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[灯籠の淡い灯りが参道の雑踏と
見知るふたりの横顔とを照らす。
作家は、手元へ視線を落とす。
大学ノートと一緒に抱えていたのは、
2等賞のシツジノ学習帳17冊セット。]
[…二等賞。刀剣好きの福引屋が購入した、
『学芸員の試験に合格した思い出』の対価。
誰かと分け合うには意地悪な冊数の其れ。
半分こしましょう と口にした若者が
どうするつもりだったかは謎のまま。]
… うん。
[作家はすこし目を細め、ぴっちりした
ラミネートへと爪を立てて引き裂いた。]
[過去へ思いを馳せる若者に、
学習帳を8冊分けて手渡す。
共有した思い出の証のように。
そして、
少し垢抜けて見えるかのご婦人に
差し出すのは――
学習帳セットのなかでただ一冊だけ、
罫線の引かれていない"じゆう帳"。]
[その写真を見つけたのは、今年の春、進学に伴って一人住まいを始めたすぐの事だった。]
もしもし、母さん?何なのあの荷物?
──んー、そうだけどさあ、あれだけ沢山あったら、カラーボックス一つじゃ足りないよ。
[早くに死別した夫も彼女自身も読書家だった母親は、中高とスポーツ三昧で、ろくすっぽ教科書以外の本を読まなかった息子に、蔵書の一部─ダンボール2箱─を送りつけてきたのである。]
──ふう、これで全部入った。
[学校の生協から、本棚代わりのカラーボックスを3つ。
箱の中身を納め終わった頃には日が暮れかけていた。
何気なく書店名の入ったカバーの単行本を手に取る。
ぱらりと開いたページに、少し色の変わりかけた白黒の写真が挟まれていた──]
これ、……父さん?
[写っていた男性は、自分の記憶にある父親の風貌に─少しだけ若い顔だが─よく似ていた。]
I市って、確か……
[書店名とともに紙のカバーに書かれた地名は、父の郷里である北国のもので、本のタイトルは、そこよりもう少し北、本州最北端の県の別称だ。]
父さんの本、だろうなあ。
[写真を裏返してみる。]
照国神社……?
[高校の頃の部活動の合宿で、時折聞いた事のある場所の名が書き込まれていた。**]
あ、学習帳セット、当たったんですね。
[先程鉛筆を引き当てた作家の手に、ノート一揃いがあるのを見て、よかった、と笑う。]
福引き屋さん、景品がなくなって、店じまいしたのかもですよね。
[そんな憶測を、傍の女性に向けて。]
え?ちょっと…待って……。
[差し出されて思わず手にとってしまったのは、学習帳の何冊か。
続けて眼鏡の作家は、傍にいた女性にも一冊ノートを手渡した。
さっきの鉛筆の事もある。いいのか。]
あの。
お名前伺っていいですか?
[唐突ではある。
礼を言うにせよ遠慮をするにせよ、相手の名前を知らないままだったので、呼びかけようがないのに気付いたのだ。]
[それに──と、別の事も思いつく──]
よかったら、本を書かれる時のお名前も教えていただけますか?
[失礼だけれど、自分はこれまで読書と縁がなかったから、と付け加えた。**]
[すぱん、すぱん、すぱん。
ヨーヨー風船を、誰かが
手の中で跳ねさせる音がする。
『福引き屋さん、景品がなくなって、
店じまいしたのかもですよね。』
作家は若者の憶測を耳にする。]
[『お名前伺っていいですか?』
若者の唐突さよりは、いつからか耳にする
当世風の言い回しがおかしくてすこし笑う。]
…そこから尋ねなくとも、
伺ってしまえばいいのに。
[そこから重ねられる問いにはひとつ頷いた。]
[ばらけた学習帳を揃えなおしながら
何気なくつけくわえるのは――――]
… 神社の、宝物殿。
きょうは まだ開いているらしいよ。
[掠め取った対価に見合う『思い出』の在処。]
[拝観者の多い今夜は、国宝の刀剣について
熱く語ってくれる中年の学芸員がいるだろう。
調子よく ひと懐こく もちもちと笑う男は、
参道でテキ屋をしていた若い時分の客の面影も
忘れ得ず―― 懐かしむに*違いないのだ*。]
フユキさん、ですか。
[冬木さんなのか冬樹さんなのか或いは別の字をあてるのか。
まずは明日、ここを離れる前に、書店に行って探してみよう。]
僕は、獏と言います。
[夢を食べる動物の、そう付け加えた。]
[諸々、短い間の好意に礼を言って、教えてもらった所に向かいかけ]
あ、赤べこ。
[フユキの手にある学習帳の表紙に目が止まった。]
僕の実家にもあるんですよ、赤べこ。
父が小さい頃、祖父に買ってもらったらしくて。
[描かれた父の故郷の民芸品は、夜目にも鮮やかな赤。]
失礼します。
[作家は、どこか得心のいった響きで
若者と交わしたその名を反芻する。]
夢を食べる、獏か。
[思い出屋の噂も、文字にした過去も、
みんなみんな喰われて消化され
彼の日常という現実に昇華され――]
うん。
[作家は、離れ行く若者を見送る。
件のご婦人はどうしていたろうか。
アツタハズノオモヒデを想うまま、
罫線のないノートを渡された彼女は。
肩が触れ合うほどもない緩い雑踏は、しかし
些細な不思議を共有した人々を見失わせる。]
[前日の降灰は、カバンの底や
眼鏡の蝶番の隙間へ僅かに残る。
書店の片隅には少ない部数ながら
不行 後家(フユキ・ノーチェ)の
旅情サスペンスシリーズが並ぶし、
この現代日本に、思い出屋のうわさも
地方を問わずいまだに*途切れない*。]
こんばんわ。まだお時間大丈夫ですか?
[実物大なのだろうか、日本刀らしい大きな写真が額の中に納められている。
蛍光灯の白い明かりに、笑みを含んだ顔の男性がその脇あたりに立っていた。]
「ええ、大丈夫です」
[答えた男は、おや、という表情でこちらを見返している。]
あの、何か?
[腕章を巻いている、職員らしき小父さんの顔には、こちらも何となく見覚えがあるのだが。]
「今日は一人でここにおいでですか?」
はい?
ええ、僕一人です が ……。
[異な事を言う。]
「はあはあ、なるほど確かに、あなたまだお若いですからなあ。」
[張りのある声─例えば夜店の呼び込みあたりにうってつけな─は、言葉を続ける。]
「──二十年くらい前から何年か、テキ屋をやってましてな。
毎年この日に店を出してたんですが、
──いたんですよ」
……いた、って
誰が?何が?いたんですか?
……変な事を聞きますけど、
そのお客さん、写真なんかとってませんでしたか?
[赤ん坊を抱いて、白黒の写真を]
「……ううん。」
[福々しい顔の眉間に、微かに皺を寄せ──]
いやあ、確かもう夜だったんですよ。
──ああ、でも持ってきてはいたかな、写真。
持ってきてた?写真をですか?
「ええ、奥さんが、『よく似てる親子よねえ』って、写真と旦那さんや坊やとを見比べて感心してましたよ。あと、──」
[しばし記憶をたどるように、言葉がとぎれ]
「──『親父さんと一緒に、この祭りを見てるんだな、僕は。思い出せたら、懐かしいだろうなぁ』
確かそんな風におっしゃってましたよ」
[入り口の方から、人の話し声─新しく来た入場者であろう─が聞こえてきた。]
じゃあ、僕はこれで。
[4〜5人の年配の見物客が入ってきたのを潮時に、一礼して立ち去る。]
──『思い出せたら、懐かしい』か。
[父の父─つまり祖父─も早くに亡くなったと聞いている。
父と自分、同じよう事を考えて同じ事をしていたのだなあ
そんな感慨を覚えた。]
[宿に戻ったなら、もう一度あの写真を見直してみよう
そして、(恐らく、だが)父を抱いた四十数年前の祖父に、はじめましてと言ってみようか─そんな事を思う。]
でも、もう少しだけ──
[射的にお面、風車にリンゴ飴
アセチレンランプの明かりの集まる方へ、灯籠に薄く照らされた参道を*歩いていった*]
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