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─昨夜・浴室─
[湯で顔を洗うと、あちこちが滲みる。腫れも酷い。あの時のダグの形相がちらつき、背が冷えた]
後で、冷やしておかないとな…
[未だ手の中に残る、サーバーフォークで貫いた感触を誤魔化すかのように呟いた]
─昨夜・廊下─
[湯を浴び、着替えると言っても、纏えそうなものはバスローブくらいしかない。
今まで身につけていたものを浴室で洗い、バスローブを羽織って2階に戻ると、マティアスとイェンニが待っていてくれた。
男がいない間、2人の間にどんな会話がなされたのかは、その表情から伺い知ることは出来ず。
イェンニと別れ、マティアスの手を引いて部屋へと戻る]
[マティアスを送り、床に落ちていた白杖を手の届く所に立てかけて、男は厨房へと向かった。
傷を冷やすためにタオルを水に浸し、ビャクダへの土産に卵をふたつ失敬した帰り――
…馬小屋から、嘶きが聞こえた。
すまない。
すまない。
胸の内で謝りながら、足早に部屋へと戻った]
─昨夜・自室─
[二つの卵を、嬉しそうに丸呑みするビャクダを眺めながら、玄関先で蜂を沈めていたイェンニの姿を思い出す]
…なんでだよ。
[何であんな、寂しそうに。
独りで。
…濡れたタオルを顔に押し当てる。ひんやりとした布が、腫れた患部を心地よく冷やし。
しかし目の回りだけは、じわりと温かく――]
―翌朝―
[ふと、男は目を覚ます。
ここ数日ろくに眠れていなかったせいだろうか、いつの間にか眠っていたらしい。傍らでは、とぐろを巻いたビャクダが、寄り添うようにして眠っていた]
…大丈夫だって、俺は。
[ああ、ほんとうに、賢い蛇だ。
ひんやりと冷たい皮膚を、ひと撫でして。男は身支度を整える。昨夜洗った服はまだ湿気ているが、着ていればそのうち乾くだろう]
[イェンニがナッキである事は、もう間違いない。
しかし、いざ本当に『そう』となると、覚悟>>4:92が鈍る。どうするべきなのかが、考えるほど、分からなくなってくる]
…あの時のクレストの気持ちは
分かるようで、やっぱり、俺には分からないな。
[あの日、ナッキと――ミハイルと共に命を絶ったであろう白い司書を思い出して、ぽつりと呟く。
誰にも殺させない、という気持ちは理解できでも、彼のように共に死を選ぶ事は、男には出来そうにないから。
『マティアスさんを取るわよ』というイェンニの言葉>>3:154の意味が、漸く分かった。
意味は分かった、だけど――…]
[ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟り、部屋を出る。
マティアスを裏切る事は有り得ない。だからと言って、イェンニをみすみす死なせる事など出来るはずもない。
――いっそ、村を捨てて3人で逃げるか?
無理だ。
この暴風雨の中、動けるわけがない。仮に村を出られたとしても、どこかで、増水や落盤に巻き込まれるだけだ]
くそ…。
[男は思考の迷路に、迷い込んでいた]
…それでも、お前のお陰で死なずに済んだのは違いねぇだろ。
[ニルスの言葉に、ち、と舌を打ち、苦々しく、ぶっきらぼうに呟き…
真っ直ぐに、彼の目を見据える。ぴりぴりとした、棘を纏わせて]
…イェンニを殺す気か。
[それは答えの分かり切った、問いかけ]
知っている。
だが…イェンニは殺させない。
[彼女がナッキだと分かった今でも、その思いだけは揺らぐことはなく]
もし、イェンニに何かしたら、俺がお前を殺す。
[抑揚もなく、静かに告げて。
どうするべきなのか、答えは出ないまま――否、すべき事を認めることが出来ないまま、男は大部屋を後にした]
…少し、いいか?
[たどり着く先は、マティアスの部屋。言葉を投げ、中へと入る。
いつもと変わらぬ友の顔に、気持ちが楽になっていくのを感じた]
…単刀直入に言う。イェンニが、ナッキだ。
昨日の夜、蜂を水の中に沈めているのを見た。
[ぽつん、と事実だけを告げる]
…なあ、
もし俺が、イェンニといきたいって言ったら、どうする?
[『生きたい』『逝きたい』そのどちらとも取れる残酷な質問に、マティアスはどう返したか。
何れにせよ、男はすぐに苦い笑みを零して取り消す]
…すまん、冗談だ。
そうだよな、俺には、お前を見捨てて独りにするなんて事、出来るはずがない。
だけど、イェンニも独りにしておけなくて、幸せにしてやりたいと、願ってしまうんだ。
寂しさから、孤独から、救ってやりたいと
傍にいたいと…
――彼女を、愛してしまったんだ…。
[感情を押し殺して呻く]
[村を出る覚悟は、まだ出来ていない。それでも今は、とにかくイェンニに会いたくて――]
…イェンニ。いるか?
[彼女の部屋の扉をノックし、声をかけるが返事はなく]
[カタカタカタ]
[キィキィ]
[カタン]
…ん?
[どこの部屋だろうか。物音が聞こえる。窓でも開いているのだろうか。
しかし、こんな天気で窓を?]
[首を傾げながら廊下を歩いていき、その部屋の前で足を止める]
だれか、いるのか?
[ノックをする、その部屋は。
――クレストが使っていた部屋]
[部屋の中から、返事は無い。
しかし何故か、酷い胸騒ぎがして]
…イェンニ?
いるのか?
[ここにいるような気がして、呼びかける]
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