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―大部屋―
[ユノラフが出て行くと、荒れた部屋でニルスは何かを探し出す。
時折、割れた壺の破片を靴で踏んでは不快な音が鳴り響いた。
そして目当ての物を見つければ、それを拾い上げジャケットの胸ポケットにしまい込む]
誰かを信じ、愛し、馴れ合うだけのゲームはもうお終いだ…。
[積み上げられた積み木は崩すためにある。これが最後の、玩具遊び。最後にユノラフが呟き残した言葉>>23を思い返しながら、床に落ちた破片を踏みゆっくりとドアへと向かう]
…分からないんじゃない。
僕は“それ”を捨てたんだよ、ユノラフ。
[もう部屋には居ない、彼にそう返してニルスは部屋を出た]
[抱きしめる腕の力を緩め、イェンニの頬を流れる涙を拭う。
変わり果てた姿に、もう永くはないのかもしれないと思いながらも、それでも彼女の命が在る限りは共にいたいと――
そしてもし。
彼女が死を望むのであれば、その命を受け止め、背負いたいと――
鱗に覆われた額に、唇を落とす]
[扉の向こうに人影が見えたのは、その頃だっただろうか]
―回想・過去の記憶―
[それはまだニルスが一桁ほどの年の頃。彼は小さな手を母にひかれながら夏至祭へと来ていた。
彼の母はこの国の出身ではない異国の民だったが、この夏至祭がとても大好きでよくニルスを連れては共に祭りを楽しんでいた。
彼もそんな母が大好きで、まるで同い年の子供のように花冠を被りはしゃぐ母の姿を笑ったり、大きなコッコを二人で眺めるこの瞬間がとても幸せだった。
その幸せな時も束の間。
祭りから帰る時、母の顔はどこか暗かった。
その理由はニルスも今なら理解出来るが、母は父――彼女の夫――から度重なる暴力を受けていたのだ]
[ニルスの父はこの国の出身で、母は彼と異国で出会い此処へ嫁いできた。それもそう、母には身寄りがなかったのだ。
そんな母は無差別に自身へ行われる暴力を誰にも相談する事が出来ず、それをニルスは閉じられたと思われていた両親の寝室のドアの隙間から、母の泣き腫らした顔を覗き知ってしまった。
助けたいと幼いながらに思ったが、その母の隣で未だ暴行を加える父の横顔は彼が普段知っている優しい顔とは全くの別人のようで、それが恐ろしくて。
自分も母のようにされるのではと怖くなり、助けることもせずその場から逃げ出した]
[母はニルスに父から暴行されている事は一切口に出さなかった。
それは母として我が子に弱音を吐かない、巻き込ませない…そんな心の現れだったのだろうか。
そんな母はやがて精神体力諸共に衰弱していき、ついには病に罹り帰らぬ人となってしまった。
それはニルスが暴行の事実を知って翌年、夏至祭が始まる頃。
まだ幼い彼には、母の死はすぐに理解出来なかった。
ただ分かるのは母は父の暴力が嫌で逃げたのだろうか、という子供の知恵を振り絞って出た結論。
そして母の葬儀が行われた日。
ニルスは死に化粧を施された母の屍体と初めて対面し、その姿を、今まで見たなかで一番綺麗なものだと感じた。
それが彼が初めて見た“命の終わりの輝き”だった]
[葬儀の最中、森から迷い込んできた一頭の揚羽蝶が宙を舞い、母の心臓がある左胸へと留まる。
そこで美しい翅をひらりと動かす様子は、まるで母の心臓の鼓動が目に見えているようで、ニルスはその光景に釘付けになった。
やがて蝶はひらりとまた宙に舞い、まるで母の魂のように森へと帰っていった。
数日後、彼の父親は妻への暴行がばれるのを恐れるかのように何処かへ逃げた。
ニルスが蝶に興味を持ち、まるで喪った母の魂を捕らえるように標本にするようになったのも。
自身の父親がこの世で一番醜く、母を助ける事が出来なかった自分もまた、醜い人間なのだと思い始めたのはその頃からだろうか。
そしてニルスが酒に一切手を出さないのは、彼の父親が母に暴行する際は決まって大量の酒に手を出していたからだった]
[母を喪い、父が蒸発した後のニルスは父方の祖父母に育てられた。
彼等はもともと身寄りのない母の事を良く思っておらず、またその母と同じ髪色と容姿を持つニルスの事も良く思っていなかった。
祖父母は渋々と幼いニルスを引き取ったが、それからの生活は幸せなどではなく。
彼はそんな環境のなかでゆっくりと歪み続け、やがて学びの才能を開花させた。
然すれば祖父母は掌を返すが如く、我が孫は誇りだと言わんばかりに彼を褒めちぎり、周囲に自慢をし始める。
そんな二人の様子を見て、幼子から少年へと育った彼は人間の醜さを再確認し、そして失望した]
[それから成人した後。
ニルスは今まで心血を注いで研究してきた蝶の知識者となり、昆虫学者の職へと就いた。
彼がこの小さな村に来たのはその数年後だっただろうか。
祖父母が次々と老衰で倒れていく際、彼は顔も二度と見たくないと病室で言い放ち、看取ることもせずに生まれ育った町を出た。
―――父の醜さと己の弱さ、そして祖父母や周りの人間の裏切りを知って成長した男は、まるで自身を傷つけまいと身を守る蛹のよう。
哀しいことに母の優しい愛で育てられたはずの彼は、人を信じ、愛する心を捨ててしまって*いた*]
/*
ハイハイ、行き当たりばったりで何とかここまで来れました(
蒼絆村で行き当たりばったり設定は向いてないぜ!…とか反省してたのどこの誰だっけか?ん?(◜▿~ ≡~▿◝)
長ったらしい回想ソロール失礼しました…!
―― 回想 / 冬の村 ――
[若衆の寄り合いでは、あまり発言をしない。
1年の半分しか村に滞在しない男は皆の近況へ
耳を傾けることに意識をおおむね費やして居る。]
『あのロシアやろうどもは、
いつまでよそもののつもりでいやがるんだ?』
『さあなあ 寄り合いには顔出しやがらねえ』
『マティアスは酒くらってばかりいるな』
『気風はいい奴だし、冬の気が滅入る時季に
酒場で陽気にカンテレの弾き語りでもすりゃ
みんな喜ぶしそこそこ稼げんじゃねえのか』
『…見世物みたいなことは、
させたかねえなあ…………』
『蝶狂いのやろう、あいさつひとつも
刺々しくてむかつくぜ』
[酒盛りがてらの寄り合いは、口汚くもあるが]
[長閑な声がそういうと、]
―――― 『違いねえ!!』
[胸の裡を明かしあわない若衆たちが、
酒盃を掲げて一斉にげらげらと笑う。
話題の学者が知ったら、うわべだけの
付き合いだと一笑にふすかもしれないが*]
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