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[差し出された手を柔らかく掴んだ。
ほとんど自分の力で立ち上がり]
ありがとう
[指をなぞる様子は夜の誘いに似て、もはや習慣のように染み付いた仕草]
あの人ね
首がぱっくりと割れていたわ
[こんな風に、と口を大きくあけてみせた**]
[誰がやったのか、とは言わない。誰か見ていないのか、とも訊かない。その女が何者なのかも、問わない。
一人の女が殺された。
その犯人は自分ではない誰かだ。
確かな事実はそれだけで]
……面倒な事だ。
[呟き、紫煙を吐くように、長く細い吐息を*零した*]
[安酒と言うわけでも有るまいが、自棄酒ならば悪酔いもしよう。
その上もともと強くないとくれば前後不覚にもなる。
スイッチの切り替えは早い方で、辺りの雰囲気に怪訝そうに顔をあげた]
…あ?
[酒気を帯びた眼の色があっという間に覚める。
感覚を戻したのはまず嗅覚から。次いでその臭いの元を視覚に留めた
…なんだ、静か過ぎる喧嘩だな?
[誰がやったのか。目を走らせるが、加害者は見当たらない。
それはつまり、しれっと殺せる者がいると言う事だ。
その人物は今、何食わぬ顔をしているわけだ]
良い手際じゃあねえか。どいつだ?
使ってやろうか、ウチは払いは悪かあないぜ、っくっくっ……。
[呑気に笑ってグラスを傾ける。一気に飲み干すと、割らんばかりにカウンターに叩きつけて席を立った。
外で待たせている部下に出入りを聞こうと]
面倒? そんなに近い知り合いだったっけェ?
[誰かが死んで面倒なのって、知り合いとか家族とか、そういうものだと思っている。
ここにいるのは"常連"だけれど、それが"死ぬ"ことそのものがどれだけのことだというのだろう。]
悪い人の方は、楽しそう。
つまり、こう、悪い人はァ、おねーさんが死んでよかったってことだしィ、悪い人が殺したの?
[名推理と言わんばかり。
叩きつけられたグラス、外に行こうとする背中に、びしと指さした。]
…あ?
なんだ、何が
[ただならぬ空気にふらつきながら立ち上がり、奥の扉へと近づく。へたり込んだ女の後ろからひょいと覗き込んでみて]
う、ぇ
[状況を把握するのにたっぷり5秒を要した。
こういうものを見るのは初めてではなかったが、それでも咄嗟に口をついて出たのは、酷く間の抜けた一言だった。]
……なんだこれ。
こういう時どうすんだっけ。
電話…でんわか?固定あるよな?
なあ……
マスター?
[先刻までカウンタの中にいたはずのマスターは忽然と姿を消していた。]
あれ どこ行っ
[言い終わらないうちに、柄の悪い男が、眼鏡の男に掴みかかるのが見えて]
おい ちょ
待てよ、待ちなってお兄サン。
[落ち着けよ、と続けようとしたが、さて]
[振り返る男。ゆっくりとした動きは、スローモーションを見ているようで面白い。
交わったままの視線をずっと見返しながら、問いには軽く首を傾ぐ。]
あら、ボク? 名乗ったことなかったかしらン。
[わざとらしく女々しい声を作って、男の動向を待つ。
胸倉を掴まれれば、きゃら、と高い笑い声が零れた。
これに怖気づくような神経は、残念ながら持ち合わせがない。]
掴んだらァ、答えにくいよォ?
名前だったらレイヨ、姓ならサリヤルヴィ。
お兄さんはァ?
[問い返すけれど、その答えを聞けたか否か放り出される。
喋ってる時に投げられたから、舌噛んだ。]
痛ったい、なァ……
血の匂いを嗅ぐと凶暴になる…とか
[そういう男は多い。
ただ単に興奮する者。
怯えを隠そうとする者。
この場にいるのはどちらだろう]
動物みたいね
[ころころと少女のように笑ってみせた]
[マスターの姿はない。
飲み干した窓際のグラスは、いつの間にか倒れてよく見ると皹が入っていた]
……失礼するわ
[警察に連絡を、なんて。そんなことを言う者はいないようだ。勿論、女自身も。
一足先に店を出て行った、喧嘩早い男を追うようにして、外へと通じる扉を開く]
あーあーあ。
やっちまったよ血の気の多いやつ。
[放り投げられた眼鏡を眺めて眉を少し、上げ肩を竦めた。]
…で、なんなんだこの状況。
誰かこのねーちゃんの後、席立ったか?立ってないんじゃねえの?
[ちらりと帽子の女に視線をくれたが、それ以上何か言うこともなく。]
面倒ごとは御免だぜ。警察沙汰もな。
帰っていいだろ、俺は関係ねえ。
[仮名のウルフは、不機嫌そうに言う。
突然の出来事にすっかり酔いは醒めていた。折角の酔いを邪魔されたのも気に食わないし、さほどきれいでない身では、面倒なことに巻き込まれたくもない。]
[べ、と舌出して指で触れてみる。赤いもので汚れた。
口の中は変に苦い。]
噛み切ったじゃん、らんぼーもの。
[立ち上がるのすら、足元のぬめりに手こずる。
せっかく今日は白着てきたのに、台無し。]
あ、それとも今度はボクを殺す気だったりしてね。
やだなァ、あ、いや、別にいンだけどォ。
一方的なのって、好きじゃないし、なァ。
[壁に体を預けて立ちながら、ひとり。
バーを出ていくものが多い。当然か、こんなところに長くいるのなんて正気の沙汰じゃない。
ウルフと、女の背を目で追いながら、けらけらけら、楽しげな笑い声。]
店を出て
こんな、街だったかしら
[一番血の気の多い男に話しかけるはずだった。そのつもりで店を出た]
静か …すぎる
[よく知っている店を出て、よく知っている道に出たはずだった。
表通りから一本入った場所。喧騒が漏れ聞こえる裏通り。道端に女がぼうっと立っているような、そんな通り。
けれど此処は静かで、人影なんて、見えやしない]
口は災いの元、なんだってさーァ。
ボクは口以外もなんだって災いの元にできるけどねェー。
[マスターのいなくなったバーカウンターの中まで進み出て、酒瓶をがしゃがしゃ漁る。]
アルコール、消毒ゥ〜♪
[鼻歌は気軽なもの。]
[ふと、カウンターへ視線を戻すと、其処にマスターの姿はなかった。背後で、衝撃音が聞こえた。誰かが投げ飛ばされるような。
全く、何もかも、面倒な事だと思う]
……、はあ。
[グラスの液体を飲み干しては、一つ息を吐き]
てか、背中も結構痛いんだけど。
容赦ないなァ、やな感じィ。
眼鏡曲がってないかしらン。
[酒瓶をひとつ手にとっては、匂いをかぐ。
きついアルコール臭に、時々くらりとした。]
ねェ、"いい人"サン。
誰かのこと、殺してみたいって思ったこと、ある?
[問うだけ問いかけて、無臭無色透明の酒を一気に呷り。
――呷って、そして、喉の灼けるのに盛大に噎せた。]
うぇ、げほッ、げェほ、ぇふっ、
[奇妙な呼び名を聞けば、眉を顰めつつも]
それは、……ないな。
殺したい、と思った事なら。
幾らでも、あるがね。
[特に声色を変える事はなく、答えた。
相手が噎せるのを見れば瞬き]
……大丈夫か。
消毒で毒されては意味ないだろうに。
[そう呟きつつ、今し方開閉されたばかりの扉を見た。新たな姿が現れる気配はない其処を]
マスターもいなくなったのでは。
さて。
誰が咎め立てするのだかな。
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