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『黒枝様、黒枝奈緒様―………』
[呼び出しのアナウンスが、二人の笑い声に被さった]
……忘れてた、そろそろ検査だった
おばあちゃん、また明日ね!
[ばいばい、と手を振り背を向ける。風に巻かれた葉っぱが一枚、少女の髪に*舞い降りた*]
3階・廊下
[部屋を出て、特に意図もなくただ歩く。
部屋の外出は一応許可されていたので、それが…の日課になっていた。]
とは言ってもなぁ…話す相手が居るわけでもないんだし。
[そう呟いてから、窓の方を向いた長椅子に腰掛けて。
部屋から持って来た本を読み始める。
小説も好きなのだけど、もう読みきってしまったし。
日本のこれからの発電として有力なのは地熱発電でしょう。現在推定されている資源量は2054万キロワットとなっており、世界3位となっています…
]
…こんなこと知っていてもな。
[今までなら読み続けていたのだろうけど。今の…にとってはもう、どうでもいいことだった。
直ぐに本を閉じ、空を窓から仰ぎ見る。**]
おさげ髪 チカノは、ここまで読んだ。[栞]
3階・廊下
[まるで踊るようなふわふわとした足取りで、廊下を歩く。
途中、すれ違った人には軽い挨拶を交わした。
自分の耳の事を知っている人は手を振るだけで返してくれたり、分かりやすいよう大きく口を開けて短く返事を返してくれたり、そんなちょっとした事が何と無く楽しい。
もちろん返事を返してくれない人も居るけど、だからといって挨拶を止める理由にはならない。
そんな時、椅子に座る少年の姿を見かけ、それまでと同じように声をかけた。]
こんにちは。
今から本を読む所かな?
[視線は閉じられた本へ、そして少年の視線を追いかけるように窓へと移動する。
レンズ越しに、自分の歩いてきた道が遠くに見えた。]
それが、柏木さんの『才能』なんでしょうね。
……羨ましいなあ。
[才能があるから、極彩色に彩られた世界に見える。それはとても特別で、幸福なことに思えた。
尤も、今の柏木が幸福かと言えば……、否、であろう。故にそれは言葉には出さず、此方を見遣るかの様子へ微笑みを送り]
柏木さんの絵、今度見せてください。
僕、芸術センスは無いんですけど……、
[笑み混じりに告げた言葉は、「消える」という単語の前では覇気を失う。圧を込めて車椅子のハンドルを、握った。]
消えたくは、ない、……なあ。
結局、ずっと戦っていくしか、選択肢は無いんでしょうね。
[ひらり、地へと舞い落ちた緑の葉を視界の端へと捉える。
風が強くなってきたか。空のご機嫌を伺うよう、緩く空を仰いで]
[ぬいぐるみを片手に中庭へ訪れた少女の丁寧な挨拶へ、会釈を送る。
最近、何度か見かけた事のある入院患者だ。
ひとりで外へ出歩く事を許可されているとは思えなかったけれど、叱るのは自分の仕事では無い。代わりに、ここに居る間は目を離さずにおこうと判断し]
そうだよ、いい天気だからね。
歌い手さんが居たらもっと良かったけれど。
[天気の良い日には、中庭で歌手の女性が歌を歌っている。生憎、今日はすれちがいになってしまったけれど、残念そうに呟く。
少女が病室に戻ると言えば、「気をつけて」とお決まりの文句と笑顔でその小さな背を*見送った*]
おすすめの店、
約束だよう。
[さして大きくもない、末尾の震えた音で奈緒の背を見送る。
小さく振る手は、背を向けられた後もしばらく続き]
奈緒ちゃんがおばあちゃんになるのは、
……、……。
[さよならと降った手で、人形の髪に触れた]
そうさねェ、
かなり、先の話さ**
3階・談話室
…おこられちゃったね。
[給湯器からマグカップに湯を注いで、冷ましながら窓際の椅子に掛けた。
一人で過ごす時間が増えてから、元々少なくはなかった千夏乃の独り言はますます増えていた。そんな様子を見て、お父さんの若いころにそっくりだ、と、母は笑った。]
あーあ。
[窓枠にかたんと頭をもたれさせて、溜息をつく。]
おかーさんと、おとーさんと、ハルちゃんに。
会いたい、なあ。
才能。……
[羨ましい、との言葉と共に発せられた単語には、ぽつりとそれを復唱し、言葉を継ぎはせず]
ええ。良かったら、いつでも。
部屋には沢山ありますから。
見に来て下さったら、嬉しいです。
[絵を見せて欲しいと言われれば、笑む様子はなくも、快諾する気配で頷き]
戦わなければ。
そうですね。消えないのなら。
消せも消えられもしないのなら……
どうしようもありません。
[ぎし、と、背凭れに体重を押しかける。
少女の惑いは認めど、さして言葉を重ねる事はなく。彼女と結城が話し出せば、その会話を傍らで聞いていて。去る少女を、やはり会釈と共に見送った]
( ああ、もうこんな時間なんだね…)
[いつの間に寝ていたのであろうか、一二三は窓の隙間から流れ込む寒気に目を覚ます。
先の歌声が心地良かったのだろう。またカーテン越しの陽の光もまた眠気を誘ったのだった。]
(ふふ…こうしてうたた寝をするだなんて、随分と久し振りだねぇ…)
[一二三の経営する会社は、所謂中堅どころ…といったものだった。従業員は全部で13名。全員が長く一二三の下で働いている。結婚していない彼女にとって、従業員は家族であり子供であった。]
(…皆、どうしているかねぇ…)
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