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[通りを抜けて、駅前公園へ。
穂積は既に、離れた後か。
人が集まってるなー、と思いつつ、踏み込もうとして──]
……ぇ?
[感じたのは、違和感。
何かが纏いつくような。
それは、自分が押し付けられた力と似ているような、違うようなな、不可思議な感触で──]
……ちょっ……。
[ぐるり。
世界が回るような感触。
それにはきっちり覚えがあって。
嫌な予感がしたのは、数瞬。
回る感覚が停止して、それから──]
あ……れ?
[最初に感じたのは、違和感。
自分に何が起きたのか、今ひとつ掴めずに呆、としていたが]
『……あららー』
『『お仕事』頼んだ二人とも、狭間に落ちちゃったー?』
『うわー、大丈夫かなあー』
[どこかで聞いた声が聞こえた瞬間──何かがキレた]
……『大丈夫かなー』じゃねぇぞ、この腐れ兎っ!
人に面倒押し付けた挙句、てめー、どこで高みの見物してやがるっ!
[反射的に、上がるのは怒鳴り声。
それに返る声はなく]
……あんにゃろ。
[低い呟きがひとつ、落ちた。**]
─ 駅前公園 ─
祐樹さ、ん
[ぐい、と。
自分の中の何かと同じ力が、彼を引っ張っていくのが解った。
引っ張って。
連れて行かれる。
その光景は、確かな既視感。]
あ…や、めて、つれてっちゃ…
やめて、やめて!!つれていかないで!
[手を伸ばすも、届かない。
徒労に終わる自分の言葉、行動。
それは、ワスレモノと、重なるもの*だった。*]
― 駅前公園 ―
[恐らくは、省吾の聞いた声はチカノの物なのだろう。
幼馴染が消えるところをはっきりと見た者は居ない。
けれど、この場にチカノが現れていないという事実と、公園に着いた時から心を支配していた予感のようなものが囁きかける。]
…時計の針は。正しい向きに、回っているの かな。
[誰にともなく零した言葉は、茫漠として掴みどころのないもの。
壊れた時計。頭上に飛んできた光の出所。
………そしてまたきっと、誰かが消えて。]
―――…
[刻一刻と時間が過ぎてゆく。
各々が思い思いの方向に散開してゆく。
暫くは物思いに耽るよう、噴水を眺めていたが。
はっ、と我に返ったように、顔を上げた。]
……行かなくちゃ。
[省吾さん、と、傍らに居た人を見上げた。]
ワスレモノの欠片。
集めに、行こう?
[言葉少なだが、見詰める視線が語るだろう。
もしも彼が"刻"に向かうのなら、先刻の約束通り自分も行く、と。
たとえ朧げな記憶でも、きっと直感の先に何かがある。そんな気がしたから。**]
そっか。うん。それできちんと人と出会えたから、正解だったと思うな。
[いきなり非現実な目に遭ったら、まず人のいそうな所へ。
真っ先に過去を探しだした自分と比べて、遥かに現実的だと思った。続くことばには]
そっか・・・無理に思い出そうとしない方がいいかもしれないわね。
案外、考えて行き場所決めるよりも、直感に従った方がいいかもしれないわね・・・
[現に、直感だけに従った結果、自分は次々と遭遇しているのだ。
がんばって。と一つうなずいた]
―今―
[公園から出て、家の前まで歩みを進める。
途中、いくつか出てきた光景は、全て「彼」の申し出を最初は突っぱねるが、最後には笑って受け入れる「自分」]
みーちゃん・・・ちがう。ちがうよ。私が笑っていたのは、彼が幼馴染だったから。ただそれだけだよ・・・
[伝えることばも、彼女には届かず、抱きしめた腕もむなしくすり抜ける。
自分の「ワスレモノ」。まさか、それは。]
[そして、ついに家の前に。
予期していた通り、「過去の残像」がまた姿を現す。]
・・・え?
[しかし、出てきたのは、「自分」でも「彼」でも「娘」でもなく、自分の母世代の、近所の人々。]
「聞いた?最近穂積さんとこ、男の人が毎日・・・」
「知っているわ。本人「ただの幼馴染」って言っているらしいけど・・・全く、最近の若い人は品のない・・・娘さんのこときちんと考えているのかしら」
[改めて近所の人からどう見られていたか気づき、うつむく。と、]
「それがねぇ。娘さんのことを考えてらっしゃるから、今の状況らしいのよ。」
[一人が、わざとらしく声を潜めて言う。しかし、その声は少し離れたこの場でも聞こえる。それに、「どういうこと?」と、他の人が目を輝かせながら頭を寄せて、]
「穂積さんとこ、ほら、交通事故で旦那さん亡くなったじゃない?それで、新しい旦那さん迎え入れるの躊躇しちゃっているみたいなのよね。
娘さんが、新しい「お父さん」を拒否しちゃっているみたいで。」
「あー。けど、みーちゃんの気持ちもわかるわ―。死んでしまったお父さん以外をお父さんって呼のは躊躇するものねー。」
「そうそう。それに、最近、血の繋がっていない親からの虐待、問題になってるでしょう?それも懸念しているみたいで、それで穂積さん、なかなか踏み出せないみたいなのよねー。」
[繰り返される、「娘さんのため」、「娘さんが嫌がっているから」という言葉。
体中が暑いのに、頭の中がさっと冷える。]
違う!
[叫ぶ声も、届かない。
次の光景は、何となく予測がついていた。]
・・・
[すなわち、曲がり角の向こう、遠慮も容赦もない大きな声に、呆然と目を見開いて立ち尽くす娘の姿。その隣には、娘の友達。]
「みーちゃん・・・いこう・・・」
[行って、「娘」を促して、こちらに背を向ける。恐らく、向かうのは公園だろう。そこで「娘」は泣くのだろう。
そして、そのまま周り全てから人が消えた。]
・・・
[家の方に一歩踏み出すと、そこには、泣きはらした目で家を見上げる娘。
深呼吸をして、精いっぱいの笑顔を作って、扉を開ける。]
「ただいまー。」
帰ろう。帰って、みーちゃんに、ちゃんと伝えないと・・・
[教えてもらった。だから、あなたのために無理していたのではない。
と、きちんと彼女と向き合わなければ。
そうでないと、彼女はいつまでも、家に帰ることができない。**]
[自分がいるのが、兎の言っていた『狭間』なのは感じていた。
紗を通したように見える過去の光景。
振り返れば、現実も見えるのだが──そちらに、視線は向かなかった]
……ちぇ。
もーちょっとで、届いたかもしんねーのに。
[忘れていたもの。
それが、現実ではもういないいとこに関わるものなのは、掴めた。
そして恐らく、自分の『ワスレモノ』は──]
はる、との……『約束』と、後は。
心臓外科医になろう、って思った理由……だよ、な。
[前者は『ワスレモノ』で、後者はむしろ『さがしもの』なのだが。
二つが重なり合っているのは、多分、間違いなくて。
それと認識すると、ここに落ちた事への苛立ちが募る]
……ったく。
[ぽつり、と口をつくのは愚痴めいた呟き。
どーしようか、と思案した後、ポケットを探る。
肌身離さぬ煙草は、そこにしっかりとあり。
濃い緑の箱から一本抜き出すと、愛用のライターで火を点けた。**]
あれ?貢さん?
[意識は夢に引きずられたままで、貢へと声を返しつつ、友人の姿を求めて視線がさまよう。]
そっか、こんなとこにいるわけないわよね。
[かの友人とは連絡もずっととってはおらず、日本にはいないはずなのだから。
となると気になるのは、貢がここにいる、ということで。]
風音荘にいたんじゃ?
えー、貢さんまでこっちきちゃったのー?
ワスレモノ、みつかった?
私は見つからないまま、ここにきちゃったみたいなんだけど。
[あのうさぎの仕業だとしたら、見つけろと言ったくせになにをしているんだろうと、ちょっぴりあきれたようなため息をついて。]
……菊子ちゃん。
[拒まれなければ、菊子の背をそっと撫でて。
何かに怯えているのか、自分よりもずっと年下の少女がより小さく見えた。]
行ってくる、ね。
和真くんも、ヂグさんも。
[もう一度この場を離れると公園の面々に告げ、
省吾に付いて、少し小走りで歩き出す。
その手に荷物があることをもう一度確認してから、前方を見据えた。]
ゆり、覚えてる?
この場所が夢みたいなのに、夢をみてたみたい。
呼ばれてる気がして。
[口数もあまり多くはなく、下宿に住んでいたわけではない貢が覚えているだろうかと、首をかしげて。]
そっか。
じゃあ、もう少し歩き回ったら、見つかるかな。
他にも誰かいるかもしれないし。
[誰がいるのか、いないのか、認識はできていなくて、貢の顔を見上げる。]
ほら、いきましょ。
立ち止まっててもしょうがないしね。
[困ったように頭をかく仕草にパンと背中を叩いて。]
ゆり?
んー……話したことはあんまねーけど、当時の顔なら。
[考えるようにしながら記憶を呼び出して、飛鳥の問い>>36に答える。風音荘に遊びに行ってたものの、専ら学友のところに行くため、その子と顔を合わせるにしても、数回程度だった。当然、今も連絡を取っている、なんてことはあるはずも無い]
呼ばれてる気がした、か。
あっちに居る時に過去を見たりはしたから、それと似た感じな体験でもしたんじゃないか?
となると、ここでもワスレモノ探せるかもしれねぇか…。
[もうワスレモノを探せないと思っていたが、そうでもないかもしれないと思い直し。考える間に飛鳥に背を叩かれる]
っと。
ん…そうだな。
ああそれと、チカもこっちに落とされてっから、チカも探そうぜ。
[誰か居るかも、と言う話には確定で名前を挙げ、移動し始めた]
[菊子と呼ばれた少女と獏原少年にも軽く目礼をして、スーツケース片手に公園を出た。
海岸通りを、いつもよりは少し遅いペースで歩く。六花に合わせたのが半分、覚悟するのにもう少しだけ間を必要としたのが半分。
ほどなくして辿り着いた店の扉は、触れることなく開いた。チリリン、と取っ手に結ばれた鈴が鳴る]
ね、狭いだろ。
[現在は展示に使っているスペースの半分位のところに木の衝立が並べてあり、壁とそこに数枚の絵が掛けられているだけの店内。
先に踏み込み、六花を振り返ると少し笑った。
小さな机と椅子が窓際に置かれていて、その上にはB4サイズの茶封筒が置かれていた。
中には数枚、何かが入っているようだ]
どうかな、何か思い出せそう?
俺は……ちょっと、奥に行ってくる。
[奥といっても衝立の向こう側なだけだ。
祖父はいつもそこに座っていたから]
過去をみる?
そんなことがあったんだ。
[閑散とした街の風景。
自分たちしかいないと思っていたと、そんな風につぶやいて。]
そうね、さがせるといいね。
[過去に想いをはせるように目を細めた。
ワスレモノが見つかっても、みつからなくても、現実に戻れたなら友人に連絡をとってみようか。]
チカ?青海亭の?
他には誰かあった?
[10年前に飛ばされてきていること知らなかった名に、確かめるように。
自分があったズイハラ、時計屋さん、菊子、和真の名をあげてといかける。]
― ギャラリー 刻 ―
ただいま。
[スーツケースを壁際に置いて「いつもの椅子」に座っている祖父に声をかけてみる。
あの日ここに置いたのは数冊のノートしか入っていない、もっと小さな鞄だったが。
夕方戻ったら店番の交替。帳簿を閉じた祖父がこちらを振り返った]
「どうした」
[こんな風に水を向けられて話したのだったか。よほど変な顔をしていたのだろうか、あの時の自分も]
商店街で、知らない女性に名前を呼ばれたんだ。年の頃は40くらい。
祖父さんは元気かって聞かれたから、病院に出たり入ったりしてるって言ったら、お大事に、だってさ。
[細部は違っていたかもしれない。けれど確かこんな風に言ったはず。
こちらを見る祖父の眉が顰められた]
一緒に来るかって聞いたら、来れないって。
約束があるからってさ。
[グッと祖父が息を呑む。
それだけでもほぼ確信出来るのだが]
名前は、聞かなかった。
[この後、自分は手を洗いに洗面所に入ったはず。
戻るまで祖父はこの場で…]
「……小夜」
[ポツリと呟かれたのは、母の名前。
読まずに出かけた封筒の最初に書かれていたのと同じものだった]
「省吾」
[暫くして立ち上がった祖父が名を呼ぶ]
「もしまた会うことがあったら、儂が呼んでたと伝えてくれ」
………。
(――自分で連絡すれば?)
「連絡先は知らん」
[祖父とあの女性の話はこの時だけ]
[ワスレモノ、ミツケタ]
[左手でカチリと針の進む音が鳴る。
スーツケースは置き去りにして、衝立の間を通ると店先に戻り、深い溜息を吐いた]
[巻き込まれていた人は思いの外多かったらしい。
知っている名も知らぬ名もあったけれど、皆がワスレモノを見つけられれば良いと願う。]
あ、その子見たわ。
[最初に落ちた女の子。
落ちる瞬間を目撃しただけで、会ったとはいえないのだけれど]
・・・金色の光。
[女の子が消えるときに見た光を、その後も目撃したのだった。
なにか関係あるだろうかと、そんな話をしつつ歩を進める**]
どういう事…?
[どこか、先程迄とは違う感覚に戸惑い、焦った様に周囲を見渡した。
手を、陽にあらためて翳してみると、薄らと青が透けて見えた。]
…私、死んじゃったのかなぁ。
どうしよう…、お母さん、独りになっちゃう……
[へたん、とその場に座り込むと、情けない声をあげて小さく泣き声をあげた。]
[どれ程の時間、そうしていたか。
時の経過と共に、少しづつ落ち着いてきたのか瞳をカーディガンの袖で拭ってふらふらと立ち上がった。]
しっかりしなきゃ…
大丈夫、だって、お父さんが迎えに来ないんだもの…
[大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように何度も反芻しながらとぼとぼと、歩き始めた。**]
─ 駅前公園 ─
[この場を後にする随原と六花には頭を下げて見送って。]
あたしも。
いかなくちゃ。
[小さく呟くと立ち上がり、和馬とヂグが公園に残っているなら行ってきますと頭を下げ。
思い浮かぶ場所へと足を向けた。]
─ 駅前公園→ ─
[駅前公園から海岸通りをゆき、刻へと向かう。道中歩調を合わせてくれることに気付けば礼を言いながら。
目的の場所に着くまでの間、きっと言葉は少なかった。
やがて、涼やかな音色響かせ、「刻」の扉が開く。]
― ギャラリー「刻」 ―
お邪魔しまー…す。
[外装をしげしげと見上げてから、どこか他人行儀な挨拶と共に、省吾の後に付いてそろり、足を踏み入れた。]
…、うん。
そうですね。少し、狭いかな。
[内装をぐるりと見回して、素直に頷く。
言う通り狭く感じるのは、衝立のためもあるのだろうか。]
[道すがら、周囲の景色は不思議な速さで流れていく。
そうだ、忘れていた。
この街にきていたのは、夏だけじゃない。
あたしは、私は、この街に住んでいた。
10年前の、あの日まで。]
“現在”と似ているのに、何処か違う……空気だとか、後は、香りも。
でも わたしの記憶にある何処かと、此処は似てます。
……何か気になる感じ。
[不思議な感覚に囚われる。
確かにここは、自分の知る「刻」ではないのだけれど。
記憶の隅を刺激する何かが、此処にある。]
あ、っ…… はい。
行ってらっしゃい。
[断りを入れて店の奥に入ってゆく省吾へと声を掛けたところで、ふと、視線が窓辺のテーブルへと吸い寄せられ。
上に置かれたものに気付くや否や、息を呑んで其処に駆け寄った。]
[そっと、指先が茶封筒をなぞる。
見慣れた形、見慣れた色、指慣れた厚み―――そして]
………父さん。
[楠見時哉。
見慣れた文字と名とが、其処に記されていた。]
[煙草一本綺麗に吸い終わるまで、その場でぼんやりとしていたのだが]
……そーいや、こっち、あいつらいるんだよな。
[先に飛ばされた者たちの事を思い出し、ぽそり、と呟く]
一人でうだうだしてても仕方ねぇし……ちょっと、探してみる、か。
[吸殻は、携帯灰皿にぽい、と放り込む。
ここがどんな空間で、自分がどうなっているかは良く理解できていないが。
ポイ捨てだけは絶対しない、が信条だった]
[父親の写真は、両親の死後殆どを引き取った。狭いアパートの収納の関係で処分せざるを得なかったものも、データ化して残してある。しかし、封筒に収められていた写真はそこには無いもの。
……否、手元には残っていないが、確かに昔、何処かで見たことのある作品たち。]
来てた、みたい。
何処か、じゃなくて、此処に。
[省吾のワスレモノ探しの邪魔にならないように、と、囁くように呟いて。
写真を一枚一枚胸元に掲げ持ち、展示場所の壁にあてがってみた。
空の写真は此処。異国の街並みと少年達の写真は此処。田舎街の風景は……そう、こちらの向きに展示されていたはず。]
[全てを配置し終え、床に座り込んで息を吐く。
封筒の中には一枚だけ展示場所の分からない写真があったのだが、それはその筈。作品でも何でもない、小さなスナップ写真だったから。
“海の写真コンクール 【中学生の部】”と書かれた垂れ幕を背に、表彰状を持ってピースを作る制服の自分と、母親と―――]
……… 馬鹿ねえ。
こんなの間違って「作品です」なんて見せたりしたら、
ただの、親馬鹿 だよ。
[くす、くすと忍び笑いを漏らす。
同時に、ぱたりと、室内に降るはずの無い雨が落ちた。]
[この写真を撮った時、自分は何と言っただろうか。
両親は何と返してくれただろうか。
多分きっとそれこそが、自分の心の忘れ物なのだろう。]
間違って紛れ込んだんだろうけど… もう。
…わたしのうっかりはどうみたって父さん譲りじゃない。
[じと目で封筒を睨む時には、目元はもう乾いていて。
立ち上がって、壁に立てかけた写真を集め直すと、
元在ったように、丁寧に茶封筒に戻した。]
[商店街の入口。
小さな子供が、騒いでる。]
『わたしね、きょうハンバーグたべたい!』
『ずるいぞ、今日のおかずはおれのすきなのってヤクソクだろ!』
『こら、お前らこんなとこでケンカするなよ。』
[頭一つ分背の高い男の子が、小さな男の子と小さな女の子のケンカを諌めている。
それを微笑ましそうに見ている一人の女性に、ケンカに負けた小さな女の子がかけよりしがみつく。]
『おかーさん、たけにぃがたたいた!』
『あ、こら、おかーさんにチクんなよ!』
『チクるも何も、お母さんの目の前だし。』
[女性のスカートをぎゅっと握って、ぽろぽろ泣きながら訴える女の子と、それぞれ対照的な男の子。
女性はそれぞれの顔を見てから、自分にしがみつく小さな子の涙を拭いて笑いかけた。]
『ほら、泣かないの。
いくつになっても泣き虫さんね、菊子は。』
[あの女性が、菊子と呼んだ小さな子を見つめる。
あぁ、そうだ。
あれは小さな、小さな私。
二人の兄、それと。]
おかあ、さん。
[記憶から、抜け落ちていた人。]
[誰かを探し歩いてはいたものの、気分は暗くて足元を眺めながら歩いてしまって。]
は、はいっ!
[自分の名を急に呼ばれ、びくりと身体を身体を震わせて声の主を探した。]
…祐ちゃん?
[駆け寄ってくる見慣れた馴染みの姿に、今度は安堵の涙を浮かべて。]
……よかったぁ。
[またへたんと座り込んでしまった。]
なんで…
私、忘れて─
[目の前のその人は、小さな私に優しい顔で笑いかけてくれている。
私も、全身で大好きを伝えていて。
どうして、こんなに大好きな人を、忘れてしまったのだろう。
どうして父さん達は、忘れてしまっていることを不思議に思わないのだろう。]
…たしかめ、なきゃ。
[無意識に、足が動く方へと向かった。]
ううん、違うの、大丈夫…
[祐樹の言葉にはふるりと結われた髪を揺らして。]
私、死んじゃったかと思って…、それで、ホッとして…
[それからようやく、自分が情けない姿である事を自覚して、瞳をまた擦って立ち上がった。]
そか、ならよかった。
[大丈夫、という返事>>68にほっと息を吐く。
良かった、に篭もるのは二重の意味。
文字通りの意味と、飛ばした結果でどうにかなったわけじゃなくてよかった、と]
あー……まあ、ただでさえ妙な事になって、更に妙な事になったからなぁ……びっくりするのも無理はない、か。
[妙にしみじみ、とした口調で言って]
えーと、あの兎が言ったの、覚えてる?
ここ、兎が言ってた空間と空間の間……『狭間』に当たる場所だと思うんだよね。
多分、飛鳥さんとか、あと貢もいると思うから、探しにいこーか?
[歩ける? と、首を傾げて問いかける]
そ、そうなんだ…、全然知らなかった。
[歩ける?と問われると、ゆっくりと頷いた。]
飛鳥さんと、みっちゃんも、落ちちゃったんだ。
大丈夫、かな…?
[自分の様に不安な思いをしていないだろうか、などと心配する余裕も少しは出て来たらしい。
そうして、二人を探しに行くのだろうか。**]
―駅前公園―
[さて、公園には誰か残っていただろうか]
……はー……
[六花が戻って来たと思えば、チカノの行方が知れないと言われ。
こちらでは初めて顔を見た瑞原とは、碌に話す間もなく。
急に様子を違えた穂積が出て行けば、入れ違いのようにして戻ってきた祐樹が姿を消し。
それを前にして焦燥していた菊子も、やがて公園の外へと出て行った。
ワスレモノを取り戻すために]
何だかなー。
[髪を掻き上げて、息を吐く。
心配しながらも同行しなかったのは、邪魔になってはいけないという思いと、もう一つ。
多分自分のワスレモノは、探し回って見つかるものでもないと思ったから。
だってこの街に、自分の思い出はない]
[疲労感を覚えて、噴水の縁に腰を下ろした。
先程穂積が何かを“見て”いた、丁度その辺りに]
何にも見えねーんだもん、……ヒント少なすぎだっつー。
[今までに得たものと言ったら、音楽プレイヤーに1つだけ入っている曲と、海を見た時に聞こえた子供の声だけ。
10年前の街並みを見ても思い出すことはないし、見えるものもなかった。
つまりは自分のワスレモノは、此処にはなくて。
なのに今ここにいるのは、たまたまこの街で何かを忘れている人たちの傍にいて、一緒くたに巻き込まれた、だけなのかも知れない]
……。
[はあ、と先程よりも大きく溜息を吐いた]
[今抱いている感覚は以前感じたものと似ている。
さっき、泣いている先輩を前にして何もできなかった時と。
或いはもっと昔――幼稚園の頃、他の子と仲良くできなくて怒られてばかりいた時と]
あー……
[苛々と頭を掻く。嫌になる程の疎外感を何とかしたかった。
手近なところではそれしかなかったから、ポケットに手を突っ込み、とりあえずプレイヤーを取り出そうとして]
[何かを弾いたような高い音が一つ、響いた]
え?
[顔を上げる。
続いて流れてきたのは、歌こそないけれど何度も聞いたあの曲のメロディ。
けれどイヤホンは未だポケットの中にある]
何?ドコから――
[音の源を探して、視線を巡らせ。
程なく自分の後ろ、噴水の水の中に、それを見つけた]
『……。』
[そこには小さな男の子が映っていた。
怒っているような仏頂面で、けれどよく見れば何かを堪えているようにも見える表情で]
『……これ。』
[振り絞るような小さな声で、手に持った何かをこちらに押しつける。
そうして踵を返して、一目散に駆け出して行き――]
[水面は揺れ、元通りの光景を映し出した。
けれど目を見開いたまま、暫くの間は動けずにいて]
あれ、
[不意に違和感を感じて、ポケットの中を探る。
そこにあるのは音楽プレイヤーと、携帯電話と]
これって、たしか。
[小さな小さな、ワスレモノの欠片**]
(ここ、は。)
[波の音、潮の匂い。
賑やかな笑い声。]
『こんなちっちぇーのがこわいなんてへんなの!ほらほら!』
『うわああん、たけにぃのバカー!』
『こら、タケ!おまえまたキクコいじめてんのか。』
『なんだよマツ兄!いっつもキクコのみかたばっかして!』
[あぁ、これは覚えてる。
毎年恒例だった潮干狩りの時だ。
フナムシを押し付けられそうになって、大泣きして。
兄二人が言い合いをし始めた隙にこの場から逃げだしたんだ。
走って、走って。
後ろから、お父さんとお母さんの慌てた声が聞こえたけど、止まらずに走って。]
『きゃあっ』
[どしん、前にいた人にぶつかった。
尻餅をついて、痛みにまた涙が出て。
それから。]
(…あ、れ。)
[この後何があったのか、思い出せない。
今の私の記憶にない出来事が、目の前にある。
小さな私がぶつかった人が差し伸べてくれた手。
その手につかまって、立ち上がって。
ぱたぱたとスカートをはたいて、お礼を言おうと見上げた人は私の顔を見て驚いて、そして問われた。]
『…君のお母さんの名前は、何て言うのかな?』
『お母さんの?』
…だ、め。
[答えちゃダメだ。
そう思ったけれど、止められる訳がない。
小さな私は、お母さんの名前をその人に言った。
そして、後ろから、浜から離れた私を探すお母さん達の声が、聴こえて。]
『やっと、見つけた。』
『菊子!』
[ぐい、と。
その人に腕を引っ張られる。
急にそんなことをされたから、私は怖くて泣き出して。
お母さんは、私の腕を掴んでいるその人の顔を見て、固まった。]
『菊子を放して下さい。』
『勝手なことを言わないで。私を勘当したのはあの人でしょう。
今更、父親面されたって。』
[お母さんが見たことないような怖い顔をして、話している。
私を捕まえている人も、怖い顔をしている。
怖い、怖い、怖い。お母さん、助けて。
そうだ、この時そう、思ってた。
いつのまにか、お父さんも、この場に来ていて。
お父さんも加わっての、話し合いになった。]
『……時間を、くれませんか。
この先10年、俺が一人で子供たちを育てます。
10年後の俺と子供たちを評価した上で、こいつを取り上げるかどうか、決めて下さい。』
[お父さんの言葉に、私を捕まえている人が頷く。
お母さんは、すごく悲しそうな顔でお父さんと私を見た。
お父さんとお母さん、二人の声は急に切れ切れにしか聞こえなくなって。
『離れたくない』『お父さんが病気で』『側に』
断片的に聴こえる声、二人の表情。
徐々に俯き、悲しげな顔をするお母さんが、お父さんの言葉に頷いて。
小さな私の手は離されて、お父さんの元に。
お母さんは、私をぎゅっと抱きしめて、そして。]
…っ、いかないで!
お母さん、いかないで!いっちゃやだ!!
[小さな私と、同じ言葉を叫んだ。]
[お父さんの手に引かれて、その場を離れさせられた。
お母さんは振り向いてくれない。
お父さんはすごく強い力で、ぐいぐい引っ張って。
ずっと待ってたお兄ちゃん達に、お母さんは帰ってこないって説明した。
お兄ちゃん達も、泣いて。
でも、わかったって、返事をしてた。
それも、小さな私には、ショックだった。]
[視線がぶつかる。
その表情に微笑を認めれば、遠慮がちに見上げた顔がほっとしたように解けた。]
あったんですね、ここに。
…良かった。溜息が聞こえたから、心配しちゃった。
ふふ、そうですね。
[軽口を聞いて、胸に漸く安堵が降りる。
他の行き先はと問われ、逡巡するよう握った手を顎に当てた後、口を開いた。]
ありがとう。
……ひとつだけ、行きたい場所があるんです。
付き合ってくれますか?
お言葉に甘えて、もう少しだけ。
[微笑んで、合わせた目はゆっくりと窓の外に向く。
薄い潮の香りが漂う方角。
視線の先は、海を示していた。]
『おとーさんもまつにぃもたけにぃも。
どーしておかーさんがいっちゃったのをしかたないっていうの?
どうしておかーさんはあのおじさんといっちゃったの?
わたしがあのおじさんにぶつかったから?
わたしがみつかったから?
そうだ。
わたしがおかーさんのナマエ、おしえたから。
わたしのせいで、おかーさんがいなくなっちゃった。
わたしの、せいで。』
[ぱきん。
頭の中で、何かが割れた音がして。
そうだ、そのまま、私は気を、失って。
目を覚ました時には、お母さんを、忘れていたんだ。]
[そうだ。
10年前と、今と。
父さんが変わったんじゃない。
勿論、兄達も変わってはいない。
変わったのは。
忘れてしまったのは。]
あたしの方、だったんだ。
[父も兄も母のことを口にしなかったのは。
心の負荷に耐え切れず忘れてしまった私を、刺激しないように。
私が思い出すのを、待ってくれていたんだろう。]
……帰らなきゃ。
[帰って、父さん達に、話さなきゃ。
そして。]
お母さんに、謝らなきゃ。
忘れてて、ごめんって。
[ぎゅ、と。
手を握る自分の身体を、あの兎から感じた力がふわり、*包んだ。*]
― 海辺/灯台 ―
ここから、上にのぼれるんです。
多分、開いてると思うんだけど―― 開いた。
[階段の前扉が施錠されていないことを確かめると、
とんとんとん、とリズミカルに外部階段を上る。
時折振り返って、手招きしながら。]
昔はこんな色だったのよ ね。
今の真っ白な灯台に慣れちゃうと、びっくりしちゃうな。
……10年前は、灯台守のおじさんにお願いして、
よく此処に登って、海を見てたの。
[階段を上りきると、急に風が強くなる。
小さな灯台だから、展望場は然程広くない。
うーんと伸びをして、省吾が上がり切るのを待った。]
灯台か。登った記憶がないな。
[くすぐったそうな笑い声には、たまにはね、と笑って返す。鈴の声を後に六花の背を追いかけて]
お、とと。
[どうにか登った灯台の上は少し狭かった。
手摺を掴んで何とか身体を固定すると、興味深そうに眼下に広がる景色を眺めた]
へえ、これはなかなか。
灯台守もちゃんといたんだ。
すぐ近くなのに知らなかったな…。
[吹き抜ける風に目を細めながら、続きを聞こうと六花の顔を見つめる]
ね。良い景色でしょ。ちょっとした穴場だったんですよ。考え事やお昼寝に最適で。
……、…、大人の男性には少し狭いかも知れません ね。
[大変そうな省吾を見て瞬いた。記憶より多少は狭いがまだまだ使えると思ってしまうのは、自分が余り成長していないことを認めるようで複雑だ。
手摺沿いにぐるりと廻り、丁度今居た場所の裏側へと歩いて行く。記憶違いでなければ、目的の物がそこにある筈だった。]
………これです。
多分、これが最後の欠片。
[見詰める視線に自らの視線を合わせて、指し示す。
一見おみくじを結ぶかのような形で、手摺に結ばれたもの。
地上からであればハンカチか何かかと見紛うかも知れないそれは、ただの紙片。]
…一緒に来て頂いてナンなんだけど、
本当にそんな、大層な物じゃなくって ね。
[そっと開いてゆけば、数ブロックに分かれた枠と文字とが印刷された紙だと分かる。
学校や職場でよく使われるごくありふれた中質紙。]
見たことありますか。これ。
………進路用紙。
何になりたいですかー、高校や大学の展望を自由に描いて下さいって。
…これ、父と母が亡くなってから一週間後が提出期限だったんです。
[第一志望、と書かれた部分に指で触れ、撫でた。
繰り返し、消しては書き、消しては書き。
志望欄が消しゴムで擦れて、灰色に黒ずんでいる。]
――それ で。
少し考えようって思って、此処に結んでおいたの。
本で調べたり、意見聞いたり、色々なことを考えた末に、結局第二志望だけ堅実な進路を書いて提出したんです。第一志望は空白のまま。
[眉下げて、少し困ったように笑う。]
“刻”に行って、欠片を見つけたから思い出したんです。
ずっと描いてきた夢を、本当の夢を描くことを諦めてしまった日のこと。
だから、
[バッグから取り出したシャープペン。
すらすらと動かして、第一志望を書き綴る。
ウサギに誘われて10年前の世界を垣間見ても、本来の時間は戻せない。
今はもう叶わぬ進路だが、書くことそのものに意味があった。]
………でーきた。
…こうやって、ここを埋めに来たの。
[もう一度掲げ持って、傍らの省吾にも見えるように。
第一志望に確りと文字が刻まれた進路希望用紙を、瞳細め満足げに見詰める。]
これで私のワスレモノは全部です。
[紙片は折り畳んで元通りに結んでおいた。
未来の筆記具で書かれた文字は直ぐに金色の砂になって零れ落ちてしまったから、過去の自分が目にすることはないけれど。
光の粒が落ちると同時、胸の痞えもすっと落ちてゆく心地がした。]
わたし一人だったら、見付けられなかった。
正直に言うと、此処に来るのもちょっと怖かった、から。
[すうっと潮風を吸い込んで、細く長く吐き出し。
晴れやかな笑顔で、省吾に微笑みかけた。]
省吾さん、…ありがとう。
[飛鳥としばらく移動を続けて。その途中でふと異変に気付く]
……あれ、そーいや……。
[少し前まで聞こえていた声が、祐樹の声が聞こえない。数は多くなかったが、それまでぽつぽつと聞こえていたものが全く届かなくなっていた。力を使ったなら結果を呟くはず。その結果が聞こえてこない]
ってぇことは……。
[考え得る可能性に半目になって頭を掻いた。その様子を飛鳥に問われたなら、溜息を零しつつ]
どうも、祐樹も狭間に落ちたっぽい。
俺と祐樹、あの兎に力押し付けられたせいで離れててもお互いの声が聞こえるようになってたんだけどさ。
俺がこっちに来た後も聞こえてたのに、今は聞こえねーんだ。
多分、祐樹も落ちたからだと思う。
[自分も狭間に落ちてからは祐樹に声を届けられなくなっていた。こちらに来てしまうと声の疎通が出来なくなると考えるなら、可能性は高いはず]
祐樹も探そう。
アイツのことだから心配ねぇとは思うけど、あっちで何か進展あったかもしんねぇし。
[情報交換のために探し出そうと、探し人に祐樹も加えて辺りを散策した]
[投げた問いへの答えはどうだったか。
いずれにせよ、話し難いようなら、無理には聞き出す心算もなく。
逆にこちらは、と聞かれるようなら、もうちょっとかな、と笑って]
しかしまあ、あの兎も。
探してこい、って言うなら、人落としたり、落とさせたりするな、っていう話。
……本末転倒だよなぁ……。
[そんな愚痴めいた言葉をため息にのせて吐き出し。
幾つ目か、通りの角を曲がった所で、向こうからくる人影に気がついた]
……あれは……。
[過去の者か、それとも同じく落とされた者か。
一度足を止め、しばし見極めるように目を細め、それから]
……貢……と。飛鳥さん!
二人とも、無事かー!
[それが、見知った者の、見慣れた姿である、と認めると、名を呼びながら手を振った]
[何度か曲がり角を折れて、辺りを見回しながら歩み進む。と、その矢先、名を呼ぶ声>>102が聞こえて、ハッとそちらを見た]
祐樹!
と、それにチカも!!
[探していた人物が両方ともそこに居て、驚きと共に安堵の色を表情に載せた]
あー、良かった、無事に合流出来て。
こっちは何ともねぇよ。
チカも大丈夫だったか?
[祐樹に大丈夫かと問わないのは、問題無いと思っているからこそ。それから祐樹に視線を向けて]
お前が来たってことは、他は落ちてないはずだな。
送り込む奴がもう居ねーし。
………しっかし、この先どうする気だ、あのクソ兎。
[2人ともこちらに来た以上、『仕事』を続けることは出来ない。時計へきちんと力は届いたのかすら分からない。溜息をつきつつ眉根を寄席、苛つくように後頭部を掻いた]
― 灯台 ―
うん、いい場所だ。
ああいや、大丈夫大丈夫。
[普通に立つには問題ないだけの空間は十分にある。ただ高い場所に慣れていないのと、二人並ぶとなれば距離云々…だった。
後を追って半周廻り、指差された場所に結ばれたものに首を傾げる]
おみくじみたいな結び方だ。
[願掛けだろうかという予想は微妙に外れた。
大層なものじゃない、というのには緩く首を振りつつ。
開かれた進路用紙に何度か瞬く]
感謝したいのは、俺もなんだ。
店に行けばと分かっていても、独りだったらまた逃げていたかもしれない。
見ない振り、知らない振りを続けて……いつか、後悔していたかも。
[力の流れが幾ばくか見えたりもするようになっていたから。他の人が見つけただけで足りるかもしれないと思えば、敢えて見つけようとはしなかったかもしれないと。
その可能性は十分あったと思われた。
ホゥ、と小さく息を吐く。
逸らしていた視線を六花に戻し]
だから、ありがとう…六花君。
[ヒュルリと風が吹きぬけて、カチリと時計が先を刻む。
微笑しながら、スッと右手を差し出した]
……うん。
[堅実な道を選んでから、幾年月。
写真は趣味として続けては来たが、本気で目指そうとしていた夢は、あの日以来口にすることなく過ごして来た。
夢の破片が風に乗り碧海の波間に紛れるのを見送って、「良かった」という声に首肯した。]
知ってのとおり、こうして平凡な会社員になっているわけ ですけど。でも、後悔はしてないんです。
「刻」に――省吾さんに、出会えましたから。
個展の誘いを貰った時に、夢が またほんの少し動き出したの。
切欠をくれた省吾さんに一緒に来て欲しかった。
聞いて欲しいって思ったのは、わたし なんです。
[最初に画廊に赴いた日と同じように、省吾は自分の一人語りも厭うことなく話を聞いてくれた。知り合ってから長い年月は経っていなくとも、「刻」も省吾と話す時間も、今の自分にとってはほっと出来る場所なのだと。
小さな声で紡ぐそれは、自分で良かったのかという言葉への返答にもなるだろうか。]
[頬を叩く音に瞬きして、それから省吾の言葉を聞く。
省吾が向き合う事を恐れたものを自分は知らない。
それでも、真摯な感謝の言葉を向けられたなら、話に聞き入る真剣な眼差しがほんの少し和らいだ。心がほわりと温かくなる。]
…そっ、 か。
少しでもお役に立てたのなら、嬉しいな。…嬉しい。
[時計の針が進む音。
自分の手元に時計は無いのに、どこかで何かが動く音。]
…―――、
[差し出された手を見詰め、
それからふわりと微笑んだ。]
はい。
[合図のような右手に、自分の小さな手を重ねて。
遠慮がちに、ごく軽く握った。
何となく顔が上げ難くて、灯台の階段に目を向けてしまったけれど。]
[六花の語る夢。叶わなくても輝いている夢。
目の前しか見てこなかった自分には眩しくて、けれど綺麗だと思った。それを語る六花自身も]
そうか。
勇気出して良かったな。
[怪しい人と思われないか、何度も躊躇ってから声を掛けたあの日。それが六花のためになったのなら、自分も嬉しい。
同時に何やら気恥ずかしくて、視線を合わせられなかったが。
もう一度勇気を奮い起こし、真っ直ぐに見て]
……戻ろうか。
[そろりと重ねられ、握られた手>>112を包み込む。
ありがとう、これからもよろしく。無言に託して。
六花の視線が階段に向いているのに気がつくと、ゆっくり放して身体の向きを変えた]
そうだ、嫌じゃなかったら。
向こうに戻った後も付き合ってもらえるかな。
[戻る途中でもう一度]
夕飯でも食べながらもう少し話したい。
奢るからさ。
[母の下から届いた手紙。そこに何が書かれているのかは分からない。向き合う覚悟は決めたけれど、相談に乗ってくれる相手がいたら心強い。
薄灰色の灯台の階段を降りながら、そんなお願いをしていた*]
― 駅前公園 ―
[ベンチに腰掛けたまま、ワスレモノを探しに散っていく人々を見送った職人の隣で、懐中時計が歌い出す]
『ウサギ、ウサギ、ダレミテハネル?』
[探索に出かけて行った若者達を追いかけるように、光は楽し気に宙を駆け]
『ウシロノショウメン、ダアレ?』
[何かの力の欠片を感じたのか、それとも「時計」に引き寄せられたのか、今度はズイハラの頭上で弾けて消えた]
『オニサンドチラ?ドコニモイナイ』
[けれど今度は懐中時計は元には戻らず、光を纏ったまま駄々捏ねるように歌い続ける]
オヤオヤ、オニごっこのオニを探していたのカイ?
[職人が手を差し伸べると、懐中時計から離れた光はくるくると回転しながら、その手の平に]
『ダッテ、オニサンガ、カギヲモッテイタンダヨ』
[くるくるくるり、光が回る]
ダイジョウブ、ココからいなくなったなラ、オニサンも鍵を見つけたに違いないからネ。
[目を細め、職人がくるくると回転する光を、両の手に包み込むのと同時、ベンチの隣に腰掛けていた妻が、日傘を手に立ち上がり、微笑んで振り向いた]
[それは、生まれてこなかった子供の名……名を考えていた事も、妻には告げず、忘れることにした名だけれど、]
キミは、この子ニ、会えたのかナ?
[過去の時間を映した妻の笑顔に問いかけても、答えは返らない。けれど、優しい微笑みを浮かべたまま消えて行く姿に、職人は小さく頷いた]
サテ、ウサギさん。時計を修理しようかねえ?
[入れ替わるように目の前に現れた兎の姿に、動じる事も無く、声をかける職人の手には、くるくる回転していた光の代わりに、金色の螺子がひとつ、光っている*]
……あ
[省吾からのお願いに、ぱちりと瞬く。]
はい、勿論。
あ、だったらこの間紹介したお店、どうですか。青海亭。
わたしこそ、お世話になってるんだから奢らせて下さい。
[とん、とん、と、上ってきた時よりも少し遅めの音を響かせながら、承諾を返した。
戻ることが出来たなら、話すことは幾らでもある。そんな気がした。*]
[呼ばれた兎はこてり、と首傾げ。
その手に懐中時計はなく、代わりに銀色に光る鍵一つ]
『ワスレモノは見つかった?』
[こてり、と首を傾げた兎が笑う。
けれど、答えを求める風ではなく。
金色の螺子に手を伸ばし、それを受け取ったなら、くるり、とその場で回転し]
『……ねぇ、時間屋さん』
『なんで、この『時計』は想い出で動くと思うー?』
[言葉と共に、ふわり、その場に現れるのは黒い柱時計。
投げた言葉は、問いの形を取ってはいるけれど。
けれどやっぱり、兎は答えを求めない。
鍵を使って硝子の戸を開け、かちり、きりきりと音を立てて螺子を巻く]
『想いの力は、ねー』
『誰もが持ってて、何よりも強い、力だから、なんだよ』
『……時間屋さんは、知ってそうだけどねー?』
[螺子を巻き終わった兎は、楽しげにこういうと、硝子の戸を閉め金と銀をどこかにしまう]
『……さぁて、それじゃあ』
『想いの流れ、刻の音』
『風の音に乗せて、響かせよう』
『それで、時間は戻るから──』
[楽しげに、歌うよに、兎は告げて。
柱時計の文字盤を、ぽん、と、叩いた──]
[響き渡る、音。
始まりの時にも響いたそれと同じ──でも、それよりも軽やかな音はきっちり12回、響き渡り、そして]
[──どこからか、柔らかい音色が響いて、消えた]
[響いた音色、それを奏でるものは人それぞれに異なって。
オルゴールだったり、鈴の音だったり。
けれど、奏でる旋律、それだけは同じもの。
その音が消えた後──再び、世界は、ぐるりと、回り]
[響き渡る鐘の音。
廻る、世界。
既に経験していても、この感覚は早々慣れるものではない。急な回転から投げ出され、思わずぎゅっと目を瞑ってしまったけれど、今度はもう――大丈夫だと、分かっている。]
……ただーいま。
[白波が“現在”を刻む砂浜で、
見慣れた白亜の灯台を見上げ、瞳細めた**]
……あ、れ?
[立っていたのは、道の真ん中。
片手に柏餅、もう一方の手には学生鞄を持っていて。
周囲を見回さずとも、髪を撫でる潮風と耳を擽る波音が海辺の道だと教えてくれた。]
いまの、って…
[所謂白昼夢というものか、そう思いかけたけれど。
一方が解けた髪と、思い出した面影が現実だったのだと告げていて。]
…飛鳥さん達に、会わなくちゃ。
それに…和馬にも。
[狭間に飛ばされた人達は戻れたか、飛ばされなかった人達もワスレモノは見つけられたのか。
それを確かめに、心当たりを探しに*向かった。*]
[音が消えた直後、急に世界がぐるりと回る]
ぅ、わ!?
[視界が回る不快感に思わず声を上げ、瞳を瞑った。それからしばし後、ゆっくりと瞳を開けるとそこには]
………戻って、来た?
[立っていたのは駅前公園の中。目の前には一部が壊れた子供の像がある]
終わった、かぁ……。
何か、長かったような、短かったような。
…どっと疲れた。
[言って大きく息を吐いた]
皆大丈夫か?
[傍に居た者達に声をかける。狭間に居た者以外にも居たかも知れないけれど、無事が確認出来たなら安堵の息を漏らした]
……あっ、あんのクソ兎殴るの忘れたっ。
[「ワスレモノ探し」以外の遣り残しを思い出し、ぐっと拳を握った。おそらくはもう目にすることは無いのだろう。あの兎がまたヘマをしない限りは]
ま、一段落した、ってことなんだな。
大事にならなかったんなら良いか。
[色々あって疲れたのもあり、そう言って切り上げることにする。それぞれの無事を確認したなら解散して、自分は公園傍の道端へと向かった]
あー、やっぱあった。
[そこにあったのは飛ばされる前まで持っていた乾物屋の袋。10年前に飛んだ時には既に手に持っていなかったから、落としたのはここしかあり得なかった]
そんじゃ家帰りますかね。
[自分の「ワスレモノ」がなんだったのかは分からず終い。けれど確認してみたいことはあったから、そのまま家路を急いだ。その後、買い物をして来なかったことで妹に批判されるのはまた別の*話*]
『ワスレモノ、みつけた?』
[声が聞こえる。]
みつけた。大切な、ワスレモノ。
[自分の答えに、返事の代わりに時計の音が響いて、]
─ 後日のこと ─
「菊ちゃんってさ、少し変わったよね。」
[休日。
友人と二人で歩いていたら、不意にこう言われた。]
「何が変わったとか、うまくは言えないんだけど。
前よりも今の菊ちゃんの方が、らしい気がする。」
[そういって笑う友人に、自分ではよく解らなくて首を傾げてはみたけれど。
友達の楽しそうな笑顔に悪い気はしなくて、こちらも笑顔になった。
話題は他愛のないものに移行しながら、目的の場所へと歩を進めて。]
「あ、ねぇ、ここじゃない?
ギャラリー刻って書いてある。
…楽しみだね、写真。
葉書くれた人…六花さん、だっけ。」
[友人の言葉に頷くと、嬉しそうに笑いながら二人一緒にギャラリーの扉を*くぐった。*]
[自分を呼ぶ息子の声に、目を開ける。]
うん。だいじょうぶだよー。ごめんね。
[壊れた像の建つ、池の前。
ぼーっとしていた自分の手を引く小さな手をそっと握って、]
ねえ、ひろくんは、みーちゃんのこと、すき?
[しゃがんで、目線をあわせて訊く。
返ってきたのは、]
そっかぁ。おかあさんも、みーちゃんも、ひろくんも、それから、おとうさんもだいすきだよー。
みーちゃん、かえってきてくれたらいいねー。
[かえろっか。
荷物を拾い、あいている方の手で小さな手を握る。
帰ったら、彼女に電話をしよう。
何を伝えようか。頭の中で整理する。
元はといえば、自分にも原因があるのだ。
少しずつでいい。彼女が自分を許せるように。
細い肩に、誰にも気づかせないように担いだ荷物を受け取れるように。]
やねよーりーたーかーいこいのーぼーりー
[スキップしながら歌う息子の声。
それが、幼い頃のみーちゃんの声に重なり、
ポーンと、どこかで鐘の音を聞いた気がした**]
―風音荘―
あーもしもし?オレだけど。
……うん、いやわかってるって。
成績?……今はいいじゃん。
[こちらに戻ってから、まず最初にしたことは実家への電話。
すかさず繰り出されるお決まりの文句を受け流そうとし]
はいわかった、わかったってば。うん。
……それでさ、送ってほしいものがあるんだけど。
[逆に説教を受ける羽目になってしまい、本題に入れたのは<<07>>分後だったけれど、さておき]
[それから少しして、それは届いた]
おー懐かし。
捨てられてなくてよかった。
[目を細める。
もう覗くこともなくなった幼い頃の“たからばこ”の中にでも埋もれていたのだろう。
塗装はすっかりはげてしまっている]
……さて、と。
[向こうで手に入れた“欠片”――鍵は、昔のまま綺麗な銀色で、比べてみればちぐはぐにも思えた。
けれど鍵穴に差し込めば、たしかにぴたりと嵌った。
そのままゆっくりと、右に回して]
[かちり、と音がして、蓋が開いた。
同時に流れ出すのは、幾度も聞いた曲のメロディライン]
あーそうだ。コレだった。
[あの空間から戻った後、音楽プレイヤーは元通りになっていた。
タイトルの分からないあの曲は、何度確認しても見当たらなかった。
とは言え、耳にはしっかり残ってしまっているが]
……と、あった。
[その箱の底から、紙を引っ張り出した]
[そこには「またあそぼうね」という言葉と、すっかり忘れていた初めての友達の名前。
まだきちんと字を習う前だから、鏡文字になっていたり大きく歪んだりはしているけれど、確かに読めた。
傍には親が書いたのだろう、新しい住所と連絡先も書かれている]
せっかく貰ったのに、鍵なくしちまうんだもんなー。
[大切にするつもりでポケットの中に入れて、何処かに落としてしまって。
連絡が出来なくなったと随分嘆いたことすら、ついこの間まで忘れてしまっていた]
……あれ、つーかこの住所って。
[それからもう一度見返したところで、気付く。
記された住所が、よく知る街の名前であることに]
もしかして、こっから近い……?
[顔を上げて、窓の外を見る。
その耳にあの音色が届いた、気がした**]
[あの不思議な体験から、自分を取り巻く状況は随分変わった。
まず、家族。
父や兄達が母のことを話すようになった。
母の実家に家族全員で出向き、祖父たちとも話し合うようになった。
先はどうなるか分からないけれど、また一緒に暮らせるように、頑張っている。
母に、忘れてしまっていたことを謝りも、した。
母はぎゅっと、あの別れた日と同じように抱きしめてくれて。
二人で泣いて、笑った。]
─ 自宅 ─
……あー……ったく。
[色々と超越した事態が終わった後。
見合い話攻勢に一段落つけたら、何だか妙にぐったりとして。
紫煙を燻らせつつ、窓辺でぼんやり、としていた]
……『約束』……『約束』……かぁ。
[もう少しで届きそうなそれへの道は未だ開かず。
少しだけイライラしていたら、ドアをノックする音と、「兄さん入るよ」という声がして]
んー? 構わんけど、どした、慎哉……って、なんだその箱。
[入ってきた弟の抱えた古びた段ボール箱に、瞬き一つ]
「蔵の整理してたら、出てきたんだよ。
兄さんの、昔の教科書とか色々。
勝手に処分できないな、と思ったから、帰って来てる内に見てもらおうかと思って」
ん、そっか、悪ぃな。
「……次。いつ帰って来るか、わかんないもんねぇ」
それ、いうなよ。
仕方ねぇだろ、そーゆー世界なんだから。
[苦笑しながら言うと、弟は大げさなため息をついて、部屋から出て行く。
その姿がドアの向こうに消えると、置いていかれた箱を開く]
うっわ、懐かし……つか、俺こんなん取っといたのねー……。
[古びた教科書やら、ノート。
そんなものを一つずつ手に取り、ぱらぱらと捲る。
実用性など既に全くないそれらは、けれど。
大事な欠片のように、今は思えていた]
……て、これ、日記?
うわ、こんなのつけてたのね俺……。
[段ボール箱の、一番下に入っていた日記帳。
茶化すような声を上げながら──開くのは、一瞬、躊躇った。
それでも、もしかしたら、と。
記された日付に、仄かな期待と不安を寄せつつ──ぱらぱらとページを捲り、そして]
……あれ、なんだこれ。
[途中から、何も記されていない日記帳は。
空白の数ページを経た後、奇妙なページに行き当たった。
日付と、一行だけ。
予定のように記された文の上に、大きく×が書かれたページ]
……『はると、神社で一緒に描く』……って。
[×の下の文字に、瞬き、一つ。
それが意味するものが何か、すぐにはわからなくて。
わかった瞬間──色鉛筆と菊子にもらったレポート用紙の入ったままの鞄を引っ掴んで、駆け出していた]
─ 海岸神社・跡 ─
[昔、絵描きに通った神社は、今はただ、綺麗に整地された空間が広がるのみで。
人影もなく、しん……と静まり返っていた]
……ほーんと、当時の俺ってば。
どんだけ、ガキだったんだか。
[ぽつり、呟く。
絵を描くのが好きだったいとこ。
向こうは海を描くのが得意で、こっちは空を描くのが得意で。
一緒に絵を描いても、互いに互いのその部分に文句を言い合っていた。
そんなやりあいの後──それじゃあ一度、一緒に描いてみよう、と。
そんな提案をいとこがして、それに乗っかって。
いとこの誕生日に、一緒に海と空を描こう、と『約束』した──けれど]
あいつは、心臓の疾患で転院して、それに間に合わなくて。
……それが、悔しかったんだよ、なぁ。
[それから、自分自身。
落ち着きないとか、すぐに思ったことを口にするとかはそのまま、だけど。
前よりも、視界が広がった気がする。
それと。]
聞いてくださいよ、貢さん。
お見合い、断れなかったって言うんですよ。
そりゃ、一度は引き受けましたけど。
[以前とは心境が変わったと言っても、切欠は説明できるわけもなくて。
期間限定の柏餅を買う為足繁く通っている内、すっかり話し相手になってもらった人に愚痴った。]
[言い出したのは向こうなのに、と。
そんな、子供っぽい憤り。
その頃は、いとこが難病で苦しんでるなんて知らなくて。
一方的に、すっぽかされた『約束』を記憶から消した。
そのことを、いとこがどう思っているか、なんて気づく余裕は当然の如くなく、そして]
……それから、2年してから……か。
[手術をするも、術後経過が芳しくなかったいとこは、転院して2年後にこの世を去った。
その時、初めていなくなった理由を聞かされて、それで]
思えば、あんな突発的に医者になる、それも心臓外科医とか言い出して。
よくもまあ、色々通ったよなぁ……。
[家族も驚いたし、当然の如く、高校の担任も進路指導部もひっくり返った。
けれど、理由は言わずに押し通して──今に、至る]
ま……俺が医者になったところで、あいつを助けられるわけじゃなかったけど。
[それでも、通したかったのは、きっと。
何も知らず、何も出来なかった事。
その悔しさを越えて、何かしたい、と思ったから]
……なー、はる。
[その場に座り込み、引っ張り出すのは色鉛筆とレポート用紙]
お前、『約束』守れないと怒る、とか言ってたけど。
……でもって、確かに怒ったけど。
[手に取るのは、深い蒼の一本。
白の上に、線が引かれる]
むしろ、怒ったのは。
……お前が、ちゃんと言わなかったから……なんだからなー?
[届かない呼びかけをしながら、蒼を、波を、白の上に写し取る]
っとに、さ。
……ばかやろが。
[でも、と。
ここで一度、言葉を切って]
……ごめん、な。
[小さく呟く。
蒼が踊る、その上に、青が踊る。
一緒に、ではないし、日付も違う、けれど。
ずっと描かずにいた、『海岸神社からの海』を描く事で。
忘れていた『約束』は果たされる]
─ 後日 ─
[ある程度の調合を終え、店番をするその最中。暇を潰すように捲るのは、古めかしいノートのページ。それを見ながら別のノートに新たな文字を書き連ねていた。書き記すのは、いくつもの系図のようなもの]
あそこん家って同じ症状発症するんだな…。
てことはこれとこれが併発する可能性もあって…。
[祖父が書き残した治療歴のノート、それを紐解き読み込めば、様々なことが見えてくるようになった。これまでの治療歴とこれからの治療歴、それらを合わせれば、この先どんな病にかかり易いかも見えてくる。祖父が培って来たものと、自分が大学で学んだことを融合させた結果だった]
───ふー、ちょっと休憩っと。
……あれに巻き込まれなきゃ、こんなのがあるなんて知らなかったよなぁ。
[傍に積んだノートの山。それを見つめながら小さく呟く。蔵から引っ張り出してきた祖父の治療歴ノート。祖父が死んで以来、片付けたそれを開こうとしたことは無かった。単なる祖父の遺品で、読む必要がないと思っていたからだ。けれど10年前に飛ばされたあの時、祖父の書斎でそれを目にし、戻って来てから確認して。読み込むことでそれが如何に重要なのかを初めて知った]
でもなぁ、これが「ワスレモノ」って感じはしないんだよな。
そもそも知らなかったことなんだし。
[あの時見つけられなかった「ワスレモノ」は未だ見つからないまま。祖父が遺したはずの、自分宛の封筒すら見つけることが出来なかった。あの封筒が仕舞われた小箱は一体どこにあるのだろうか]
…まぁ、考えても分からないことは分からない、か。
これがあるって分かっただけでもめっけもんだろ。
[「ワスレモノ」は見つけられずとも、大切なものは見つけた。これから先、自分が店を続けるために必要なものが]
──あ、こら。
そっちに入るなっつってるだろー?
[座ったまま伸びをした時、母屋と繋がる廊下から飼い猫が店の方まで入って来る。猫がそのまま扉を開け放していた作業場へ入って行こうとしたため、慌ててその身体を拾い上げた]
お前の毛が入るとダメだから進入禁止、OK?
[言いながら作業場の扉を閉め、畳に座って猫を膝に乗せる。頭から背中にかけて撫でてやると、大人しく胡坐の上に猫は丸まった]
ナツメは向こうで大人しくしてるのに、ツユクサお前は何でいっつもこっちに来るかね?
営業妨害は勘弁してくれよ。
[カウンターに肘をついて手に顎を乗せながら、胡坐の上に陣取る猫を見下ろす。猫は不満そうな態でぱたりと一度尻尾を揺らした]
[猫がこちらに来る理由がなんなのかは理解している。2匹共通でお気に入りらしい場所があるのだが、いつもそこをナツメが陣取り、ツユクサが負けて追い払われてしまうのだ。猫達のお気に入りの場所は、窓際に置かれたクロスのかけられた小箱の上。いつからそれがあるのかは覚えていない]
喧嘩しちまうなら、あれ取っ払っちまった方が良いかなぁ。
[その言葉に、膝の上の猫が不満げに、にー、と鳴き声を*上げていた*]
まあ。
顔合わせだけすれば断って良いっていわれたし…
そもそも相手の方から断られることもあるん、ですけど。
[見合い自体、したくないと思うようになった。
それは何故かわからないけれど、和馬の顔が浮かんで慌てて顔を横に振って。
結局押し切られた見合いの席で、向かいあわせに座った人の顔を見て。
驚きに目を丸くしたかどうかは、その場に居合わせた人しか*知らないこと。*]
いいね。俺も行ってみたかったし。
いや、でもそれは。
[付き合わせるのは自分だしとかあれこれ言いながら、ゆっくりと薄灰色の灯台を降りた]
ああ、向こうの人達も無事に会えたみたいだな。
後は……。
[狭間からの声に耳を傾け頷いて。
風の吹いてくる方、今は水平線の向こうに視線を走らせると]
これで還れるかな。
[響く鐘の音は12回。
その間に六花と顔を見合わせられたかどうか。グルリと世界が回り始める]
……おい、ウサ公。
お前も忘れ物してくなよ。
[揺れるような感覚に目を瞑る前、チラリと見えた兎に左手を伸ばす。
飛び出したナニカは銀の光の尾を曳いて、本来の持ち主、兎の元へ。
フゥと息を吐き瞼を閉じた]
[カチカチと左手の腕時計が時を刻む。
秒針も短針も長針も。いつものように動き出す]
……ただいま。
[目を閉じたままでの呟き声は風がヒュルリとどこかへ運ぶ。
見つけた「忘れ物」をしっかり持って「現在(いま)」を歩くために。
瞼を上げて、次の一歩を踏み出した**]
― 後日/ギャラリー 刻 ―
いらっしゃい――… あ、菊子ちゃん!
[扉の音に振り返れば、弾んだ声が菊子を迎える。]
来てくれたんだ。ありがとー。
お茶も出すから、ゆっくりして行って ね。
あれから幾つか写真も追加したの。 ……ふふ。ウサギの写真だよ。普通のロップイヤーだけれど。
[声弾ませてお茶を淹れながら、視線はふと菊子に向く。友達とふたり、並んだ背。
固い声で名乗ってくれた出会いの日より、何だか少し大人びたように見えた。**]
[>>46金色の光など知らないという言葉に首をかしげて、>>100二人がうさぎに力を押し付けられたという話を聞く。
ふと、この空間にいる飛鳥の声を拾ってくれた人がいたことを思い出す。
ならば力を押し付けられたのは二人だけではなくて、他にもいたのだろうか思考を巡らす。
>>101チカと佑樹に加えて、時計屋さんも探してみたらどうだろうと提案しかけ――>>102]
無事でよかった。
[合流できたことを喜びあい、情報交換にいそしむ。
>>106歩き回って、あちら、にいる人をみかけても干渉することはかなわず、時折浮かぶ幻はたわいのない日常の風景。
ワスレモノ、が彼女にまつわるものであるという以上の情報はみつけられなかった。]
― 更に後日/青海亭 ―
チカノちゃんー!来たよー。
…あ、おばさん。お久しぶりです。
[青海亭の入り口を潜り、案内された席につく。
チカノやチカノの母親と二言三言挨拶を交わし、お勧めを聞いて注文を幾つか。
そうして、省吾へと向き直った。]
今日もお疲れ様でした。
……個展ももう直ぐ終わりです、ね。
何だか、色々なことが一度に駆け抜けたような心地。
[あれから、少し慌しかった。
みんなの無事を確認しに奔走して。ほっと安堵するもつかの間、勝手なウサギに対しての盛大な愚痴大会に参加したり。ほんの少し来客の増えた「刻」に日々通い、接客に明け暮れたり。]
この間も言ったけど、今日はわたしがご馳走します。
色々なお礼なんですから。
[じゃんじゃん飲んじゃって良いです!と、相変わらず重い荷物をぽんと叩いた。
「刻」を離れれば、自分の周りは何も変わらない。今も、街の小さな会社でキーボードを叩く日々。
けれど、灯台で燈した新しい夢の欠片は静かに自分に息づいていた。**]
[今は引退して店を閉め、散歩とガーデニングで日々を送っている職人だったが、店も道具もそのままの姿で残されていて、時折、どうしても他では直せなかったという古い時計の修理を無償で引き受けている]
[人通りの絶えた昼下がりや、明るい月の夜に、慌て者の二足歩行の兎が店に駆け込んで行く姿を見た、という者も、たまには居たかもしれない…**]
―雷電堂―
ちわ。
今大丈夫っすかね?
[あの一件の後。
人の少ない時間帯を選んで、入り浸るようになった場所があった。
最初は買い物のついでに少し話す程度だったのが、いつからか話すことの方がメインになっていた。
時には猫を構いなどしつつ、いつも他愛ない話から始めて、けれど最終的には]
そーだ、さっきお菊サンが……
[先輩の名前を口にする時、傍目には分かる表情の変化も、本人にはまだ自覚はない**]
― 青海亭 ―
お邪魔します。
[客なのに、そんな言葉を出してしまったのは、六花が店の人達と親しそうにしていたからか。
家に戻れる限りは自炊の癖があったので、この店に入るのは初めてのことだった]
ああ、お疲れ様。
予想外も多くて大変だったと思うけど。
ファンも増えたようだし、良かったな。
[必然的にギャラリーの客も増えていた。
商談に直接結びつくかどうかは問題でない。そうした縁の広がりの方が大切になる店だ]
じゃ、まずは今日一日に、乾杯。
─ とある日のこと ─
そりゃーまぁ、一度受けたのはなかなか断れないもんだよ。
見合いなら尚更。
[愚痴を零す話し相手>>150に茶を用意しながら肩を竦める。あの日以来、柏餅のために来店する若いお客さまは、いつの間にか常連のようになっていた]
ひとまず会っておいでよ。
断るのはそれからでも良いんだし。
親父さんの面子もあるだろうしさ。
一回会った後なら「性格が合わない」って言って断るのも可能だしね。
[家族を大切に思う彼女のこと、こう言っておけば少しは素直に受けるようになるだろうか]
(この様子じゃあ相手の見合い写真見てないんだろうなぁ)
[くつくつと笑いそうになるのを柏餅を口に含むことで隠す。突然頭を横に振る仕草>>159も、一つのことを暗示しているように思えて可笑しくなった]
そらお茶、飲んで落ち着く。
[用意したお茶を差し出して相手の気持ちを落ち着かせようとする]
(当日が楽しみだなー)
[心の中で呟いて、自分もお茶を口にして。その日は何も言わず彼女を店から送り出した]
[そんなやり取りをした後。
見合いの当日、自分は気が乗らなそうな彼女をいつもの笑みで*出迎えたのだった*]
―― 後日談 ――
元気してた?
[久々にかける電話は相手に緊張を伝えてしまっただろうか。
友人の夢はいつしか自分の夢になって、同じ夢をおいかけていけると思っていた。
けれど、家庭環境の複雑だった彼女は同じ夢をたどることはできず、後ろめたさを抱え込んでしまった心は、自分から連絡をとるということに臆病になってしまった。]
ん、ちょっと懐かしくなっちゃって。
[彼女からも連絡がくることもなく、自然と遠ざかってしまった。
今ならば慣れない異国で大変だっただろうと、そんな風にも思えるけれど。
置き去りにしてしまったのは自分の心、そして、確かめることをしなかった彼女の――。
一緒にみつけられるだろうか、ワスレモノ、を**]
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