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壊れた船の残骸が乗り上げた古びた桟橋を軋ませながら、大仰な帽子を被った子どもの様な背丈の男が、擦り切れた靴でひょこひょこと歩いて行く。
男の頬は少年の様に丸く、あかく。小さな口はこれから自身は災いの元凶とも言える主人の為に、助手として残酷な大事を成すのだ、と言う喜びを隠しきれず震え歪む。
一見するとあどけなくも見えるラウリの丸い目は、桟橋の先端に置かれた大事──すなわち生贄を閉じ込めた頑丈な檻に近づくと、柵を握り中に居るドロテアをねっとりとした上目で見詰めた。]
──ねえ、知ってますか、ドロテアさん。
貴女がこの朽ち果てた村の最後のおんな「だった」って事。
もうすぐ、僕のあるじが望んだように。
暗く冷たい水の底から、貴女を引き摺り込む化け物が現れます……。
育つ事の出来なかった僕が言うのも可笑しいですけども。
この村には、もう愛も夢も希望も無い。何も生まれないし、何も育たない最果てに成るのです……。
[ニタリ。笑みを浮かべると頬と目尻に走る小皺と崩れる輪郭が、彼が少年では無い事を示す。]
どう、思われますか?
[――底冷えのする、檻の中。
生贄は、柵の隙間からくろい水面を見ている。
ドロテアと呼ばれた娘が、凍える耳を庇う手を静かに緩めた。]
随分な臆病者もいたものね
…って、思うわ。
[しろい吐息を溢しながらささやく言は、然し未だ凍てつかず。]
"僕のあるじ"、…そう。
わざわざ 時計の針を進めなくたって、
この村はとっくに …さいはてなのに。
どうして、終わりを待てないのかしら。
あなたは、どうして?
[ゆらり。
粘りつく侏儒の視線に、嫌悪と侮蔑を隠さぬ伏目を巡らせる。]
…まさか、
今ごろ 絶望したのかしら?
ラウリ…
[おんなであったことさえない石女(うまずめ)が
僅か、…ほんのわずかだけ、彼に一瞥をくれた。]
[小さな男の顔は、石の様に揺らがぬ相手の応えに、凍り掛けの鞭で打たれた様に歪む。]
ぼ、ぼ、僕の、
仕えるしか無かった惨めな人生等、
ど、うでも良いでしょう……?
檻に食事を運ぶのも、もうお終いなんです。強がっても、貴女も、僕もお終いなんです……。
お終いなんですから……ッ!
[干からびたパンを一切れ、檻の中にねじ込んで落とすと、ラウリは贄のおんなとは目を合わさぬ様に、桟橋を軋ませて後ずさった。]
……
[少しの沈黙。捻り上げるような侏儒の語尾。
…生贄は問いを重ねない。柵の隙間へねじ込まれる、たべもの]
弱者としてさえ、…半人前なのね。
[ コトリ と、音。某かの感情滲むつぶやきが落ちて―――― ]
[お終い、と繰り返すおとこが距離を取る挙動を見せるや否や
生贄は、がばと這って檻の内に落とされたパンへと飛びつく。
咥内に広がるのは、香りのとんだ小麦と雑穀の味。
噛み切れないもどかしさに首を振る。漏れる唸り声。]
〜〜…ッ …、ううっ
["お終い"にくすねることも出来たはずのパンへ、生贄は夢中で。]
[―――― 痩せた髪から、萎れた花がひとつ 落ちる。
干からびて固いパンに犬歯を立てて両手でねじると、
ぶちッ 、と歯根か顎でも傷めそうな音が*した*。]
[背けても記憶している視線の色。耐え難い沈黙。
少し離れても、硬い物が食い千切られる音が、奇妙に生々しく響いた。]
そんな
目、で……。
あ、あ、あ、貴女の
そ、その凍った沼みたいな目ともッ
暗過ぎて死にたくなる様な、この村ともッ
おさらば出来るのです、よ!
[呪われた者達が海からやってくる前に、小屋に戻ろうとラウリが陸を見た時、波にうたれた桟橋がまたギシリ音を立てた。]
[ラウリは生贄の檻を、真っ暗な海を──振り返る。]
あ
[おとこの短い脚が桟橋の板の欠けた踏み外した。あっけなく水に落ちる、小柄な身体**。]
[朽ちた大きな流木に凭れ 浅く数多く息をする
男は桟橋の先に置かれた檻を見つめていた
広がる暗く冷たい海の奥にはつめたい魔物がいる
識らぬも感じるは血に 否 腹の奥に。
白い息吐き痩身に添わぬ大きな上着の前を寄せ
黒い手袋を着けた手で逆の肩を擦り寒気ひとつ
これからの冬を越すには―――薄すぎる]
[じゃり…]
[微かに何かを擦るよなにぶく硬質な音がなった]
[灯台。既に守人はいない
響く音は風と枝ばかりになった低い木
灯台下の井戸
朽ちた木蓋の残骸、錆だらけの手押しポンプ
軋んだ音をたて、吐出口から吐出される水は赤黒い]
弔う鳥は己の内に消えた。私は天へと魂を運べるだろうか?
[季節外れの寒さが、息を白く、素肌を赤く染める
意を決したように錆びた鉄桶の赤黒い水を掛け水行と成す
身につけた脚衣に赤黒い色]
これも修行の内。
― 生贄の檻のまえ ―
[ひょろ長い、という表現がまさに、という男ここにあり。
薄手の布で覆った眼の色は、男の過去犯された者しか知らぬ。
その声は、自ら噛んだ猿轡越しにしか出ず。やはり、近寄らぬことには、その意は伝わらぬ。]
キシキシキシ…
ケコケコケコ…
ギャザザザザザザザザ
[風が吹きすさぶこの村では、
なお、その声は冷たい大気に飲まれる。
そして、風の中、ひょろ長い男は、やはり風に衣服を靡かせながら、視界の歪みから入ってくるかのような存在感で、
今は、石女の檻のまえにあった。
その傍の桟橋の海に、ついと視線を向ける。
落ちた男は、這い上がっては来ず…。]
[――どさり。]
[長柄の斧を担ぐ人影が、薪束を置いていく。]
[舟小屋の軒下に、どさり]
[廃教会の入口に、どさり]
["家"とも呼べないねぐらの其処此処に。]
[頼まれもせぬだけ手つきはぞんざいに。]
[檻の石女が寝起きしていた場所は… 通り過ぎた。]
[苔むす墓守小屋に、どさり]
[かつての漁村に程近い森は、船材を得るために
野放図に伐採されたまま、荒果て放置されていて。
掘り起こした古い切り株を断ち割った薪は
節が多く、ところどころ泥を噛んでいる。]
[ず ずず、 ず
金属の錨のようなものを引き摺る、音。
男の足に繋がれたその重石はびっしりと付着した甲殻類で全貌が見えない。
古い呪いにふれた者、禁忌を犯した咎人の証。
上質だった仕立も今や立派な襤褸と化した。
男の歩みの遅さは、かつての優雅さとは程遠く、
しかしヒビの入った眼鏡をつい、と抑える指先は変わらぬ神経質さで隙間ない。]
あちらに私が行ったら、この桟橋は壊れそうだね。
[赤毛の男と同じく桟橋の先、檻を見やる]
しかし供儀とは、……ああ、実に興味深い。
[道を外れた知の探求者が吐く息は白く、しかしやたらと熱っぽい]
[…招く船足の絶えて久しい灯台にも、どさり。]
…
マミ
塗れることが、修行なのかね?
[ひとり言つるような僧の声が耳に入ってか、尋ねる。
上体を起こす男のフェルト帽の房が重たげに*揺れた*。]
[己の呼ぶ声に振り返る]
罪を償う為の禊。
死したる者を鳥で送るが我の使命。
その鳥を己の身の内に、罪深き事。
[半裸の体は痩せこけていた]
ああ、欲しい。腹が減る。
私の血肉になった鳥達が求めているのか?
[呟き。
かの人間の飢えた体は人間の暖かなモノを欲求する
脚衣の中の細い糸に指を絡める]
鳥か。
…そんな弔いもあるのだね。
[樹皮のように固く乾いた手が、木くずを払う。]
見せしめのための其れよりは、
使命とするに きっとまっとうに違いない。
[つめたい風に紛れて、壮年の男の耳が拾う呟きは端々。
薄い眉を動かさず――――枯れ枝の如き僧を見詰める。]
… 死肉を貪った鳥どもも、
似たような思いをしていたのかもしれんよ。
あぁ、だりぃなぁ…。
[ゆっくりと目を開ける。
ここは今となっては使われていない網小屋。
網を布団代わりに横になっていた。]
…あぁ。
[天井を見上げて、また嘆息し、…そっと目を閉じた。]
餓えからその鳥達を喰らってしまった私は、これからは鳥達の代わりを為さなければならない。
穢れた私が鳥達に近づけるために、禊をするのです。
貴方も送って上げますよ。
ここで尽きれば――
[答えにならない答え、返事にならない返事
悟りか、狂気か、澄んだ瞳で遠くを見ている]
>>#9
やぁ、ドロテア…。
どうやら、ラウリは浮かんでこないようだ。君はそこで見てたろう?
[悲鳴もあげない女の檻に近づいて、塞がれた布越しの視線、空気に溶けそうな声をかける。
それからいきなり檻を掴んでいたその女の手を包んで掴むと、檻に溶け込むくらいひどい力で握り込んだ。
そこらに響き渡るのは、女の悲鳴と罵声。]
まぁ、とりあえず、君の海底から引き上げられた深海魚のように膨れた身体も、もう見納めらしい。ああ、僕にはわかるんだよ。
[痛みに、檻の中に逃げ込もうとするドロテアの手をぐっと檻外に引き出すと、その胸の膨らみに大きな手を伸ばし揉みしだいた。それからうすぎたない襤褸の布切れを懐から取り出すと、慣れた手つきで檻にその手を脚を縛ってから、女の尻を引き寄せた。抵抗すれば、その脇腹にえぐるように拳を奮って…。
そののちは、女の声が抵抗から懇願へ、そして最後には嬌声へと変わる水音、そして、檻ごしに肉のぶつかる音が続く。女が限界を迎え、その身体に力がなくなっても、男は、その石女の苗床に己の竿を突き立て続けた。
だが、ふと、音は止み、女は檻の中崩れ落ちるが、そこに男の体液は注がれない。]
ああ、君は全然気持ちよくないね。
だから、そう、なんだね。
[達することのない男の欲望は、そのまましまわれ、女にはもう、声も手もかけない。そして、呆れたような笑みを残すと、そのまま檻の前から立ち去っていく。]
[僧衣の下で何かまさぐるらしき気配は、
聞くばかりに留めて…男が首を動かす。]
ふむ…
[僧が禊する井戸、鳥が居た天、赤黒い衣。
視線につれて担ぐ斧の頭がすこし揺れる。]
そうだな。
…順当に逝けるといい
[己が彼より年嵩たろうと踏んでの返答。
順当に。そんな穏当さはとうにないこの土地で。]
… 有難う?
[送りを為す。そのことは僧自らを救う禊であれど、
薪置く男は澄んだ瞳の彼へ感謝を告げ背を向けた*]
[見つめる檻に 折に歩み寄る人影ひとつ
細い目に映す先鉄に伸ばされる細長いうでと
握り籠める手 繋がる、白い肢体。
身を微かに捩ると ジャリ と音なるけれど
かの水音よりも低く聞こえる事もあるまい]
…生贄 とは、
よく言ったもの で…
[長い時間 寒く冷たいとき。
穿たれ続けたおんなから男が離れ
歩み去る様子も 海を背景として見つめていた]
[黒い手袋を着けた手を 眼球だけで見下ろす
大きな上着の長い袖は指の根本まで腕を隠すけれど
ジャリ…と 鳴らす擦るような硬質な音が
その手首に嵌る分厚い鉄の輪の位置を報せる]
…屑 が。
[吐き捨てる態のひとりごとは足元へ
想う憎しみは―――腹の中に溜め込むが常]
[つきり、と 下腹が痛むのを感じて
一度だけゆっくりとそこをそっと擦った]
[予感、だ]
[識るそれ―――へと
自身から漏れるそれ―――への、
漠然とした、外すことなき 予感]
[女の悲鳴、自ずと視線を背ける。
再び毀れた吐息からなお、熱は消えず]
どちらかといえば四肢を裂いて投げ込む、というのが一般的な海への供儀だと思うのだがね。流血こそが儀式の聖化であり、人々の高揚をもって人ならざるものへ近づくことだと……
ああ、あれは――、
煮えたぎるように熱く、馨しく甘かった。
[ずず ず と金属の擦り引き摺る不快な音に、
同士でも見つけたような気安い言葉が重なった]
……君も興味があるのだろう、あれに。
[流木の傍らの赤毛の男、下腹を撫でるような仕草に視線は1度とどまる]
[まだ血の臭いが残る毛皮と、継ぎ接ぎだらけの褪せたコートをを身につけた男が、冷たい海に両の脚を浸し、佇んで居る。]
水音の……中身は無く。
この大仰な帽子──だけ。
[利き腕らしき左手で何度か沖へ網を投げ、帽子の持ち主の体が沈んでいない事に、険しい表情を浮かべた。]
ッチ!
死体 どころか、死んだ魚も掛からん。
また、濡れ損だ……。
……俺は、もう。
何日も何日も何日も、このままッ……。
[桟橋の先で行われる非道。
止め立てする者はいないか、あるいは間に合わない。
其れを詰る生贄の声が響くのはしばらく先のことだが、
…日ごとに薪を配る男は、恥じる様子もなく村を歩く。]
罪は穢れ、なのかね…
[今は領主の代わった西の街、かつてただひとり
公開処刑の折に 覆面をしない死刑執行人がいた。
目開きの覆面は、今も逆さに折り返された*ままで*]
[聞き慣れた金属とまた音程の違う似たそれ
気安い言葉に 向ける細い目は更に細められてから
こくりと 重い喉鳴りは想いを落とす]
「も」、?
あぁ、確かに。
「も」ですね…
甘いもの ですか。
[煮えたぎるように?
神経質そうな仕草に微かな優雅を盗み見て
眩し懐かしむように じっと見遣った]
……──夜回りの服を剥ぎ。
夜警の振りをして。
家畜を追う為の犬を盗み食ったのが、最後の飯か……。
[毛皮の襟元に顎を埋め、この毛皮の獣を食べた時の事を思い出す。
まだ新しい、惨めな記憶。
今も、この立派な帽子の主ならば多少の路銀、金は無くとも食糧か酒を持ち歩いて居るやもとの算段で、海に入った。]
あれは……とても。
そう、だ。かつて無く──美味い、肉……だった。
[空腹に込み上げる嘔吐感。口元を抑えた所で、眩暈で目の前がくらくなるのを感じた*。]
さて、あれが何に、
……どのように召されるのか。
[同意はあれど、その意が同じかは知れず。
ひび割れた眼鏡の奥の瞳には、陶酔の名残の揺らぎがある]
ああ、案外甘いと私は思ったよ。
……女の血肉というのはね。
[見遣る視線に、返す声音はかすれるような笑み交じり]
[高い位置の眉を 強く顰める
眼鏡の奥のいろに そのままの顔を向けて
黒い手袋着けた手を ひらと振った]
…女、に、限らないでしょう。
いのち、です。
[じゃり と硬質な音のあと
声に乗せるのは、露な嫌悪の色。]
[長い上着の裾揺らし硬い砂を踏んで]
生きるため喰らういのちは。
[男へと背を向け歩き出した。
手首に嵌る鉄の輪には、
西の街の地下牢のしるしと数字が掠れ並ぶ*]
……どうやら君は、
空腹ゆえにアレを見ているわけでは、
なかったかな。
[擦れた笑みは喉に張り付くようなそれ。嫌悪の色に、くつりと鳴った]
それもまた、神聖なる儀式だったのだよ。
しかし、女に限らないというのであれば――…、
[硬質な、己の引き摺るものとは異なる音、ちらと一度その音の行方を盗み見る]
血肉を己が物とすることで、
その者の力をも己に取り込む。
私は実戦を旨とする探求者であってね。
[そして男は呪いに触れたが、一向に懲りてなどいない。背を向ける赤毛の青年をよそに檻へとまなざしを戻す]
……食いカスが出るのなら、
ご相伴いただくに不都合はないだろう。
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