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[昨日は、ふたりを困らせてしまいました
泣き続けたわたしを、ひろくんはずっと慰めてくれました
それでも泣き止まないわたしを心配して、今日は泊まるよと言ってくれました]
[ひろくんは、かみさまとは違うけれど、暖かくて大きな手で撫でてくれました
大丈夫だから、と抱きしめてくれました
そのひとつひとつが優しくて、わたしはちょっぴり安心しました]
[どうしてここまで優しくしてくれるのでしょう
コイビトでもないはずなのに
わたしは訊ねます
するとひろくんは、ひどく傷ついたような、悲しい顔をしました
けれどすぐに笑って、わたしをぎゅうと抱きしめました
つよく、つよく
そうして、耳もとでそっとささやきました
六花のことが大事だからだよ、と
笑っていたはずのひろくんが、泣いているようにみえたので、わたしはひろくんの頭を撫でてあげました]
[朝おきたら、ひろくんはいなくなっていました
小さな机のうえに、書き置きがありました
いわく、おひるすぎにまた来てくれるそうです
わたしはがらんとした部屋のなかを見渡しました
一人だけです
ひとりでいるには広すぎるくらいの部屋は、おどろくほど何もありません
ベッドと、机と、それから、ひとつだけ
わたしがお願いして持ってきてもらったもの
かみさまがさいごに座っていた椅子と、それから、]
[煙草を吸いに行こうと思いました
けれど、ハイライトの箱の中はからっぽでした
買いに行かなくちゃ
わたしは部屋を出ます
お財布を持って
廊下に、たばこの自動販売機もあったことをおぼえています]
―自動販売機前―
[かみさまが好きだったハイライト
ときどきマルボロも買っていたけれど、ハイライトを吸っていることの方が多かったと思います
ハイライト、ハイライト
自動販売機の前で、わたしはあの青い箱を探します
みつけた、ハイライト、410円。]
[けれども、困りました
410円、それはいいのです
財布のなかには、小銭がたくさん入っています
だけれど、わたしにはわからないのです
410円を支払うには、何円玉がいくつ必要なのでしょう?
わかりません、わかりません
わたしはすっかり立ち往生してしまいました]
‥‥?
[そんなときです、足になにかがこつんとあたりました
ひろいあげてみます
コーヒーの缶のようです
手の先からじんわりと暖かさが伝わってきました]
‥‥あなたの、ですか?
[きょろきょろ、まわりを見ます
そこにはひとりの、白いふくの人がいます
その人のものでしょうか
わたしは缶を差し出しました]
「ありがとう、それは私のだ
手から缶が逃げてしまってね
捕まえるのに苦労していた所なんだよ」
[あははと笑う人、お医者さまでしょうか
わたしもにこりと笑って、缶を手渡しました]
逃がさないように、しっかり持っていてあげてくださいね
[「煙草かい?」その問いかけに、わたしはこくりと頷きます]
ハイライトと‥‥、ハイライトと、マルボロが、ほしいんです
[いつもなら、お札で払ってしまうのだけれど、今日はお札がありませんでした
小銭がいっぱい入った財布が、じゃらりと音を立てました]
赤いの、です
[わたしは自動販売機を指差して、答えます
ハイライト、410円
マルボロ、440円
足していくらになるのかしら
今のわたしは、それもわかりません
かみさまも、こんな感じだったのかしら]
その、すみません
ここからお金、とってください
[財布を差し出しながら頭を下げて、そうお願いしました
じぶんひとりで買い物もできないなんて、情けないなぁ
そう思いながら。]
[100とかかれた銀色のお金が、4つと、4つ。
10とかかれた銅色のお金が、1つと4つ。
財布の中から取り出されました]
ありがとう、ございます
[ボタンが押されるとぽとん、ぽとんと控えめな音が鳴りました
わたしはお礼を言って頭をさげて、それからふたつの箱を取り出します]
926号室です
[かみさまと同じ、アルツハイマーとかいう病気のせいで数をかぞえられなくなったけれど、部屋の番号は覚えています
わたしはにこりと微笑んで、答えました]
ユウキ、さん
[この人は、やっぱりお医者さまのようです
わたしは名前をわすれないように呟きました]
わたし、ロッカです
むっつの、花で、ロッカ
[ほんとうは、ちがいます
ほんとうは、リクカと読むそうなのです
でも、かみさまはロッカと呼んでくれました
それに、「リクカ」はたぶん、あのときに死んだのだと思うのです
だから、わたしはロッカなのです]
「困る事も多いでしょう」
[その言葉に、わたしは笑います]
でも、助けてくれます
ユウキさんも、ひろくんも、ぜろくんも、みんな
優しい人がたくさんいるから
[優しい人が助けてくれるから、わたしはまだ、生きていられるのです
けれど、そんな優しい人たちの事を、わたしはわすれたくないと思います
その人たちを忘れてまで、生きていたくはないのです]
「ほら、窓の外をご覧なさい
今日は貴方の名、六つの花が咲いています
冷たい世界を、優しい光で包みこむ
そんな花が、咲いていますよ」
[ユウキさんが手の平でさした方向を、わたしは見ます
窓の外から、ちらちらと白いものが落ちているのが見えました]
‥‥雪、
[わたしは、昔、雪が嫌いでした
でも、今はだいすきです
かみさまのことを、思いださせてくれるからです
顔がほころぶのを感じました]
「六つの花とは、雪の結晶の事
なんとも、美しい花だね」
[ユウキさんの言葉に、わたしは頷きました
雪は綺麗です
綺麗なかみさまの髪の毛と、おんなじ色をしている雪
「触れてみるかい」と訊ねられて、わたしはまた頷きました
わたしは好きになったけれど、かみさまは雪はあんまり好きそうじゃなかったなぁ。]
[お医者さまと一緒に、小さな中庭へ出ます
降りてきた白が、わたしの頬に触れて溶けていきました
手を受けざらにするように差し出せば、そこにも白が降りてきます
まるで、空からのプレゼントのようだと思いました
吐く息も白くて、たばこを吸っていないのにたばこを吸っているみたいです
ちょっぴり寒かったけれど、わたしは雪を手に受けることに夢中で、そんな事はどうでもいいのでした]
「寒くないかい、大丈夫?」
[ユウキさんの言葉に、わたしは首を振ります
寒くない訳ではないけれど、そんなのはどうでもいいのです
だから、それは寒くないのと同じだと思いました
それに、]
わたし、嫌いじゃありません。
寒いの。
[かみさまが、抱きしめてくれた事を思いだせるから。]
寒い時は、ぎゅーってすればいいんです
かみさまは、よくそうしてました
[寒いのが苦手だと言ったお医者さまに、わたしは笑いかけます
かみさまも、傷のにいさまも、寒いときはぎゅーってしてました
あたたかくて、安心します
ひろくんは、恥ずかしがってあんまりしてくれなかったけれど。]
戻りましょう、ユウキさん
連れてきてくれて、ありがとうございました
[わたしは十分たのしみました。
そう言って、笑ってわたしはうながします
寒いひとに、無理に一緒にいてもらうのは悪いと思うからです
ふわりと白いものがわたしの鼻のあたまに降りてきたと思ったら、すぐに溶けていきました]
「ロッカさんには、そうしてくれる人がいる
それは、とても羨ましい事だよ」
[ユウキさんの言葉に、わたしは少しだけ、悲しくなりました
傷のにいさまも、今ではひろくんも、ぎゅーってしてくれます
でも、一番してほしかった、かみさまはもういないから。]
ユウキさんは、たばこ、吸いますか?
[病院の中へ戻りながら、わたしはそう訊ねました]
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