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―― 雑居ビル ――
[かん、かん、かん――
背広姿が、錆の浮いた階段を昇る。
レトロ横丁の三階建ての雑居ビル。
訪ねた先は、《萬屋探偵事務所》]
先日はどうも、探偵さん。
ネギヤさんの件、聞きましたか? …
[コンビニのビニール袋と、噂が*土産*]
[呉服屋のネギヤが、姿を消した。
同業者の言うピグレットがどんなものか背広姿は
知らなかったが愛嬌のある顔をしていたのは確かだ。]
…なぜ、彼を客にと?
レトロ横丁の魔女さん。
[訪れている場所から、何処かにいるだろう相手へ*と*]
昨夜はお姿が見えなかったので、
お誘いにきてしまいました。
有難うございます。
じゃあ失礼して――――
[勧められたソファーへ向かう。
ふと目を遣る窓には
《萬屋探偵事務所》の赤い裏文字。
背広姿は、その隙間から外を眺める。]
[瓦葺きの呉服屋に、トタン屋根の鮮魚店。
長屋の向こうは洋風に洒落のめした写真館。
――雑多な街並みに、感慨が漏れる。]
…ああ、
まるっきり昭和の風景ってやつだ。
[暫し視線を留めて…やがて腰を下ろす。]
で、その後ですが。…ネギヤさんが、
思い出屋と取り引きできたらしいんですよ。
― 探偵事務所 ―
遠い噂が、顔見知りからの又聞き程度に
近くなると…こう、信憑性も増しますね。
ふむ…?
[思いがけない探偵の話に、聞き入る背広姿。
守秘義務がどうこうと口を挟むことはしない。]
"誰"との思い出を作るか、ですか…
[背筋を伸ばしたまま、テーブルを見詰めた。]
思い出屋を探してた…のかな。
人を想うのでなければ、
思い出がほしいとは
僕も考えませんでしたし…
[そう言ってから視線を上げて探偵を見る。]
探偵さんだって、孤独な思い出が
ほしくなったりはしないでしょう?
…先日。ネギヤさんって、
思い出屋に会いたいとは仰ってましたけど。
確か、思い出がほしいとは
仰ってなかったですよね。
――思い出屋さんは、
うそつきが好みだったりするんでしょうか…
[酒の入らぬうち、夕刻の饒舌は途切れ。
戸惑い含む笑みは、ネギヤへの羨望も*混じる*]
― 探偵事務所 ―
寝泊まりも此処でと伺っていたので…。
[探偵へと手土産代わりに持ち来た袋には、
軽い夜食になりそうな惣菜が入っていた。]
…呑んで帰ると、
作るのが面倒なんですよね。
[少し声に笑みを含ませて、胸へ手を遣る。
たばこを吸っても構わないかと仕草は尋ね
――諾を得れば、共に外へ出かけるまでに
3本のセブンスターが灰になる*]
他人の心は見えない、とは言いますが…
…しらふで肴にするなんて、
探偵さんもお人が悪いですよ。
[ネギヤのことか自身の「想い」か――
いずれにせよ、背広姿は笑ってみせる。
程無く室内に揺蕩う紫煙二本、ゆらりゆらり。]
孤独と言うか、空腹と寒さが先に立ちそうなお話ですね。
…どんな悪さをなさったんです?
恋の思い出は、
御髪(おぐし)を43cmほどいただいております。
[標準小売価格をつらりと述べて、顎に手を当て]
掬いはしても、救いはしないがよいのでしょう。
世界…ですか。
[言葉の規模が大きくなると
返答に困って、一旦黙った。]
― 探偵事務所 ―
昔の家電製品は、長くもつそうですね。
上司に言われて、わざわざ中古を
探す羽目になったことがありますよ。
[見遣る冷蔵庫は、無骨なつくりの其れ。
屋号の謂れは暫し記憶をつたなく手繰り寄せ――]
萬屋と言いますと…
ええと、『旗本退屈男』でしたっけ…?
空き家や廃屋は、
なぜか子供の浪漫ですね。
大工さんと親御さん、
二重に叱られてはかないませんが…
[いつしか寛いだ心地で話していた。
探偵の支度が整えば、そんな自覚もして]
…はい、
では繰り出すとしましょうか。
[三本めの煙草を、灰皿にそっと躙り消す。]
幼い頃、父の昔語りに
聞いた名前ばかりですね。
[世代のずれも楽しむ態で、
気さくな探偵と話しながら階段を降りる。
かん、かん、かん――――]
…ああ、そうだ。
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