[イヤフォンを外した耳にドアベルがやわらかく届く。
カウンターの奥に向かって、ごく小さく首を竦めた。会釈のつもりだ。
店内を一瞥し、空いたテーブル席に腰を下ろす。
今日はいつものカウンター席の気分ではなかった。]
アイスコーヒー。
[冬場でもこればかり頼んでいる。
にこりともせず踵を返したウェイトレスの背中を眺めながら、無意識に指先で軽くテーブルを叩いていた。]
[指先でリズムを刻むのは、おれが何か悩み事を抱えているときの癖であるらしかった。付き合いの長い知り合いに指摘されたことがある。
何の曲なの、それ。尋ねられても、判然としない。
知っているメロディなのは間違いないが、思い出せないのだ。
ともあれ、その密やかな演奏が3回と半分終わった頃、季節はずれのアイスコーヒーは運ばれてきた。]