アンー、アン子ー。
ねー、ソフトボールやろうよ。
[降り注ぐ太陽の下、来海 蛍子(くるみ ほたるこ)は、プールサイドで叫んでいた]
何回も言ってるけどさー、先輩引退しちゃって全然人数足りないんだわー。
一緒にグラウンドで青春の汗流そうよー。悪いようにはしないって。
[クルミの心を知ってか知らずか、アンは悠悠自適に背泳ぎしている]
[はぁーーー、と長くわざとらしいため息をつくと、プールサイドを跳ねるように歩いて出口へ向かう]
アン、水泳って何が楽しいの?
[『知りたかったら飛び込んできなさいな』
そんな声が届いてきたけれど、クルミはプールに飛び込むはずもない]
[眩しさに目を細め、プールを離れていった]
今日も、野球部に混ぜてもらうしかないかなー。
[野球部の少年が放ったボールは、クルミが飛び跳ねても届かぬ位置に弧を描き、校庭を転がっていく]
あ、ごめんね。
[ボールは、ナオの足元にたどり着いていた。
どこかぎこちなく謝罪の意を口にして、とぼとぼと歩み寄る]
[投げられたボールは、それがまるで決まった道筋であるかのように、手のひらに飛び込んできた]
ありがと。
[目の前の笑みは、伝染してクルミの顔を綻ばせた]
冬に向けて編んでるの?
[それ、と視線を向けたのは、編物が仕舞われた袋]
[言葉から、ナオの立場を推察する。
するけれど、それ以上どうということはなく]
青春。
[その言葉は、セーラー服の上から背中を人差し指でなぞられたような、曖昧なくすぐったさをもたらした]
勉強、好きじゃないし。
[照れ笑いを浮かべ、ボールをくるりと手の中で弄ぶ]
あ、よかったら一緒にソフト部……、て、何でもない。
あ、でも赤点取ったりはしてないよ?
そこまで勉強投げ捨ててはいないから。
[図星な部分があったのだろう、どこか言い訳めいていた]
夏で、先輩引退したら人数激減しちゃって。
野球部に混ぜてもらわないと、守備練すらまともに出来ないんだこれが。
[くすくすと笑って、手にしていたボールを一度頭の上まで放り投げた。
グラブに収まる小気味良い音が響く]
ん、と。
それじゃ、戻るね。
[練習、と言って、空いた方の左手を軽く振って*元いた場所へと*]
こんのノーコン!!
[またもあらぬ方向へ飛んで行ったボールを追い掛ける。
本当に触れたいのは、もう一回り大きな白球であるのに。
そんな思いは、時折クルミの顔に影を落とした]
……こはるやーい?
[校舎の窓辺に、見慣れた顔を見つけた。
校庭の片隅で、両手を伸ばして存在を誇示する。
クルミの顔には、安堵感のにじむ笑みが*浮かんでいた*]
もうちょっとしたら行くー!
[コハルからの呼びかけにそう答え、休憩時間になるまでしばし守備練に勤しむことにした。
ホームからボールを打ち上げる生徒は相変わらず下手くそで、何の練習なのかわからなくなっている]
[結局、走りこみの時間だったのかと錯覚するほど駆けずり回った。
休憩時間になると、水筒と着替えのシャツを一枚手にして教室棟へ向かう。
途中、帰宅部と思しき生徒が何人か帰る姿を見かけた]
ばいばーい?
[声よりも、上履きのゴム底が廊下とぶつかり合う音が響き渡る。
校庭よりもよっぽど早く、駆け抜けた]
コハルっ!
もうみてた?なにあの野球部。
その辺の小学生のがよっぽど上手いよ。
いただきまーす。
[琥珀色の飴だまを一つ手にする。
塩素で色が抜けたアンの髪色に似ている、と思った]
今日は何読んでたの?
[飴でモゴモゴしながら、コハルに問い掛ける。
問いかけながら体操着を脱ぐと、肌を微かに吹き抜ける風が、滲む汗の不快さを増長させた]
うへぁ。水風呂入りたい。
[着込んだ新たなシャツをバサバサと扇いで風を起こす。
大いなる自然を前にして、自分のちっぽけさを実感するほどの微風。
音を立てて齧っていた飴が姿を消した頃]
ねぇ、コハル。あのさー……。
……飲む?
[水筒のコップに烏龍茶を注ぎいれて、差し出した]
パパイヤの葉っぱが主役!?
[どんな内容なのか、とてもじゃないが想像出来ない]
暑いねー。扇風機欲しいー。
[叱られたことには、不貞腐れた表情を見せて]
他に人いないからいいじゃん。
[コハルに渡したのと同じようにお茶を注ぎ、喉を潤す。
瞬く間に、汗になりそうな気がした]
コハルは、夏休みどうするの?
私の直感だと、犯人は椰子。
結構自信あるよ!
[ますます不貞腐れる]
おしとやか、みたいなのはコハルに任せるー。
柄じゃない。
[水筒の蓋を、きゅ、と閉めると立ち上がり]
予定ないなら、たまには一緒に遊ぼうよ。
ソフトボールとかで。
[企み顔で微笑んで、湿っぽい体操着を手に教室を出て行った]