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―― 句会の前日・森の中 ――
[あの日、隣町までの買い物の道中、若女将は懐かしい場所を通過していた]
確かこの樹よね。
[幼い頃、ツキハナとそして村の子どもらと登った大きな樹の根元に腰掛けて、ゲッカは休憩を取っていたのだ]
[幾ばくかのまどろみの後、女の右手には一つの指輪が鈍く光っていた。
それからは、ご存知の通りの騒ぎである**]
―― よみ ――
[幼い頃そうしていたように、林檎箱の上に葉っぱのお皿と木の枝の箸、欠けた湯飲みを並べていく]
お夕飯ですよー。
[荒れ果てた川辺で、辺りを*見渡した*]
―― よみ ――
はーい。
[途切れた意識から一転。
聞こえた声に当たり前のように返事をする。]
おねえちゃま、今日のごはんはなぁに?
[綴る言葉も要旨も、昔をなぞるかのように*幼く*]
今日は炊き込みご飯よ。
[使い古しの木桶からお玉でよそう動作。
あかい液体が注がれ、しかし、ちゃぶ台に置かれたときには椀の中はカラ。
傍らにはいつの間にかアンの姿も]
ツキハナにあげる。
[幼子は、シロツメクサの指輪をツキハナの指にはめようと手を伸ばす。
ちゃぶ台に並ぶ食器は、*四人分*]
ほんとう? わたし、炊き込みごはん、大好き。
[空の容器に満たされる事のない、食卓。
いつの間にかそこにはアンの姿もあり。]
お花のゆびわ? おねえちゃま、ありがとう!
[手を伸ばし、受け取ろうとした瞬間。
気付く*食器の違和感*]
お姉ちゃま。これは?
私と、ツキハナと、アンちゃんと、
[一人ずつ指差しては食器を示してゆく。
最後の一つで指を止めて]
私のことを嫌いな、あの子の分。
[空に浮かぶ朧月は、昨日のそれよりも*大きい*]
お姉ちゃまと、わたしと、アンちゃんと
[ひとりずつ、ひとつずつ。
刻まれる数。
だけと、最後のひとつだけは、欠けたまま。問いかけは幼い眼差しを向けたままに]
お姉ちゃまをきらいな…?
[姉を庇おうとした自らの言葉は、自警団には届かず。
ねむり薬を打たれた姉を、成す術もなく見送った後、半ば奪うように村医者から奪い取った注射器を手に、部屋へと閉じこもった。]
まやかしを…見抜く術よ、教えて?
もう、これ以上犠牲者が出るのはたくさん…
[自らが持つ力を世の中の言語に当てはめるのなら。
占術、それが一番近しいだろう。
江夏の女にはその力がある。
少なくても、自分と祖母はそうだった。]
[しかし新たな結果を得られる前に、
命を落としたらしい。
今は大切な紅が懐から零れ落ちそうになるのも止められず]
――っ…ンガムラさっ…
ほん…とうは、もっと…早くにっ、
[温かみのない涙を止める術もなく]
ううん、ずっと、ずっとンガムラさんのこと……
[施される死化粧をただ見つめながら。
初恋とも呼べぬ淡い好意も、唇から爆ぜることもなく、やがて総てが消えるだろう。]
[裸足のアンに手を引かれ]
探し物、約束よね。
[もう片方の手で、ツキハナを引き寄せる]
姉ちゃまの傍から離れたら、また迷子になるわよ?
[幼いツキハナの頬と唇に、赤みが差していく]
違う……
[目を見張り、手に力を入れ、困ったような顔で何度も*首を振った*]
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