さて、と…
[ココアを半分飲み終わったところで動く芸術絵画鑑賞の時間はおしまい。ここへ来た目的を果たすべく、おもむろに教科書やノートを取り出す
さっきからウェイトレスがいい匂いと共に行ったり来たりしているが、今日はサンド特売日でもやっているのだろうか
誘惑の香りに負けそうになるが、財布の中身を思い出して小さく苦笑]
さっ、おべんきょおべんきょ
[筆箱をひっくり返して机に文房具を出し、腕捲りして最初の参考書にとりかかった]
『勉強しなさい』
[…なんて大人達は言うけれど、『なんで?』と聞くと返ってくる答えはみんな違う。大人なんてみんないい加減だ
都合のいいように返事して。
自分に非があったら逃げ出して。
まわりからの助言には耳を塞いで。
子供の方がよっぽど純粋で綺麗だ
あんな大人にはなりたくない、だから私は誰の力も借りずに立派な大人になってやる]
『勉強しなさい』
なんで?
『…立派な大人になる為よ』
じゃあ勉強しなかった人は立派な大人じゃないの?
『そうよ』
そっか、じゃあ今の大人は誰も勉強しなかったんだね
『……何、言ってるの……?』
『学校に行きなさい』
なんで?
『いいから行きなさい!私が皆から何か言われちゃうでしょ!』
…お母さんの為に、私は学校に行かなきゃいけないの?
『いいえ、あなたの為なのよ』
…私、行きたくない
『暴力』を使うのは、弱い人だ。
それ以上言い返せなくなると、腕力にものを言わせて相手を捩じ伏せる
つまり、自分の負けを認めてるようなものなのだ
力をとったらもう何も残らない、カラカラの人間。
だったら。
私は「力」以外の武器を身に付けてやる。
「言葉」と「特質」と「論理的思考」をできるかぎり取り入れる。
もう、争い事は厭だから…
[二次関数。
世界の宗教分布。
1000年前のベストセラー。
こんな知識を覚えてなんになるの?と思うような内容ばかり載っている教科書を、それでも丁寧にノートに書き写し頭の中に叩き込む。
学校に行かない奴は頭が悪い、と決めつけている奴等を見返す為だけに続けてきた『テスト満点計画』。
その名の通りテスト当日だけ出席して満点をとってくるという作戦の実行日、実は明日である]
………………っ…
[力みすぎたのか、シャーペンの芯が折れて文字が歪になってしまった。
書き直そうと手を伸ばす、が
先程筆箱をひっくり返した時に消しゴムをどこかに落としてしまった事を、ナオはまだ知らない*]
[筆箱をもう一度ひっくり返して
ココアのカップをどかして
ノートを持ち上げて
…そんな事をしてるうちに、探し物はふいに目の前に現れた]
……あ、
[机の上の消しゴムから拾い主へと視線があがる。たしか、さっき携帯片手に慌ただしく席をたった人だ]
はい、わたしの、です
ありがとうございます
[定型文の礼を素っ気ない調子で言って勉強に戻ろうとしたが、予想していなかった言葉が返ってきた]
……え…………
[さっきの私の言葉、聞かれてたの、か]
…知りたい、ですか?
[付け足した言葉から彼が礼儀正しい大人だという事が分かったけれど、少しの警戒心をまだ残しながら答える]
クリスマス…、は、太陽を崇拝していた宗教の祭りの名残です
[12月25日って日が短くなる冬至が近いですよね、と補足もつけて]
4世紀頃に、キリスト教が信者が離れていかないように、異教の楽しいお祭りを取り入れたのが始まりなん、です
本当の誕生日は10月頃、なんですよ
[死後400年後に勝手に祝われ始めたイエスもさぞかし迷惑だった事だろう]
それに…
[窓の外を通りかかったカップルをちらと眺め]
イエスは死んだ日を祝ってほしいって遺言を残してるんです
『死ぬ日は生まれた日に勝ります。』って言って…
[その願いもまた、昔の「身勝手な大人達」の手にかかり消された。
いつの時代にも自分の都合で誰かを蹴落とす奴がいるのか、という事を学んだ歴史の1つだ]