[雷鳴に続けて、小さな音が響く。ざわり。葉擦れに似たその音は、しかしそれとは確かに違い]
……は。
……に……ると、……
[ざわめきに少しずつ別のものが混じっていく。思考。声。どちらでもあり、どちらでもないもの。「それ」にしか、聞こえないもの]
闇を覗く時……
闇もまた、こちらを覗いているのだ。
その事を忘れてはいけない。
気を付けなければ……
[「声」は段々と明瞭さを増してくる。物語を読み上げるような、穏やかな調子で言葉を紡ぎ]
気を付けなければ、引きずり込まれてしまう。
彼等と同じに、されてしまう。
それが証拠に。
闇を覗き過ぎ、それに焦がれてしまった男は――
[口から発する声とは違うもの。時折声と「声」とが重なり合って。そのうち、語りは一旦途切れ]
ああ、
はは。
お腹が空いたな。
[さざめく笑いと、*「呟き」*]
ああ。来たよ。
[少女の声に答える、男の声。
短くも意味を込めた言葉]
私で。何人めかな?
何人が集まって。
何人が消えるのかな?
[韻を踏むような、自問自答のような*問い*]
ここは、分岐点。
みんな集まって、散っていく。
遠くからも、近くからも。澱みがなくなるまで、留まるの。
私は別のあなたを知っている。私は今のあなたを知らない。
別のあなたは私を知っている。今のあなたは私を知らない。
……あなたは1人目。初めまして、よろしく。
[寂しそうな笑みを浮かべて、*丁重な礼*]
初めまして。
[と、挨拶を返した後]
別の私。私でない私。
君は知っているけれど、私は知らない私、か。
分岐点。
[何か考えるように、少しく声が聞こえなくなり]
ああ、それならあるいはその「私」は、私のように異形では……なかったのかもしれないね。
考えても詮無い事だけれど。
[意味もない。その言葉は、*どこか遠く*]
異形かしら。
異形かしら。
そうね。考えても変わることはない。
……本当かしら?
あなたが存在するのは……いいえ。
詮無きこと。
詮無きこと。
楽な道を、お行きなさいな。
[ざわり。]
私は、異形だよ。
今だってお腹が空いて仕方がないんだ。
考えて変わったら?
その時はその時、かな?
適応力には割合と自信があるからね。
楽な道。
楽な……どうするのが一番楽かな。
[言葉と共に、男はさりげなく周囲を一望し。ネギヤを一瞥して、瞬間、目を細める]
お腹が空くのは、存在の証。
……変化の現れかしら。
全てを忘れて、繰り返す。
まいにち、まいにち
まいにち、まいにち
まいにち、まいにち
何も考えないのが、楽ちん。
ああ。私はいるよ。
忘れる。また忘れるだろうか?
蜜蜂の羽音に似た音で目覚めると、精神病院の一室にいた。覚えがない自分の顔、隣室の泣き声。何も、記憶が――
そんな話を、読んだ、事が――
その主人公、――
……ああ、集中、切れ、
お腹が、空いた。
[そして、*途切れる声*]