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[椅子に深く腰掛け、顔を覆う。
どこともしれぬ身体の中が、じくりと痛んだ]
はぁ―――……
[長い、長いため息をついた。
近くに、自分を認識している女性がいることを思いだし、少しだけ背筋を伸ばした]
[何の変哲もない人生だった。
家を出て、就職をして、実家には両親も健在だ。
けれど、入院したなんて言えない。
一緒に暮らす人も、心配してくれる人もいない。
仕事だけだった。
それだけが生きていく理由で、術で、全てだった。
会社員
そういうレッテルを喜んで貼られた。それしかなかったから]
部屋にいると、暇でね…
[病室も、自分の部屋も。
名前もしらぬ人に、独り言めいた言葉を零してしまう。
「寂しい人だ」
胸のなか、はっきりと言葉にする。
自らを哀れんで、伸ばした背筋がまた少し丸まった]
……え?
[そうですね、とか。何も返って来ないとか。
ぼんやり考えていた返答の中に「提案」はなく
床を見つめていた視線を少しあげて、手紙、と口にした彼女の目を見た]
手紙、って
……はは、私はどうにも遅筆でね
[遠まわしに断ろうとする、いつもの癖。
手紙なんて、最後に書いたのはいつだろう。
いや、そもそも書いたことはあったろうか。
想起される思い出は、ひとつもない]
ごめんなさい、は
[「申し訳ありませんでした」
「心から深く」――とかなんとか。
たくさん、頭を下げた。沢山メールを打った。
普段の仕事から、そして
入院する時も]
……うん、そうだね
それでいいなら
[強くおされたら、首をふれない。
それだけでなく、謝罪のない手紙が、どういうものか興味がわいた。言い訳のように口にした「暇」は本当だから]
[近づいた瞳に慌てて視線を逸らす。
スーパーに売っているような、灰色の靴下から一本糸が飛び出ているのが見えた]
すまない、私は何処で買えるか
[買ってきてもらうことも出来ないし]
わからなくてね
領収書をもらっておいてくれるかい?
210号室、天満宛に
……最初は何を書けばいいのかな
[困った、とすぐにあげた顔に苦笑を浮かべた]
何色が好き、とか
聞いたら駄目だろうね
[先に言われてしまった「ありがとう」に、ほころぶというより歪んでいた口元はゆっくりと柔らかくなった]
約束だ
部屋に戻ったら、すぐに書くことにするよ
[お互い、いつまで入院しているかわからない。
けれどきっと、先が見えないのだろうと。去っていく背中を見送った]
[車椅子の音が完全に消えた頃]
……ふっ
[思い出汁笑いの後、誰にもみられていないだろうかと、廊下を見渡した。
その後、売店に立ち寄った。
長く留まる人もいるからか、簡素なレターセットならば、置いてあった。事務的な無地のものと、少しだけ飾りのついたもの。二種類だけ。
真っ白なほうを手にとって、キャンディ一袋と共にレジで袋にいれてもらった]
[あぐらをかき、便箋を睨み付けている。
手帳に挿していた万年筆は、ペン先が少し乾いていて、最初に書いた宛名が掠れてしまった]
……本気、かな
[閉じられたカーテンの中、呟く。
「手紙を書いて」
そう言った彼女は、どんな表情をしていたっけ]
やめたやめた
[首を振ったタイミングで、点滴を交換しに看護師が現れる。咄嗟にだしっぱなしだった手帳で便箋を隠した。
予定の書かれていない手帳を、とん、と手のひらで叩いた]
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