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[やがて出てくる、ミルクたっぷりのカフェモカ。
ほんのり苦い中に、チョコレートとミルクの甘みが広がって行く。
目をとじて、ふう、と息をはいた]
なんていうのかなぁ。
人生って、あまいばっかじゃ、ないんだねぇ。
[少しだけ大きな独り言。
甘いだけじゃないカフェモカが、喉を通っていった]
[無口なマスターは、相槌を打つこともしない。
ウェイトレスなど、いるんだかいないんだか。
このくらいの空気が、今は心地がいい。
だから私は、少しだけ大きな独り言を呟ける]
今でも、好き、っていうか。
んー、好き、なのかなぁ。
嫌いでは決してないんだけど。
[熱いカフェモカを少しずつ口に含む]
なーんか、ね。
私じゃだめだったんだなぁ、って。
おもうんだよね。
一週間後
[ふわふわ白い帽子とコートは変わらずに
長い髪の上から空色のマフラーを巻いて、いつもよりずっと短い間で、六花は柊に現れた。
店の奥、カウンター席の上で小さなバッグを膝にのせ]
今日は、サンドイッチ
たまねぎ抜きで
[帽子も脱がずにぼんやり肘をついていた]
[季節外れのアイスコーヒーにガムシロップを入れて大雑把に混ぜたあと、本を三冊取り出してテーブルに積んだ。一冊目の栞の頁を開いたが、数行読んでは気が逸れる。
ちらちらと携帯電話を見やるが、着信マークはない。]
……くれぐれも頼むぞって、言ったんだがなあ。
メール。忘れてんのかね、あいつ。
[溜息とともに残りのぼやきは呑み込んで、再び頁を繰った。]
なーんか、な。
環境変わりすぎちゃって、
[冬香はカウンタに頬杖をついて、やわらかい日差しに揺れる街路樹の影を目で追った。]
いーかげん、仕事も探さなくちゃいけないしさ。
[また小さく、ため息。]
[席に浅く座って頬杖をつくと、そのまま視線をぼんやりと窓の外に向けた。
アンティークだけどどこか懐かしさを感じる窓を、淡い色のカーテンが縁取っている。その額縁の向こう側の景色は毎日少しづつ変化していて、見てて飽きない。むしろ楽しい。]
…………
[誰にも分からないような、小さな期待の微笑み
今日はどんな芸術と出会えるかしら]
[「窓」という作品を鑑賞していると、ふとその額縁の中に暖かそうなコートを着た親子が入ってきた。赤いとんがり帽子をかぶってはしゃいでいる男の子の横で、大きな荷物を抱えた父親が微笑んでいる]
そっか…もうすぐクリスマス、だもんね
[そういえば街でもイルミネーションの飾り付けがちらほら目立つようになったな、と思っているところに、ココアの香りが鼻をくすぐった]
ねぇ、知ってる?
[ココアをテーブルに置く彼女もちらりと窓を鑑賞したように感じたから。]
…クリスマス、あれね
イエスの誕生日じゃないんだって
[窓の外の子供は、父親と母親の間で手を繋いで幸せそうに笑っている。きっとこれから暖かい家に帰って団欒の時を過ごすのだろう]
[案の定彼女は盆を胸に抱えたまま興味なさそうなありそうな読めない表情で僅かに首を傾げただけだった]
ふふ、ごめんなさい
あんまり気にしないで
[彼女の背を見送りながら、冷えた両手を温めるようにコップを持った。冬だというのに、店のどこかからカランと氷の回る音が聞こえた気がした。]
[冬香の家は四人の姉弟と両親、出戻り姉の娘の七人家族。だった。
事の発端は二年前。なんだかあの頃、色々なことが一度に起こったような気がする。
春。大学を卒業した末の弟がいつまでも家族に甘えていないで自立したい、と言って家を出ることになった。子供の頃の甘えん坊の弟の印象をずっと持ち続けていた冬香には、まさに晴天の霹靂だった。
小さい頃はいつもいじめて泣かせていた弟だったが、いなくなってしまうと何かぽっかり穴があいてしまったような、そんな寂しさを覚えた。]
[それから暫くして、下の姉が再婚するかもしれないと言い出し、夏休みの間に娘を連れて近くのアパートに引っ越していった。結局いつの間にか再婚話はなくなってしまったようだが、今もそのまま母娘二人で暮らしている。
秋には長姉が地方への転勤を打診された。仕事一筋で家庭に入るなど露ほども頭にない彼女は、あっさりと承諾してばたばたと荷物をまとめて出て行ってしまった。
急に半分になってしまった家族。家の中は以前よりずっと広く感じた。それでも、自分はきっとこのままここで暮らしていくのだろう、漠然とそう思っていた。]
[が、一番大きな変化が、よりによって自分自身に、訪れることになった。
忘れもしない。その年の暮れ、雪の夜。]
[ウエイトレスが音もさせずにテーブルにカップからは、柔らかな湯気と芳香が立ち上る。]
ああ、ありがとうな。
[一度も見た事はないが、この娘の笑顔って、どんな感じだろう──ふとそう思った。]
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