[ポルテの降りた後、電車は緩やかに速度を取り戻し始める
振動に少しよろめきつつ、先程の女学生の方を再び見やれば文庫本で顔を隠している]
…………?
[顔に当てられた文庫本の向こうで相手が何かしらを呟いたような気がした
首を傾げつつ、歩いて元のボックス席の通路側――ポルテが座っていた場所に腰掛ける
窓際に置いていた荷物を手繰り寄せ、膝の上に肘を置いて考え事をするような格好を取る
そのまま、読んでいた本に再度眼を落とす]
――――何か言ったか。
[活字を追う格好のまま大きくない声量で、誰に向けてでもないような言葉を呟く
電車の走行音に掻き消え隣のボックス席に座る者に届かないならば。
それはただの独り言だ]
[どうも、おかしい
女学生からくる視線が好奇や奇異の視線とはまた異質なものに思える
彼女が何を考えているのか。気になりこそすれ、強く追求しようとも思わない
返事がないならばそれはそれで、勘違いだったということもあるだろう]
『夏目漱石、お好きなんですか。』
[今度は明確に、返事が耳に届く。目線のみを向けると女学生はにこりと笑っている
顔の近くに添えられた本は同じく夏目漱石の"こころ"。
どうやら、先程のポルテとの事はあまり気に留めていないようだった
なれば、この女学生が見ていたものとは―]
(―――俺か?)
[そう考えれば辻褄が合うような気がする
ただ夏目漱石という共通点で行けば、女学生が共通項のある人間に興味を示す傾向があることは頷ける
だが、それだけでは先程のポルテとの件が不可解だ
あの時に席を移っても良さそうなものを。とズイハラは考えていた]
[好きかどうか。そう問われて思考を巡らせる
"坊ちゃん"は一度、最後まで読んだ事がある。主人公が最後に赤シャツ等に天誅を加えるのを、何故かよく憶えていた
きっとこういった痛快な展開を何処かで望んでいるのだろう。話の主人公とは違って、こっちの世界では首と引き換えにはなるが
そんなことを巡らせながらどうまとめたものかと頭を回転させる。
女学生と同じタイミングになっているのは偶然として面白い、とも感じていた]
[今度は明確に、女学生の方を向いて]
…基本的には古典文学全般が好きだが、その中でも夏目漱石は読み易い
だからだろうか。ふいに読み返したくなるんだ。
まぁその点では、好きなんだろう。
[平坦な声で、返事を返して]
…君は?
[問いを投げ返した]
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正確には首が飛ぶのも恐れず行動すること、だな
どのみち現代にはほぼ通用せん。
まぁ虚構と現実の区別がついてないと言えばそれまでだが