は最早聞く気すらなく、ただぼーっと虚空を眺めるのみになっていた。全ての説明を終えたカナメが、失人にそれを告げるまで。彼はただ、呆けていたと思う。]
―さぁ説明は終わり―
―起きなさい 行動しなさい―
[説明の終わりを告げられた失人は、解放された喜びに満たされていた。目覚めてから、六度ほど時計の音を聞いていた。座っているの、もうも限界だったから。]
長い説明、お疲れさん。
じゃぁ俺、もう一回寝るから。
今度は起こすなよ、バカ野郎。
[失人は、もう一度眠りに落ちる。しかし、あの夢を見る事は*二度とない*]
[夢は、見れなかった気がする。夢は記憶を整理する為の物であるから、記憶の無い失人には無縁であったから。]
―起きなさい―
[カナメの声が再び失人を目覚めさせ、やはり不機嫌に。]
俺、外に出てくる。腹が減ったから。
[カナメの声を背中に聞きながら、失人は歩き出した。]
―自室→室外―
[すれ違った見知らぬ……のは当たり前だが、男に声をかけられてビオトープを眺める。膝を曲げ、何かを見つめる人の姿を認めた。あれは、オンナという生き物らしい。カナメがそう教えてくれた。失人は、ふらりそれに近寄ってみる。見知らぬ男は何処へやら去ったようである。]
何をしているんだい?
とりあえず、ありはわかった。
ありってなんだ?
[あり、とだけ語るそれに呟くが。視線は小さな黒い生き物へ注がれる。視線でそれを追うが、何をするでもなく。]
[差し出された手を見て、どうすればいいかわからないから。とりあえず、自分も手を伸ばしてみる。]
俺の名前か。そうだな。
獏って呼んでくれたらいい。
夢を食う生き物の名前なんだそうだ。
俺は夢を喰われた方だけれど。
詩ってなんだろう。
よくわからないが、俺は本当の事を告げただけ。
俺は夢を喰われた。夢を失った。
それだけは、覚えている。
[手を掴まれ、上下に振られて。首を傾げたが、カナメによりそれは補足される。それは、握手と言うらしい。人間の挨拶の一つで、それには色々な意味があるらしい。仲良くしよう。約束した。仲直り。色々な時、人は手を握りあうらしい。]
もう一人、男に会った。他は知らない。
俺が知ってるのは、三人だけ。
ライデンと、その男と、こいつ。
[隣にいる、女という生き物を指差して。背中から、カナメの声が聞こえ。人を指差すのは失礼だと習った。]
失礼って、なんだろう。
登ると高い。高いと気持ちいい。
気持ちいいと嬉しい。だから登る。
お前も登るか?ルリルリ。
[彼女が答えるまで、失人はただ見つめ続けて*]
[高い位置から見下ろす、さっきまで自分が立っていた場所。高さが変われば、世界はその色を変えるから。低い位置にいた時に、例えば悲しみに崩れそうになって。世界が、悲しみの色に染まってしまった時。そんな時には、登ればいいと思う。高い位置から、世界を見ればいいと思う。悲しみの藍に染まった世界が、見下ろせば透き通る青になる。見上げれば澄みわたる蒼になる。世界は、こんなにも美しい。そう、誰かに言われた気がするから。]
やっぱり、高いと気持ちいい。
[ぽつり、小さく呟いて。]
なぁ、ルリルリ。
喰われた夢は、どうやったら帰ってくると思う?
帰って来ないのかな?
[隣に残る少女に声をかけるが、答えは期待していない。]
なぁカナメ、お前は俺の歳を知っているか?
[ぽつり、虚空に問う。答えは、やはり返らないけれど。ガラス張りの天井をもう一度見上げれば、そこには輝く太陽と、大空を舞う渡り鳥の姿があった。失人は問う。]
なぁカナメ、あれはなんだ?
なんで空を飛んでいるんだ?
なんで落ちて来ないんだ?
[記憶を失う。それにも程度があるらしい。眠っていた時間の差か、あるいは環境の差か、はたまた個人の資質なのか。むしろ最初から、記憶などないのかもしれないが。とにかく、失人には、世界の全てが新鮮だった。見るもの全てが、新しい発見だった。世界は、失人を強烈に惹き付けていた。]
[引き寄せられるまま、失人は世界を受け入れていく。新しい記憶が、更に古い記憶を消して行く。もう、夢のカケラすら残っていない。それでも、取り戻したくて。]
ルリルリが、俺の夢を見てみたいって言ってたし。
取り戻さなきゃな、夢。
[だけど夢の最後だけは、まだ覚えている。最後に見たのは、誰かのシルエット。悲しくて、手を伸ばした時に夢は消えた。]
なぁカナメ。
俺の夢を食ったのはお前か?
[問いは、虚空に溶ける。]
[あのシルエットは誰だったのか。忘れてはいけない人だった気がする。忘れたくない人だった気がする。忘れてはいけない人だった気がする。あぁせめて、顔だけでもわかればいいのに。カナメは何も答えない。教えてくれない。]
俺の答えは何処にある。
俺の夢は何処にいる。
[ふわり、失人は飛び降りる。世界をみて回る為に。行き先など決まっていないけど。それでも、新しい何かと出会いたいから]
行くぞ、カナメ。俺の夢を探しに。
[見えぬ何かに声をかければ、それはついてくるだろうか?]
―墓碑群―
[そこは、先ほどまでとは違う世界だった。ここの空気は、冷たく痛い。悲しみの中に、浸かったような感覚。]
あぁ、この場所は涙の色をしている。
[ぽつり、呟いて。近くの扉に寄りかかって、ぼぅっと、この世界を眺める事にした。悲しみの色を覚える為に。]
うん、覚えた。この世界は、藍色だ。
[ぽつり、ぽつり。一人で呟いて。]
次は何処へ行こうか。
新しい世界を、見に行きたい。
[寄りかかっていた扉から離れ、また歩き出して。]
[気がつけばあの樹の下に戻っていて。空の青が赤に染まり、やがて夜の闇に変わるように。ゆっくりと、世界は色を変えていく。失人は、それを感じながらただ佇んでいた。]
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