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[何度目か、開いた扉に一瞥を向ける。その姿には――見覚えがあった。否。此処にいる常連客の全てには、「見覚え」が付き纏うのだが。それは常連仲間という以外にも、知った人物だった。
犯罪集団のボスである男は、その構成員の全てを詳細に知るわけではない。が、少なくない範囲、知っていた。三下ではない地位に位置する者なら、尚更だ。
その姿に、特別声をかけるような事はなく。
今し方鳴き声がした方を見やり]
……
私は食べる話をしたわけではないが……
……まあ、煮魚も、悪くはない。
[呟きつつ、頭に泳がせるのは氷の下に遊ぶ鈍色。
空になったグラスの代わりに、苺とミルクの酒を頼んだ。マスターが手渡してきた薄桃色の液体を、一度、二度、掻き混ぜて]
……、
[マドラーで突付いた果実が、静かに水面へ落ちた]
割といい人?
――は。
そんな風に言われる事は、珍しいな。
[ふと齎された評に、肩を竦めて笑った。唇の片方だけが上がる笑み。
珍しい。己は元々人相が悪い上に、世間的には「悪い人間」とされる人間なのだから]
変わった奴だ。
[それは他の奇行についても合わせて。何処となく、新鮮さを覚えながら、零した]
[なんでだろ、という言葉には、またくつりと笑い声を漏らした。
そして、薄桃色を満たしたグラスを傾け]
? ……
[ふと。
その甘い香りとは別の臭いを――嗅ぎ慣れたものを――感じた。荒げられてはいない女の声が、奇妙に大きく通って聞こえた。
顔を動かす。視界の端に、赤が映った。会話していた相手が先刻ぶち撒けていた酒、一見それと同じようで、しかし異なるのだろう色が]
[赤の中には、一人の女が横たわっていた。幼い顔立ちの女。見覚えがある、だが名も、声すら知らないように思える、人物。
遠目にも死んでいる事は明らかだった]
……ついさっき。
座っているのを見たように思うが。
……唐突だな。
[呟いては、グラスをカウンターに置いた。
その死体を、傍らに座り込んだ女を、他の面々を、丁寧にでもなく眺めやり]
[誰がやったのか、とは言わない。誰か見ていないのか、とも訊かない。その女が何者なのかも、問わない。
一人の女が殺された。
その犯人は自分ではない誰かだ。
確かな事実はそれだけで]
……面倒な事だ。
[呟き、紫煙を吐くように、長く細い吐息を*零した*]
[ふと、カウンターへ視線を戻すと、其処にマスターの姿はなかった。背後で、衝撃音が聞こえた。誰かが投げ飛ばされるような。
全く、何もかも、面倒な事だと思う]
……、はあ。
[グラスの液体を飲み干しては、一つ息を吐き]
[奇妙な呼び名を聞けば、眉を顰めつつも]
それは、……ないな。
殺したい、と思った事なら。
幾らでも、あるがね。
[特に声色を変える事はなく、答えた。
相手が噎せるのを見れば瞬き]
……大丈夫か。
消毒で毒されては意味ないだろうに。
[そう呟きつつ、今し方開閉されたばかりの扉を見た。新たな姿が現れる気配はない其処を]
マスターもいなくなったのでは。
さて。
誰が咎め立てするのだかな。
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