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[どれ位眠っていたんだろう。
気付けばその部屋にはわたし一人だった。
確か夢心地で女の人はこの部屋で休むと言うような話を聞いていたから、ロッカさんもホズミさんもエビコさんもこの部屋で休んだ事だろうが、今は他の人たちの気配は無く。
ただ窓から零れ落ちる結露が、外気との差を教えてくれるだけだった。]
身体がだるくて寝ちゃってたけど、皆起きて行っちゃったのかな…。
[ゆるゆると状態を起こし、溜息を吐く。昨日は本調子ではないのに風に当たり、寒さを覚えた。それ故に一度は落ち着いた熱がぶり返され、夜半からわたしは再び火照る身体に苛まされていた。]
それにしても昨日の出来事は…
[ふと脳裏を過ぎった映像に、わたしは目を伏せ口を噤む。吹雪の中咲くことが有り得ないさくらが咲き、あまつさえ管理人のアンさんが遺体で見つかったのだ。しかもそれは他殺体だという。]
人攫いさんがそう言うってことは、やっぱり犯人はこの中に居るのかな…。
[昨夜人攫いさんから聞いた話。それは駐在所に勤めているらしい彼ならではの視点から紡がれる事も多く、またこの村に深く係わってきた人だから解る事も多くて。
信憑性に長ける言葉に、わたしは思わず耳を傾けていた。]
――戸が開けば獲って囲おうか…
――窓が開けば切って吸おうか…
化けさくら…根が檻のように…地中で囚われ根牢――
[昨夜人攫いさんが囁くように謡い語った言葉を反芻する。
窓から見えるさくらは、昨日より増して。色濃くなったように*思われた*]
汗掻いてたし…まだ熱っぽいけど気持ち悪いからお風呂入ろうっかな…。
温まれば熱も抜けそう…。
[ぼんやりさくらを眺める。その吸い込まれそうな美しさにわたしは逃げるように鞄から着替えを取り、お風呂場へと駆け込んだ。]
[脱衣場でホズミさんと会い、声を掛ける。
頭痛は良くなったようだったけど、顔色が悪そうに見えた。
どうしたのか訊ねようとしたけれど、あまり深入りされたく無いような雰囲気に見えたので、わたしはそれ以上の声は掛けずに浴室へと足を踏み入れる。
白く立ち昇る湯気は、全てを一瞬だけ忘れさせてくれるような気がした。]
[お風呂場から出ると、何処かおいしそうな匂いが鼻先を擽った。それは優しいお出汁の匂いで、わたしはすぐにエビコさんの顔を思い浮かべた。
ここに来てすぐにエビコさんが作ってくれたおうどんの味を思い出す。寒い夜。突然駆け込んできた見ず知らずのわたしに、エビコさんはにこにこと笑っておうどんを出してくれた。わたしはあの優しい味が大好きだった。
勿論、熱を出した時に作ってくれた卵雑炊も――]
エビコさぁん、おなか減ったょ…ってあれ?
[湯上りのまま、わたしは居間に顔を出す。
しかし出迎えてくれたのはさっき脱衣場ですれ違ったホズミさんや、囲炉裏の上に鍋を吊るして食事の準備をしているフユキさん達で、肝心のエビコさんが見当たらない。]
あれ?今日はエビコさんのおじやじゃない…?
『あ、でも…フユキさんが手伝いをしているだけかも知れないしね』
[ふと湧き上がった違和感に首を捻りながらも、わたしはいそいそと囲炉裏の近くに行き鍋を眺める。
誰かから勧められたら、遠慮なくその雑炊を口に*運ぶのだろう*]
ふたつめのたましい貰っちゃった…
でもさくらの渇きはいえないの。
わたしの乾きも癒えないの。
ねぇ?次は誰の恐怖を食べるの?あなた…
もっと聞きたいなぁ…恐怖の声を
[ちりりん ちりりん
鈴の音鳴らし
語りかけるは*かの人へ*――]
[わたしが雑炊を口にしていると、ヨシアキくんが目を覚ましていた。]
おはよう
[わたしは挨拶をして微笑んで向かい入れたけど。
ヨシアキくんは丁度台所から戻ってきたホズミさんの隣に座り、雑炊を盛って一緒に食べていた。その姿を見た時ほんの少しだけ胸が痛んだ。
こんな時に不謹慎だと思いながらも、チリチリと焼け焦げるような感情はとめられない。
わたしは不貞腐れながら雑炊を口にして、早々に立ち去った。エビコさんの姿を探す為に。]
えびこさーん…何処行ったのぉ?
[外を探しに出るのは一人だったため出来なかった。もし一人で出て遭難なんて…考えたくも無い。]
もしかして…アンさんの弔いごとでもしているのかな…。
[遺体は奥の部屋に安置していると誰かの言葉を思い出す。もしアンさんの傍にいるのなら、お線香の一本でも上げてこようと思い、恐る恐る安置されている部屋へと向かった。
そこに遺体が増えている事なんて知らずに――]
――管理人室――
[そこだけひんやりと冷える部屋のドアをノックして、わたしは静かにドアを開けた。
そこには薬屋さんが静かに佇んでいた。]
薬屋さん…?どうしたんですか?こんな所で…。
[そこにはエビコさんの代わりに薬屋さんが居て。不思議に思いながらもわたしは声を掛けた。]
『次?誰がいい?おねえさんが選んでいいよ』
『永遠に続くような、じわじわと染み入る恐怖を』
[代わる代わるに声が聞こえる。その声にわたしはくすくすと笑みを浮かべ]
誰が良いと思う?あのロッカって言う子?それともフユキさん?
あ、でもヨシアキくんはまだ駄目…。あの子は出来ればわたしの力で殺めたいの…。
[ちりりん ちりりん
弾む声は鈴の音と相俟って。かの人に届くだろうか?]
ひとを…さがして?
[一点を見つめたまま答える薬屋さんに、わたしは首をかしげながらその動作をただ見つめていた。
やがて毛布に伸びた薬屋さんの手元から現れたのは――]
エビ…コ…さん?うそっ…そんな――
[わたしはその顔を見て息を呑み口許を手で覆う。
苦しいと呟く薬屋さんの言葉には、何も返せずに。]
『冬樹さんは、あたし好き』
『白い肌に、赤い文字。素敵』
[重なって聞こえる愉しそうな声。その言葉にわたしもくすくすと笑んで同意する。]
フユキさん…綺麗だよね。
きっと赤い文字がとっても似合いそう。
ね、今日はフユキさんにしようか?
「そっちじゃなくて――」
[訂正が入る。続いて告げられた言葉に、わたしは思わず苦笑を漏らす。]
女の人が好みなの?
あ、でも女の人の方が、悲鳴は綺麗よね。
うん、じゃぁ今日は…その子にしちゃおうか?
[ちりりん――
鈴の音が鳴る。それはとても愉しそうに鳴る。わたしの心を反映するように]
[薬屋さんの震える手が、新たに並んだ毛布を剥いで行く。そこでわたしは初めて毛布の数に気付く]
アンさん…エビコ…さん――そして他の二つは…?
[答えは聞かずとも薬屋さんの手で暴かれる。
次々現れる変わり果てた姿。]
そんなっ…人攫いさんまで…。
な・・・んで…?何でこんな事っ――
ねぇ!どうして?これもさくらの…根牢の呪いなの…?
[投げかけた問いは果して薬屋さんに向けたものだったろうか?
それはわたしにも解らなかった。
ただ、立ち去る間際。薬屋さんが零した言葉だけが救いに思えた。]
人攫いさんの意思…――
[それはどんな意思なのかは解らない。でも今わたしは…その言葉にただ縋るしかなく――]
こわい…こわいよ…ヨシアキくん――
[誰かに縋りたくて呟いた言葉は、仄かに温かい思いを寄せた歳の近い少年の*名前だった*]
[開いたドアから覗いた姿はヨシアキくんだった。]
あ…ヨシアキ…くん…、エビコさんが…人攫いさんが…スグルくんが…――
[声が震える。頬に温かい感触を感じた。それはわたしの涙だった。泣くなんてみっともないと思ったけど。でもわたしは――]
こわいの…いっぱい人が…っ――わたし…もう…人が死ぬのを見たくないの…
[差し出された手。その手の温もりを確かめるように。わたしはヨシアキくんの手を握り*頬に寄せた*]
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