きつねぐもが出てるぞ!
[空を指差す悪戯者のガキ大将。
…ネギヤがいつの間にか消えた噂ときつねぐもの噂は小学校という子供達の小さな社会で様々な形で変化をし、いわゆる肝試し的な都市伝説のようになっていた。
そう、噂の遊び方が変わったのだ]
なあなあ、きつねぐもが出てるぞ!
かみかくしだってばよ!メリーさんと花子さんときつねぐも、どれが最強なんだろうな。
[落ち着いたとはいえやはりからかいたい盛りの子供であるのだろう]
どうしたポチ
[空を見上げていた青年の横で犬が落ち着きなく、飼い主の手首をペロペロと舐める]
大丈夫だよ
これはいつの間にか出来た痣
去年の神隠しが起きた後から段々濃くなって来た
痛くも痒くもない
[それは握られた後のよう]
これはまるで人引きの印のようだ
神隠しの邪魔をする人引き呪いをする輩は許せない
[遠い何かを見つめて、それは狐雲より遠い何かを――]
大妖――オババ――は嘘つかない。
ははっ、ほんとだ、今年まで遊んでいられたからなあ。
[ちりん、と同じ雲が出ていた去年にも聞いた音]
[あの時のように感覚で響く声]
[思い出すのは去年のあの響きでの話]
[後ろ手には狐の面]
[子供の一年は長い]
[何かの一年は短い]
いい雲だなあ。
今年も招いて、
そしたら来年までまた遊べるなあ
[隠された真実を理解するにはまだ幼く]
[あと数年は必要なのだろう]
[ひひっ、と悪戯っぽく笑う子供の声]
さあて、通すのは誰にすっかなあ。
『だれにしようかな、きつねぐものいうとおり』っと
[それは神頼みで選ぶときの童歌の旋律]
化け物に強いも弱いもあるもんかい。
[ガキ大将のやんちゃなはしゃぎ声に、顔を向ける]
日が落ちたら、暗いところに行くんじゃないよ?
言った通りでしょう?
[嘘つかない]
[届いた声に、くすりと哂う]
今年も送れば、また来年まで遊べるわ。
[そうして送る先その先に]
[何があるかは、口にせず]
でも、気を付けて。
送る心算が送られる、そんな事もあるかも知れない。
[代わりに伝える小さな危険]
[気を付けて、と声音は刹那、真摯なものに]
さて行くか
今日は本当はダメだが焼き鳥食わしてやるよ
[犬を一撫ですると立ち上がり神社の階段を上がる]
俺も今年もたんと食うぞ
[階段で立ち止まり、振り返る]
……
よぉ、相変わらず正装だな
少し考えていたんだ
神隠しに遭った人間はどんな所に行くのかなとな
ああ、神隠しの担い手が悪い奴じゃないって知っているから悪い場所ではないと分かっているからな
[ニイと笑った]
[ふと、覚えのない景色が眼前に浮かぶ。
其処にはネギヤが居るのだが、浮かぶと、消えて、はっきりとは思い出せない。
最近よく起こる事なのだが、あれは、一体何なのだろうか。
あの景色の元へ行けば、ネギヤはまた静かに佇んでいるのだろうか。
何処かもわからない、あの景色の元へ。]
あ、ああすまない、胡瓜じゃなくトマトだね。
[考え事をしながらは、よくなかったか。]
ほお、こりゃあまた。
[トマトにキュウリが水を張った桶の中で涼んでいる。]
キュウリを一本もらおうかな。
[白衣のポケットから小銭をつかみ出す。
どちらかというと好きなのはトマトなのだが、白衣に汁を垂らしてしまうと、物騒な見てくれになってしまいそうでやめておく。]
今年は元気そうだな、ゼンジ。
──いや、去年も大丈夫だったんだが。
[昨年の祭りの折り、何故かこの若者が熱でもあるように見えてしまって、豚汁を食べ終えてからわざわざ体温計を脇に挟ませた事を思い出した。]