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[自分の問いかけに対し、複雑な表情で答えるニルス(>>4:57)の言葉を、真剣な眼差しで聞く。一句一句、言葉のひとつも聞き漏らすまいと]
“重たい荷物を背負ったような気分だよ”
[最後を締めくくる言葉に、彼は唇を結んだ。その瞳に、苦しみや、悲しみや、切なさ、申し訳なさ……いくつもの感情がないまぜになり、複雑な色を作る。しかしそこに、迷いの色はなく]
………。
[小さく礼をして、投票箱に向かった]
[投票を終えると、その足で向かったのは、炊事場。かすかに、ニルスたちの会話も聞こえてくる]
[“それ”は、探すまでもなく、調理台の上に置かれていた。何人もの命を奪ってきた、ナイフは]
……っ。
[小さく、息を詰め。一度、硬く目を閉じ――彼はそれを手に取った]
[ウルスラを殺したのは、恐らく、イェンニなのだろう。彼女の縫うこしらえ物の美しさは、それを引き取りに来ていたイェンニも知っていたはずだから]
[それを彼女の亡骸に掛けていたのは、人鳴らざる者に変貌してもなお、残っていた、人の理性なのではないだろうか――]
[確証は無い。ただ、彼がそう思うだけだ]
[イェンニが入れてくれたお茶の美味しさも。マティアスの手当てをしてくれた事も。……ドロテアを失った嘆きも]
[嘘だとは思いたくなかったから、そう信じたいだけ、なのかもしれない]
[しかしそれが事実であるか、単なる思い込みなのか、知る術はなく――]
[居間に戻ると同時に聞こえてきた、イェンニの言葉(>>4:68)が刺さる]
[“誰も殺していない者が、2人”……と言っていたが、違う。
ただ、直接手を下していないだけで]
[アイノは、自分が殺したも同然だから]
[レイヨだって、本当ならば――]
[だから、自分は――]
―――ッ!
[声にならない声を上げ、イェンニに飛び掛る。その喉に、ナイフの刃を突き立てる為に]
[ウルスラと同じように、喉を切り裂く為に]
[イェンニの喉から吹き出す、生暖かい赤を浴びながら]
[むせ返るような、さびた鉄の匂いを嗅ぎながら]
…………。
[掌に残る、ナイフの刃がずぶずぶと沈んでいく鈍い感触に、今更ながら、身体が震える]
[生かされる為に一度喉を裂かれた自分が、他人の喉を裂いて死に至らしめたという皮肉には――気づきもせず]**
[ひとを、ころした]
[イェンニは、人間では無くなってしまったのかもしれないけれど。それでも、彼にとっては、人だった]
[絶命し、足元に崩れ落ちたイェンニのガラス球のような双眸が、自分を見つめている]
………っ。
[後悔は、していない。いや、してはいけないと、ぐらつきかけた気持ちを立て直し、イェンニを見つめ返す]
[掌に残る、鈍い感触を]
[胸に広がる、にごった感覚を]
―――ッ。
[振り切るように奥歯を噛み締め、血まみれのナイフを指から剥がすように、ゆっくりと、ゆっくりと、手を開いていく]
[彼の手から滑り落ちたナイフが、床に落ちて。甲高い金属音が、居間に響く]
[緊張が解けたのか、一気に体中の力が抜け、イェンニの血だまりに膝から落ちた]
[途端]
………!
[ざわり]
[全身が総毛立つ、感覚に、背中が跳ねた]
[ざわり]
[毛穴という毛穴から、冷たい汗が噴出す]
[未だ、じくじくと痛む脇腹の傷が無ければ、発狂していたかもしれない]
[――得体の知れない恐怖が何なのか]
“おまえさんも、向こうへいっておいで”
[その声と共に、知る]
―――――!!
[狼に変貌したヴァルテリが、ユノラフの喉笛を食いちぎる様を目前にして]
[――この、圧倒的な恐怖に晒されて、マティアスもウルスラも、死んでいったのだろうか]
[仇を目前にしながら、身体が動かない]
[ニルスに目をやると、信じられない、といった様子で小さく首を振るのが見えた]
[再び、ナイフを手に取ろうと、手探りで探すが見つからない]
[その間も、ヴァルテリだった狼が自分達を見つめているのを肌で感じながら]
[それでも、指先は、必死でナイフを求めていた]**
“見逃してくれるのなら”
[場違いに、ゆったりと喋る狼の声が耳に届く]
――それは……出来ない。
[声も無く呟き、彼は首を振った。……指の先が、何か固いものに触れた]
[ずっと、考えてきた。自分がここにいる意味を]
[最初は、供物として命を捧げ、災いを退ける為だと思っていた]
[だけど、生きている]
[生きている――いや、生かされている意味を、だから、考えた]
[そして出た答えが、生きて人狼を食い止め、この村を守る事、だった]
[ニルスが会話でつなぎ止めている――]
[彼は、狼に気づかれぬようにナイフを手に取った。その間に、狼は身を屈め、今にも飛びかかろうとしていて]
[じり、と腰を浮かせる]
[機会は、恐らく一度だけ]
[――今度こそ、死ぬかもしれない。だけど、掛けるしかない]
[じくじくと]
[じくじくと]
[傷口がうずく。塞がりかけた傷が、開いているのだろう]
[ならば……]
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