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[陸にあっても、耳奥には気泡昇る音。
――ドラウグ。
その名で伝わるものは、増えたひとつを見る。]
…
贄は、穢れ損ねていたらしい。
[呟くのは、不都合の所以。
蹂躙し尽くされた筈の贄。堕ちたは潜まぬ魔。
女が最期に他者の為に祈った故も先も知れず。]
ウ
そんなにも魔性露わに 膿まれつく とは
[火にまつわる記憶がある。]
[語らいを持つのは、いつも暖炉のそばだった。]
[家族愛溢れる一族だった。]
[近年に隆盛を迎えた家。
たえずあるはずの来客の合間を縫って、
設けられるのは旧交温める静かな時間。]
[友たる邸主が好み燻らせる、葉巻の濃厚な紫煙。]
[美しいが気取らぬ細君の、心行き届くもてなし。]
[彼等に子はふたりだったが、一族の誰かしらが
入れかわり立ちかわり来て子守りの輪に加わる。]
[懐かぬ長子は、然し弟をよくかわいがっていて。]
[愛情深い邸主は、自らの子供らのことばかりか
親類縁者子々孫々、一族の行く末について腐心し、
如何に情愛を注いでいるか友人へ語って聞かせた。]
[やがて明るみに出る一族の不正が
友人の情深さからきたものかどうか、
――――今となっては知る由もない。
内偵官から聴取り調査の要請があった夜、
死刑執行人はためらわず己の胸を突いた。]
[処刑は酸鼻をきわめた。
台へと据えられる首を、ひとつずつ落とす。
罪の首魁――当主夫妻へ見せつけるように、
血の薄い者から読み上げられる順に従って。
未だ癒えぬ傷は、包帯ごと分厚い制服の下。]
[囚われなかった長子の名は…呼ばれない。
血河が観衆の足元を縫って流れ出すころ、
やがて呼ばれるのは、友人の下の息子の名。
捕吏の情けか、緩んだ縄から逃れ
処刑台から駆け出そうとする彼を
表情動かぬ処刑人の斧が、
かがり火はあかあかとつめたく燃えて、]
その先ごとに、ひとつずつ。
[調査予告直後に起こった、自殺未遂。
一族の不正疑惑を確信へ決定付けた一件。]
思いつく限り、
辱めて、
[告発を経て後かの一族が連座となり
公開処刑場へと引き据えられたとき、
斧を携え佇んでいたのは――この男。]
最期は肉を。
[男は佇み魔を待ちて…迎えには行かず。
あるいは、届かせてみせるかと
この地での常のように斧担ぐ姿ではなく、
片手に立て斧を携える――かつての*不動*]
──………ッ
[仇敵とあいまみえ、しがみつくだけしか出来なかった。
無念を滲ませながら、頷くような気配。
おそらく、領主の息子としてだけでは無く、復讐者としても半人前なのだ。]
[走馬燈あるいは思い出にひたる少しの時間。ただ、望郷の念だけが冷たい海水で満たされたはずの胸を締め付ける。]
[ こぽり ]
[こぽり ]
[それは何処から紛れ込んだものか。
見開かれたままのヘイノの右眼球に、冷たく透明で溶ける気配も感じない氷の欠片が突き刺さる。──涙の代わり。]
……サンテリ、せんせい。
あなたは、どうし、て……
[おのれよりも先にこの村に辿り着いて居たのか。何故、暗い暗い海の底で、我々は凍える眼差しを向き合わせ、囁く事が出来たのか、答えは──。]
(望みを、いや、
せんせいの自身の絶望を……
果たして、くださ、 い……俺は、)
[想いを囁きに乗せぬ理由は、成せず殘せぬ浅はかさを、あの生贄のおんなの死体に見透かされて居るような心地が、果たせぬ願いが凍りついてなお、狂おしく、て。]
[故を問われる導き手は、
今も昔も、途方に暮れるまなざしをする。
友人の長子たる教え子に
一人称を持たぬ故を問われ、
『 …
"おおやけ"と"わたくし"は、
同じものであるので。 』
――そう応えたときのように。
乾いていてさえ濡れた海草のような
彼の縮れ髪をぎこちなく梳いて――
奈落の水底へそっと*突き放した*。]
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