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これで私のワスレモノは全部です。
[紙片は折り畳んで元通りに結んでおいた。
未来の筆記具で書かれた文字は直ぐに金色の砂になって零れ落ちてしまったから、過去の自分が目にすることはないけれど。
光の粒が落ちると同時、胸の痞えもすっと落ちてゆく心地がした。]
わたし一人だったら、見付けられなかった。
正直に言うと、此処に来るのもちょっと怖かった、から。
[すうっと潮風を吸い込んで、細く長く吐き出し。
晴れやかな笑顔で、省吾に微笑みかけた。]
省吾さん、…ありがとう。
[飛鳥としばらく移動を続けて。その途中でふと異変に気付く]
……あれ、そーいや……。
[少し前まで聞こえていた声が、祐樹の声が聞こえない。数は多くなかったが、それまでぽつぽつと聞こえていたものが全く届かなくなっていた。力を使ったなら結果を呟くはず。その結果が聞こえてこない]
ってぇことは……。
[考え得る可能性に半目になって頭を掻いた。その様子を飛鳥に問われたなら、溜息を零しつつ]
どうも、祐樹も狭間に落ちたっぽい。
俺と祐樹、あの兎に力押し付けられたせいで離れててもお互いの声が聞こえるようになってたんだけどさ。
俺がこっちに来た後も聞こえてたのに、今は聞こえねーんだ。
多分、祐樹も落ちたからだと思う。
[自分も狭間に落ちてからは祐樹に声を届けられなくなっていた。こちらに来てしまうと声の疎通が出来なくなると考えるなら、可能性は高いはず]
祐樹も探そう。
アイツのことだから心配ねぇとは思うけど、あっちで何か進展あったかもしんねぇし。
[情報交換のために探し出そうと、探し人に祐樹も加えて辺りを散策した]
[投げた問いへの答えはどうだったか。
いずれにせよ、話し難いようなら、無理には聞き出す心算もなく。
逆にこちらは、と聞かれるようなら、もうちょっとかな、と笑って]
しかしまあ、あの兎も。
探してこい、って言うなら、人落としたり、落とさせたりするな、っていう話。
……本末転倒だよなぁ……。
[そんな愚痴めいた言葉をため息にのせて吐き出し。
幾つ目か、通りの角を曲がった所で、向こうからくる人影に気がついた]
……あれは……。
[過去の者か、それとも同じく落とされた者か。
一度足を止め、しばし見極めるように目を細め、それから]
……貢……と。飛鳥さん!
二人とも、無事かー!
[それが、見知った者の、見慣れた姿である、と認めると、名を呼びながら手を振った]
[何度か曲がり角を折れて、辺りを見回しながら歩み進む。と、その矢先、名を呼ぶ声>>102が聞こえて、ハッとそちらを見た]
祐樹!
と、それにチカも!!
[探していた人物が両方ともそこに居て、驚きと共に安堵の色を表情に載せた]
あー、良かった、無事に合流出来て。
こっちは何ともねぇよ。
チカも大丈夫だったか?
[祐樹に大丈夫かと問わないのは、問題無いと思っているからこそ。それから祐樹に視線を向けて]
お前が来たってことは、他は落ちてないはずだな。
送り込む奴がもう居ねーし。
………しっかし、この先どうする気だ、あのクソ兎。
[2人ともこちらに来た以上、『仕事』を続けることは出来ない。時計へきちんと力は届いたのかすら分からない。溜息をつきつつ眉根を寄席、苛つくように後頭部を掻いた]
― 灯台 ―
うん、いい場所だ。
ああいや、大丈夫大丈夫。
[普通に立つには問題ないだけの空間は十分にある。ただ高い場所に慣れていないのと、二人並ぶとなれば距離云々…だった。
後を追って半周廻り、指差された場所に結ばれたものに首を傾げる]
おみくじみたいな結び方だ。
[願掛けだろうかという予想は微妙に外れた。
大層なものじゃない、というのには緩く首を振りつつ。
開かれた進路用紙に何度か瞬く]
感謝したいのは、俺もなんだ。
店に行けばと分かっていても、独りだったらまた逃げていたかもしれない。
見ない振り、知らない振りを続けて……いつか、後悔していたかも。
[力の流れが幾ばくか見えたりもするようになっていたから。他の人が見つけただけで足りるかもしれないと思えば、敢えて見つけようとはしなかったかもしれないと。
その可能性は十分あったと思われた。
ホゥ、と小さく息を吐く。
逸らしていた視線を六花に戻し]
だから、ありがとう…六花君。
[ヒュルリと風が吹きぬけて、カチリと時計が先を刻む。
微笑しながら、スッと右手を差し出した]
……うん。
[堅実な道を選んでから、幾年月。
写真は趣味として続けては来たが、本気で目指そうとしていた夢は、あの日以来口にすることなく過ごして来た。
夢の破片が風に乗り碧海の波間に紛れるのを見送って、「良かった」という声に首肯した。]
知ってのとおり、こうして平凡な会社員になっているわけ ですけど。でも、後悔はしてないんです。
「刻」に――省吾さんに、出会えましたから。
個展の誘いを貰った時に、夢が またほんの少し動き出したの。
切欠をくれた省吾さんに一緒に来て欲しかった。
聞いて欲しいって思ったのは、わたし なんです。
[最初に画廊に赴いた日と同じように、省吾は自分の一人語りも厭うことなく話を聞いてくれた。知り合ってから長い年月は経っていなくとも、「刻」も省吾と話す時間も、今の自分にとってはほっと出来る場所なのだと。
小さな声で紡ぐそれは、自分で良かったのかという言葉への返答にもなるだろうか。]
[頬を叩く音に瞬きして、それから省吾の言葉を聞く。
省吾が向き合う事を恐れたものを自分は知らない。
それでも、真摯な感謝の言葉を向けられたなら、話に聞き入る真剣な眼差しがほんの少し和らいだ。心がほわりと温かくなる。]
…そっ、 か。
少しでもお役に立てたのなら、嬉しいな。…嬉しい。
[時計の針が進む音。
自分の手元に時計は無いのに、どこかで何かが動く音。]
…―――、
[差し出された手を見詰め、
それからふわりと微笑んだ。]
はい。
[合図のような右手に、自分の小さな手を重ねて。
遠慮がちに、ごく軽く握った。
何となく顔が上げ難くて、灯台の階段に目を向けてしまったけれど。]
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