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[―――いつか起こる―――そんな言葉を皮切りに語るカウコを前に、酷く苦い丸薬を舌に乗せた時すらしなかった苦い面持ち。向けられる視線に面持ちをあらため、小さく首を振る]
…臆病な僕に出来る事は少ないです。
[カウコのように誰かを手にかける勇気の無かった事を言外に零し、彼へ伝える義務への想いの片鱗を語る。真偽を口にせぬ彼を見て、眼鏡の奥の眼差しを細めた]
…信じらられる相手がわからずみんなこわいです。
でも叶うなら後で聞かせて下さい。
もし本当に後悔「出来ない」のでなければ…
―――人を殺して後悔のない理由を。
………折には温かいお茶を煎れます。
[お待ちしてますと言う代わりに肯定を示す言葉を囁き、口にするのは来訪者へいつも出す夏の間に摘んだ森の奥の蒼い木の若芽の茶の事。カウコの腕から伝い落ちた血へ視線を落として、血は乾かぬのだろうかと彼の腕と彼を見る間]
すみません…―――
[断りなのか謝罪なのか囁き、厭われなければ血を落とした彼の手に触れ、血に濡れるのも厭わず握っただろう。触れるとも触れずとも落ちる血に濡れた手を引き、握りこんで軋みそうな所作で小さく頭を下げた]
…――――
[怪我をしているらしきカウコは何も言うなと言うから、彼の言葉を踏み躙ってまで語れる言葉を持たない。テントを去るならば後姿を気遣わしげに見送り、テントに残る者と長老を見回した]
…狼を嗾ける者があるなら―――…
[届けるべきと判断した報せを伝えたアルマウェルは今頃、ビャルネの遺体を埋めているのだろうか。供犠の娘とて彼らの意思が狼に喰わせたのかも知れぬと、長老の言葉に言外に添えるのはそんな想い。
他に交わす言葉があれば少しは留まり、暫くすれば目礼を置き場を辞す事を示す。マティアスの姿があれば去り際に近寄り、彼の顔を見上げる]
マティアス…―――
見えぬ分も聞こえるなら…
貴方におおかみの声はどう響くんでしょうか。
おおかみは喰らった者の声を…―――
[聞くんでしょうかと、零す声は語尾をあげぬ囁きに留まり、場を辞すのは気配が伝えようか。キィキィキィキィ…―――長老のテントを出ると曇る眼鏡を袖口で拭い、石のひとつ置かれただけの墓を見た]
きこえる…
こえが、きこえる…
[狼の遠吠えはなくとも、墓の前で明けぬ夜を仰ぎ零れ落ちる掠れた声。キィキィキィキィ…―――車椅子に座す求道者は、カウコを迎えるべく自らの小屋へ向かう*]
[部屋を温める焔がそのまま明かりの役割を果たす朽ちかけた小屋に、来訪者の問う声が届く。彼の到着を待ち部屋を温めながら焔を見ていた車椅子に座す求道者は、顔をあげ扉を見た]
はい。
戻らずとも開いてはいますけど。
[キィ…―――促す声はすれど迎え扉を開く事はせず、カウコの来訪にあわせて帰宅して初めての茶を煎れ始める。扉に向ける背は普段と変わらぬ装いなれど、警戒心よりは自らの住まいですら所在無さを漂わせる]
火の傍へどうぞ。
[コトリ。カウコに茶を渡そうとする手は、もう彼に触れた折に着いた血の色はない。自分の分のカップを両手で包み、彼の言葉に黙し耳を傾けた]
…………ありがとうございます。
ひどい問いだったのにに答えを頂け感謝します。
ただ僕は…
長老が今日も誰かの名を挙げる心算だったなら…
あるいは誰かの手にかかるなら…
僕ではないかと思ってあそこへ赴きました。
でもそれは死ぬ為でなく出来るだけ生きる為です。
[彼の言葉の終わって後に口を開き、不審も信用も過分になれば危険が増すであろう状況で、弁明をして叶う限り人をいかしたいが為とは伝わるか否か。彼の想いとは違えど厭う事はなく、静かに頷いて茶を啜る]
説得が無理ならせめて村を襲う理由を聞きたい。
いかしいきる為の手段と同時に…
誰ともなく話す事しか僕には思いつきませんでしたが。
[コトリ。一本だけ脚の短い机にカップを置き、手を伸ばす先は容器の並ぶ棚。ひとつを手に取り、カウコへ差し出す]
…傷薬です。
化膿止めくらいにはなると思います。
[傷の事を訊ねるよりは、先に置いた問いに答えてくれた彼が来訪を求めた件を聞こうと、温まり湯気にも曇る事のなかった眼鏡の奥の眼差しが促す。彼が狼使いか否かよりは、薬を持つ事を知られる事に怯えるように視線を逸らした]
彼を殺した貴方がこわいです。
でも疑いで人を殺す貴方は狼使いには見えない。
…装っているだけかも知れませんが。
[訥々と語り、カウコを見上げる。曇らぬ眼鏡をはずせば、彼の姿は滲む―――カリといつもの癖で眼鏡のつるに歯を立て、かけなおした]
貴方と僕は違います。
…どちらもひどいのだと思います。
[笑まぬ自嘲の言葉に笑まず答えるかたちは、いつかトゥーリッキに面白いと語った言葉とも似る。早まったとも思わぬ後悔のない様子の彼の言葉―――死んだらダメだ―――俯いてしまわぬように彼を見たまま唇を噛んだ]
…僕がわかるのは死んだ人だけです。
それでもこの力が少しでも役に立つかも知れないと…
彼女を止められませんでした。
[性質と言うカウコの言葉に焔から彼へ視線をあげて、生きる意思のあるのを示すようにぎこちなく軋みそうな所作なれどうなずいた。傷薬を渡した彼の言葉―――ひとつの情報にマティアスにも想いは流れる]
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