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えっ…掬子、さん?
[突然現れた、先ほど別れたばかりの姿。
名前を呼ばれたなら、振り返り行く末を見守る。
二足歩行のうさぎは、鍵と螺子を探せと言っていた。
けれど、掬子さんは、探さない方がいいのでは、と言っていた。
そのふたつの相反する答えが、この藤木にまつわることならば。
――わたしは一体…、どうすればいいのでしょうか。]
[けれど。
わたしの迷いは、あとから訪れた花嫁さんによって解消されます。
いさぎよく、啖呵を切るお姿に。
鍵と螺子が揃ったとおっしゃる姿に。
わたしはなぜか。
なぜでしょう。
胸が苦しくなるような想いと共に。
少しだけ嬉しさを、感じてしまうのです。]
[掬子さんが仰っていた、咲くことを恐れる花。
もし――、
もし、その花がこの目の前の花藤のお気持ちならば。
鍵と螺子を抱えたのが、この方たちならば。
きっと、きっと。もう、大丈夫。
そんな気がしてならないのは。]
わたしの…、自分勝手な、思い込みでしょうか。
[忘れていた想い。
わすれていた、やくそく。
実家の、枯れかけた八重藤。
迷い込んだ藤の林。
――そして、目の前の咲けない、咲かない藤木…。]
あ、あのね。こんな場所だけどわたしね。
ともゆきくんに再会したら、言おうと思っていたことが、あるの。
[もし、これが運命のいたずらだったとしても。
藤の花の影響を受けて、逢えたのだったら。
藤の花言葉は、「恋に酔う」。
なら、酔った振りをしてでも。
わたし、言わなきゃいけない。]
[久々に握るともゆきくんの手は大きくて。
でも、温かさは変わらない。
伸びた身長。
空を見上げるように。視線を上げたなら。
藤木の若葉の緑色が見えて。
あぁ、この方も頑張ったのなら。
わたしも、がんばらないとと。
近況より、なにより先に伝えたかった。]
あのね、わたし…ずっとずっと、
友幸さんのことが――
[だって、この場所を出てしまったら。
また会えないような気が、したから。]
…好き、なの。
わたしが。その…友幸さんを…
す、き…
[とつぜんの告白。
驚かせてしまっても、無理はないと思う。
だって、わたしたちが最後に会ったのは、まだ小学生の頃。
そんな好きかどうかなんて。
…まだお菓子の好みのような捉え方の頃だから。
訊ね返されて。同じように返して。
ふたたび、口にする好きの文字は。
恥かしさに霞んでいくけれど――]
実は…な、に――っひゃっ?!
[友幸さんからの答えに。
いやな予感がよぎって。
そうだよね、うん。きっと好きな子、いるよね。
叶わない恋に泣かないように。堪えようとしたとき。
急にバランスを崩した友幸さんに引き寄せられ、胸へ顔を埋めてしまう。
耳許で鳴る、鼓動がはやい。
これは、わたしのはやさ?
……それとも、友幸さんのはやさ?]
あ、あのっ…ごめんなさい。おもわず顔を――…
[本当は、ずっとこうしていたいけれど。
好きじゃない子に抱きつかれているのは、きっといやだよね?
慌てて身を離そうとして、気付く。
回された腕が。ほどかれないことに。
見下ろす友幸さんの頬が、なぜか紅いことに。
そして――]
……えっ、先にって…なんの、こと?
[囁かれた言葉の真意に。
どうしても、あまい夢を見てしまいたくなるの。]
[言いよどまれて、ひととき。
大きな体に包まれているから、わたしは友幸さんしか見えなくて。
簡単には口に出来ない事情なんて知らなくて。
ただ、彼ばかりを見上げていた。
不安と期待の入りまじる視線で。
でも、それもすぐにおしまいが近づく。
身を屈めて耳許に寄せられた友幸さんの口から。
少しだけ引き寄せられるように抱きしめられた腕から。]
………ほんとう、に?
[伝えられた想いは、夢じゃなくて。
でも、夢かもしれないと思って。
頬をつねってみたら。]
夢じゃ…ないの?
[ちゃんと痛くて。
おどろいたまま、わたしは友幸さんを見つめて。
また、尋ねてしまっていて。]
「夢じゃ、ないよ」
[わたしの問い掛けに。代わりに答えたのは――]
え? ――…杏奈、ちゃん?
[どこか、聞き覚えのある声に。
友幸さんの横から顔を覗かせると。
おさない面影が残る、見知った顔がもう一つ。]
[同性同士だから、聞きたいことは簡単に聞けて教え合える。
何気ない会話で、実は同じところに住んでいたこと。
友幸さんはおじちゃまのお仕事を手伝っているという事。
今は、わたしがいつも通っている公園の、植物園に通っているという事。
身体が大きくてあちこちにぶつかっているという事。]
え、じゃぁいつも公園を横切っているのは――…?
[わたしも、学校に行っている事。
建築デザインを学んでいる事を伝えて。
ひとり、藤木を見上げる友幸さんを見上げた。]
じゃぁ…わたしたち、案外近くにいたんだ。
[だけど、藤の花の訴えが、迷いが無ければ。
きっとずっと気付かなかった事。]
[お互いおどろいた様に。
視線がかち合って。]
勿体ないだなんて…
はい、勿体なかった、ですね。
[もっと早く逢えていたら。
時間と運命のいたずらに、ちょっと悔やむ友幸さんが愛おしくて。
わたしは、彼を見上げたまま何とも言えない嬉しさで、微笑むのです。]
はい、これからはいつでも。
逢えます。
杏奈ちゃんとも、お喋りできますね。
[そう、近くにいると知ったから。]
あ、でも…友幸さん、わたしの実家には行かれるのですか?
[花つきの悪い八重藤。この藤木の影響があるのかしら。
樹木医を目指し始めた友幸さんは、と。
尋ねずにはいられないのです。]
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