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年を取ると、待つと言う行為は然して苦にならん。
伊万里ちゃんが思うようにしなさい。
[探す力は飼い猫が得ているけれど、それを示すことが出来るのは己であり、己が口にしなければ暴かれることもない。
時間を作ることは可能なはずだ]
…伊万里ちゃんや。
わしは伊万里ちゃんの抱えているものを取り払ってはやれんが、共有して一緒に泣いたり笑ったりしてやることは出来る。
抱えきれなくなった時は、いつでも会いにおいで。
待っておるよ。
[ここにいる間に限らず、現実世界でも訪ねてくればいい、と。
イマリの頭を撫でながら、彼女の力になってやりたくて、そう言葉を紡ぐ]
[刹那、ウミの身体が薄れ、イマリの頭を撫でる感触が消えて行った*]
─ 回想 ─
[北陸の古都にあった初音の実家は、ある日、なくなった。
家屋が、ではない。
家族が、初音を残して全員死亡したのだ。
一家毒殺事件として、一時期ずいぶん話題になった。
曾祖母の米寿の祝いと、祖父の還暦祝いは、悲惨な呪いの場所と化してしまった。
3か月後、自殺遺体で見つかった男が犯人とされて捜査は決着したけれども、
初音は今も疑っている。
母が示唆して男に実行させたのではないかと。]
[当時8歳だった初音に、事件の記憶はほとんどない。
ショックが大きすぎて、それ以前の記憶も消えていた。
ただ、何かのはずみで、断片的に、
思い出すことがあった。
母の歌や、母の声や、母の持ち物や、母の衣服の特徴を。
そして、幼い初音を何度も怯えさせた、
母の丸々とした指を、分厚い手のひらを、力強い腕を。]
─ 診療所 ─
[青い世界から波の上に出たような感覚だった。
白い。
明るい。
初音はのろのろと目を開ける。
天井扇が回っていた。
漆喰だろうか、診療所の天井も壁も確かに白い。
入り口の近くで意識を失い、倒れていたようだ。
起き上がろうとするだけで大変な力が必要だった。
どうにか立ち上がる。
ヴァイオリンケースを抱えたまま、よろろろと歩く。]
[歩くたびに頭が痛んだ。
倒れた際にどこかで後頭部をぶつけたのかもしれない。
初音は半開きになった診察室へのドアに近づく。
すのこが置かれ、下駄箱が並んでいるのは、ここで靴を脱げという意味なのだろう。
が……、
迷ったが、初音はそのまま上がった。
無人の町で靴を脱ぐのは怖い気がして。]
[声や気配のする方へと進路を取った飼い猫は、茂みを通り抜けて別の道路へと出てくる。
そこにいたのは数名の男女。
診療所の方にも気配はあるよう。
飼い猫はその中の黒髪の女性へと近付いた]
「にゃあん」
[気紛れに使った力はこの女性へと向かったらしい。
一言鳴いて、ウミへと伝えようとしたが、奇妙な感覚が返って来て耳をピンと立てる。
きょろきょろと辺りを見回し、男女の一団から離れ行き、何かを探すように彷徨い始めた*]
[短い廊下の先はカーテンで区切られていた。
手前から少し覗いてみたが、予想通り診察室がふたつ、処置室がひとつ。
奥のドアの向こうにはソファとローテーブルが並べられていた。
患者が途切れると、ここで医師や看護師たちが待機したのだろうか。
初音は冷蔵庫に近づいた。
天井扇が回っていたので、電気は通じているはずだ。]
あれ...?
[なんとなく動きたくねーなって、ぼーっと海を眺めてたら、また一瞬歌が途切れた]
また、か?
[兎のまくしたてた台詞が蘇る、狭間に落ちちゃった、誰か......
がさり、と胸元で手紙が音を立てた]
『見つけないで』
(探しに来て)
[歌声の途切れた隙間に、入り込む、こえと、コエ]
......やっぱ、人探すか。
[鍵と螺子を探す気は起きない。けど、巻き込まれた人間が知らないうちにどーにかなっちゃうとか、ちょっと笑えねえ。
笑えねえんだよ、ほんと]
[流木から立ち上がって、街の方へと引き返す。多分、あっちに人がいるって気がする。
勘だけど.........なんかこう、匂いみたいなのがすんだよ。
人に会ってどうするかなんて、まだ決めてねえけどな*]
[パオリンと紅葉、二人に向けた問いへの答えはどうだったか。
自分の耳──というか、意識には、相変わらず歌が届いている。
懐かしさを帯びて響くそれは、今どこでどうしているかも知れぬ者──『一族会議』とやらの決定で別れさせられた者のそれと重なって。
それが、捜したくない、捜させたくない、という思いとするりと結び付いていた]
…………。
[ふる、と首を横に振る。
話の途中、一瞬意識が浮いたのは暑さのせいか。
いずれにしろ、浮いた意識は歌声に浚われて]
……もうちょい、大人しくしててもらわんとなぁ。
[ほろ、と落ちたのは平坦な声。
捜すな捜すな、そっとしとけ。
そっとしておきたいのは自分自身だけれど。
そこへの自覚はまだ緩いまま、浮かべた思いは力となって、すぐ近くにいた者の所へと、飛んで]
…………。
[何となく、呼ばれたような気がしたのは、やっぱり暑さのせいだろうか。
ともあれ、からん、と下駄を鳴らし。
朝顔が呼ぶよに揺れる方へ向けてある気だした。*]
[同じくらいの年かな、なんとなく、最初に会ったのが女性じゃなくて良かった、て気がするあたり情けねえ。]
兎に無茶振りされてるって意味なら、御同輩ですかね。
[なんとなく営業用スマイルで、近付こう、として、足が止まる]
『見つけないで』
(見つけたよ)
.........あんた、
[近付きたいような、逃げたしたいような、微妙な気分。
なんだこれ?]
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