-牢屋-
[処刑は行われたのだろうか。
魔女を問われ、他者を処刑台へ向けて背を押した。
その事実を、見据える。]
…………。
[煙草に火を付けた。
揺れる煙を、見やる。]
―庭―
…………、――――――。
[中庭で、草陰に落ちた髪飾りを見つけた。よく知ったものだった。拾い上げてじっと見つめる。虚ろな目で、見つめている]
[右目を閉じ、それを手で覆う。]
……なんだ、これ?
[覚えた違和感に呟く。
魔女を探せるかと試した事は、確かに、何かを捉えたのだ。]
……。
[しばし考え、顔から手を離す。
立ち上がり、牢から出ると法廷へと向かった。]**
― 外壁 門の前 ―
[夜が明けるまで待っていた。
外壁の、堅牢な門の前で。
裁判官が来たら、誰よりも先に告げようと思っていたのだ]
だらしねえ。
[自分が、魔女である、と]
[だが結局口に出来たのは、自分の名ではなく]
――クレスト。
[どれほどそうしていたか。
ようやく庭を歩きだせば、呆然と立ちつくしているクレストの姿が見えた。
肩を叩こうとして、その手を下ろす。
名を呼ぶのが精一杯だった*]
……いたい。
[左の手首が赤く腫れていた。一応、裁判官とやりあってみたのは本当らしい。悲しすぎるほどあっさりといなされたが。
エリッキとイルマは死んだ。どちらも男の所為で死んだ。何をしているのだろう。
何をしているのだろうか、僕は]
ユノラフさん。
[声がかかり、伏し目がちに振り返る。虚ろな瞳を除けば、いつもとあまり変わりない淡々とした表情で]
ぼくは、――…ぼくは。
[けれど微かに声は震えていた]
ねえ。魔女と人殺しって、どちらが悪いんだろうね。
[口許に漸く浮かんだのは、歪な笑み**]
[振り返る青年の様子に、息を飲む。
もとより飄々ととらえどころの無いような相手ではあったが]
お前は魔女じゃねえし。
[震える声。
交わらずに抜けていく眼差し]
人殺しでも、ない。
[感情とは別の形に曲がった口元。
それらが容易に想像させる――]
言わせんな。
[唇を引き結んだ]
[牢屋を覗き、法廷も覗く。誰もいないのを確認すると更に足を進め――庭へと。
そこで二人の姿を見つけた。
声を掛けず、ゆっくりと近付く。
クレストが手に持った髪飾り>>1を見る。
ユノラフの言葉>>7は聞こえただろうか。]
[昔から人より少し勘が良かった。
店の客の失せものを探り当てたのも。
病を隠していた父の嘘を見抜いたのも。
店に悪意を持って近付くものが何となく分かるのも。
すべて勘がいいだけだと思っていた。
それを違うと言い、隠すようにと言ったのは母だった。]
[此処に魔女がいるのなら、“これ”で探し当てられるかと期待した。
が。
捉えたものは、言葉にはなりきらない違和感だけ。
その違和感が何か分からず、ただ、視線を向けた。]
……?
[ふと。
ミハイルの視線が自分に向けられないことに気づく。
視線を追ってたどり着いた先にあったのは、彼に一番近しいはずの存在で。なのにその視線に違和感を感じて、眉根を寄せて、ミハイルを見直す]
ミハイル兄さん。
…そうだね、二人とも死んでしまった。
[エリッキの遺品は見当たらなかった。手にした髪飾りに一度視線を下ろすが、挨拶を交わし終えても彼からの視線は向けられ続けたまま]
なぁに。
[何処か間延びした声で呟き、見つめ返す]
クレスト。
[なぁに、と問われ。>>15]
何か――隠している事はないよな。
[失くしものの指輪のように。
身体を蝕む病のように。
他者を傷つける悪意のように。]
……ないよな?
[再度確認する声は、幾分、弱かった。]
―――――…。
[隠し事はないかと、問われ。
そういえばミハイルには昔から隠し事ができなかった。考えていることが表に出難い性質だから、親にすら何を考えているか分からないとよく言われていたが。彼には、悪戯も悩みも、何となく見抜かれていた気がする]
かくしごと?
嗚呼、そうだね。例えば。
[短く、息を吐く。もう笑みが浮かぶことはない]
さぁ、分からん。
[魔女、と言った、クレスト>>18に首を振る。]
俺に分かるのは、お前に何かあるって事だけだ。
これが魔女の証拠だとしても、俺は誰にも証明出来ん。
…勘、だからな。
ユノラフ、すまんな。
魔女裁判、呼ばれた心当たり、俺はひとつだけある。
俺、昔から妙に勘が良かった。失せモノの場所を言い当てたり、とかな。
――人の考えている事が分かったり、も、した。
俺が此処に呼ばれたのは、多分、それが理由だ。
…何言ってるの。
証明なんて、必要ないよ。
ただ、指をさせばいいだけさ。僕が魔女だって。
兄さん、言ってたじゃない。
魔女が見つかれば、此処から出られるかもって。
[淡々とそう言って、ユノラフへも視線を向けた。同意を求めるように]
魔女っぽいって、どうすればいいんだ。
[独り言のように零す]
[確かに。と。
ミハイルの言うことは思い当たる節があって。けれどそれは宿の主という経験から、例えば今日はツケだとかそういうことを見抜くのだと思っていたが。
唐突に与えられた情報に混乱する。そのピースがすぽりすぽりとはまるような気もするが]
この兄弟は……
[ぐるりと回った思考が最初にはじき出したのは、男に苦い顔をさせることだった]
あぁ、魔女が見つかれば此処を出られるかもな、クレスト。
お前が何か隠しているように俺は思えている。
それが魔女の正体かもしれんが…。
裁判官から見たら、俺こそ魔女なのかもしれんな。
――どっちが処刑されたら、裁判官は満足すると思う、ユノラフ?
…エリッキも探ったんだ。
何も分からなかった。
此処に魔女はいない。もしくは俺では魔女など見つけられない。そう思ったんだが――
……なんで、クレストで、違和感覚えるんだ?
………くそ。
[呻く。]
そろいも揃って俺に謝りやがって。
謝ったら俺が許すと思ってんのか。
[ぼそぼそと、口の中で文句を言う。あるいは不明瞭で聞こえなかったかもしれないが]
おい。
お前、自分のせいで誰か死んだと思って自暴自棄になってんなら止めとけよ? 人を殺したからって平気で生きているやつなんか沢山居るんだからな。
[半眼になってクレストを見る、念押しの様なそれ]
俺に聞くな俺に。
裁判官が満足する? 知るか、直接聞け。俺かもしれんだろうが。
[言い切りは、するが。説得するよりは投げやりな口調ではある]
お前が魔女だなんて、俺は認めねえ。
[うめく声に、無理矢理言葉を押し出す。
ただ、ミハイルの言うクレストの隠している事は気になって、クレストに視線を送った]
どうせなら、最初からこうすれば良かったんだ。
そうすれば二人も死なずにすんだかもしれないのに。
イルマは優しいけれど。
…優しいけれど、きっともう、許してくれない。
[感情の籠らない声。嘆くような言葉。手にしていた髪飾りが、再び草むらに落ちた]
兄さんは魔女じゃないさ。
[呻く姿に、緩く首を振る]
ユノラフさんは、人が良いから。
謝れば許してくれると、思っている。
[神妙な顔でそういって。向けられる視線を見つめ返す]
…僕だよ。イルマを殺したのは、僕。
死ぬのが嫌ならだれか選べって言われてね。
思わずイルマの名前を言っちゃった。
酷い話だよね。昔馴染みで、
変わり者の僕とも仲良くしてくれていた彼女をさ。
[まるで他人事のように、訥々と]
自棄になっているのかな?
もう、よく、分からない。
…自分が魔女だって認める事は処刑される事だぞ、クレスト。
逃げ道、用意したろ。
俺が妙な事出来るって、ユノラフにもお前にも伝えたろう。
――なんで、自分が魔女だって、言うんだ…。
僕は兄さんにも、ユノラフさんにも、生きてほしいよ。
単なるわがままだね。甘ったれだ。
[静かに空を仰いだ]
でも、仕方ないね。僕は魔女だから。
[声の震えは、努めて気づかれないようにした**]