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[無力が故の贄となるべき娘に一度視線を向けるものの、掛けられる言葉など浮かびはしない。
ただ、静かに視線をそらす。
それぞれがまじないについて口に出す中、無意識に強く杖を握る。]
――そうだのぅ……
このような儀など、数年来なかったことじゃて……ちぃと調べてみんとわからんが……
ドロテアは――禊が終われば……
[それが明日の朝なのか、明後日の朝なのか。
どちらとも言葉にはせぬまま。]
このままここにおっても、狼使いが名乗り出るわけではなかろう……
わしは一度戻らせてもらおうかのぅ。
[重い空気に一度吐息をこぼし。
よいせ、と身を起こして、じゃらりと杖を鳴らしながらテントの外へと向かった。*]
[遅れてきたイェンニに目礼を置き眼鏡を手に思案に沈むも、彼女のどの言葉にか顔を向ける。声をかけるでもなく、束の間は滲んだ視界が彼女を捉えていた]
………
…説得に応じては貰えないのでしょうか。
[苦渋の決断を下した長老に対してか、供犠の娘に対してか、あるいは狼を操るらしき者たちへ対してか。狼の遠吠えは集まる誰の言葉を待たずも応えているようで、向かう先すら曖昧な声は小さい。
カウコの言葉が一度は途切れようとも、続きを想像する事は難しくない。菓子の包みを抱く供犠の娘の声、カウコやヘイノのドロテアを増やしてはならなぬと言う声―――音も息もない溜息が零れてしまうのに唇を噛んだ]
長老のお話は伺いました。
でも僕にはまだわからないです。
[ビシャルが場を辞そうと動くのに、滲む視界はまた集められた者たちを見回した。マティアスのように視界の無い訳でもなく、トゥーリッキのように見ぬ事を選ぶでもなく]
…今でなくとも構いません。
皆さんのお話を伺いたいです。
[供犠の娘が身を呈して護ってくれる時を想えば、今すぐにでも聴きたくもあり、語られるのを待つ間すらも惜しむ口振り。事情を知るであろう者も知らぬ者も含めてとは、決して強くはない口調であれ言外にも滲んだ]
…
ああ。戻って――
調べられることがあるなら、頼む。
あんたが狼使いでも、記述は違えないだろうと…
そうあってほしいと想ってみよう。詮無いがな。
[凍える風吹き抜けたあとの外へと赴くビャルネへ、
蛇遣いは告げる。希望へは、小さな賭を積む如く。]
あんたの"わからない"を埋めるためではないが、
では少し話してみるかね――歩まぬレイヨ。
[火の傍から離れるのを億劫そうに、腰を上げる。
車椅子へ掛けたままのレイヨへといくつか歩を寄せ]
こうして集まる大勢の前でお聴きせずも…
[滲む視界は強く意見を述べず控える態のイェンをちらとなぞるも、彼女に限らず大勢の前で零される意見と個人的な会話は誰しも多少の差異はあるだろう。一度、言葉を切り間を置くように、眼鏡をかけなおした]
個人的にもお話できればと思います。
気が向かれたら小屋へ来て貰えると嬉しいです。
大したおもてなしは出来ませんけど…
/*
…こまめに人名間違いをするレイヨに
芸の細かささえ感じるのは何故だろう…愛か。
そしてこのピンポイントなお誘いは
狂信者だったりしますか…?
皆さんにとって、足を運んでまで…
僕が話すに足るか定かではありませんが…―――
[トゥーリッキの声に言葉を切り、立ち上がり寄せてくれる歩の分だけ視線はあがる。キィ…―――座す車椅子ごと向き直ると、眼差しと共に礼を述べるように軋んだ音を立てた]
僕は吼え続けるおおかみより人がこわいです。
見据えるべきを誤るかも知れない己も含めて。
小屋か… あんたの。
思えばあたしは――あんたがこの村で、
どんな責を担っているのか、
いかに暮らしを立てているのか、知らないな。
[齧られた眼鏡の蔓は、耳裏を刺さぬのだろうかと
束の間追った。硝子越しのレイヨの瞳と交わし…]
気が向かねば火の傍で座っているよ。
――お招きに預かろう、有難く。
…ひとは、こわいな。
為すことも齎すこともあまりにおそろしい。
[蛇遣いは青年の車椅子を殊更押すことはしない。
ただ彼が通る間、入口の幕を持ち上げていただけ。
そして、その幕で皆の視界から遮られる間際に、]
…
聴くのも、説得するのも己のみではないよ。
[語尾を持ち上げず、レイヨの膝元へ軽く触れた。]
―テントの外―
[赤いオーロラはまだその姿を見せている。
その光に眸を細めながら、じゃらり、じゃらり、杖を鳴らして雪を踏みしめる。
長老のテントからほんの僅かに離れた場所に、男が住む小屋はあった。]
……さあて、どうなることやらのぅ……
[喉の奥で笑うような声をこぼしながら、小屋に入る手前で、村の中を見渡すように、
ところどころかがり火で照らされた村を眺めた。]
……――夜、が続く今。
ひとり、で、ひとりと、隔絶された場で会うのは…
[ぽつり ぽつりと零す低い声は
名こそ出さぬがレイヨへと向けてのものであると、
見えぬ視線向ける方向で示す]
あんたが狼遣いなら…「罠」だし
…そうでないなら…――「贄」と近しい…
[そして、彼の彼であるが故に、そう言われるであろう事も想像せぬ訳でもないだろうと、言外に想いを添える。
其れは、レイヨを測る材料ともなろうと]
…――、
[言葉選ぶが得手では無いとばかりに口を紡ぎ。
テントから出るひとの気配を感じるままに、火へと顔を向けた]
僕は僕の出来る事をしているだけです。
決して多くはありませんけどね。
[車椅子に座そうと土地や草木に対する幾らかの知識はあり、細々とした暮らしは立っている。招き見て貰えばと多くは語らず、残る者たちに目礼を置き場を辞す事を示した。
キィキィキィキィ…―――トゥーリッキが持ち上げてくれるカーテンに冷気が流れ込むも、マティアスの声に車椅子は止まる。向ける眼鏡の奥の眼差しが和らぐのを、彼が見る事はないけれど]
粗茶くらいはお出しします。
温もりは和らげてくれますから。
[何を和らげるかも曖昧な言葉は、マティアスと同時に招きに応じてくれたトゥーリッキにも向けるもの。キィキィキィキィ…―――持ち上げられたカーテンを潜る前には、礼を籠めた瞬きを添えた。
膝掛けの上から触れる手に項垂れるような仕草で浅く頷き、肩越しに振り返ったおりていくカーテンの奥に一瞬だけ供犠の娘を見た。村のはずれ付近の住まいたる小屋は老朽化が進み廃墟に近いが、車椅子に座す求道者は修繕を施す事も誰かに依頼する事もないが、招く事を臆する様子もない]
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