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―― 雑居ビル ――
[かん、かん、かん――
背広姿が、錆の浮いた階段を昇る。
レトロ横丁の三階建ての雑居ビル。
訪ねた先は、《萬屋探偵事務所》]
先日はどうも、探偵さん。
ネギヤさんの件、聞きましたか? …
[コンビニのビニール袋と、噂が*土産*]
─ 数日後・事務所 ─
呉服屋の旦那が、ねぇ……。もしかして、例の噂に関わってんのかね?
[焼鳥屋で思い出屋の噂を聞いた時手にしていた報酬は、実は呉服屋主のネギヤからのもので。
呉服屋の幼なじみや小学校時代の恩師の居場所を調べてほしいと、数人のリストを渡され、対象の生死を問わず全て探し出したのだったが。]
うーむ……。
──お、鍵は開いてますよ。どうぞ。
[ノックの音に我に返り、声をかける。入ってきたのは、焼鳥屋で見知った男。名前は確か──]
テンマさんだったね。ボロソファーだが、まあ座んなよ。
昨夜はお姿が見えなかったので、
お誘いにきてしまいました。
有難うございます。
じゃあ失礼して――――
[勧められたソファーへ向かう。
ふと目を遣る窓には
《萬屋探偵事務所》の赤い裏文字。
背広姿は、その隙間から外を眺める。]
[瓦葺きの呉服屋に、トタン屋根の鮮魚店。
長屋の向こうは洋風に洒落のめした写真館。
――雑多な街並みに、感慨が漏れる。]
…ああ、
まるっきり昭和の風景ってやつだ。
[暫し視線を留めて…やがて腰を下ろす。]
で、その後ですが。…ネギヤさんが、
思い出屋と取り引きできたらしいんですよ。
─ 事務所 ─
らしいな。
……やっぱりいるのかね、「思い出屋」。
[暫し躊躇った後、呉服屋から依頼を受けた件を、テンマに語り始める。]
──で、報酬を受け取った俺が呉服屋と別れる間際に、どっかに電話しててな。
小耳に挟んだのが、「誰との思い出を作るか考えてみる」
って言葉でね。
[どう思う?と話を結んだ**。]
― 探偵事務所 ―
遠い噂が、顔見知りからの又聞き程度に
近くなると…こう、信憑性も増しますね。
ふむ…?
[思いがけない探偵の話に、聞き入る背広姿。
守秘義務がどうこうと口を挟むことはしない。]
"誰"との思い出を作るか、ですか…
[背筋を伸ばしたまま、テーブルを見詰めた。]
思い出屋を探してた…のかな。
人を想うのでなければ、
思い出がほしいとは
僕も考えませんでしたし…
[そう言ってから視線を上げて探偵を見る。]
探偵さんだって、孤独な思い出が
ほしくなったりはしないでしょう?
…先日。ネギヤさんって、
思い出屋に会いたいとは仰ってましたけど。
確か、思い出がほしいとは
仰ってなかったですよね。
――思い出屋さんは、
うそつきが好みだったりするんでしょうか…
[酒の入らぬうち、夕刻の饒舌は途切れ。
戸惑い含む笑みは、ネギヤへの羨望も*混じる*]
―数日後・小さな社―
[焼き鳥屋であったネギヤが、思い出屋にあったらしい。
そんな話が聞こえて、また横丁へとやってきていた。
先日持ち帰った話に作家はそれなりに好奇心を充たされたようで。
だから今回足を運んだのは、作家の要望ではない]
……気になっちまうのは、しかたない、か。
[ため息を一つこぼし。
けれどあの日、焼き鳥屋に集った者たちのようにはっきりとは言い切れぬ男にとってはどうしたものかと悩むものだった。
――思い切るのなら、これでここに来るのを最後にすべきだと、そんな思いも抱きながら]
[焼鳥屋の店主から聞いた、
思い出を買ったという男の話。
聞けば――思う所もあって]
満足げ、だったんですか。
[突き出しの蒸しもも肉と蒟蒻の味噌和えを
食べながら店主に尋ねる。
目の前の相手が前に来た客としか認識のない
店主は、レンが問うのに調子よく答える]
素敵な、思い出を買えたんでしょうね。
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