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[男がカウコであった塊の脇に居たのは
短くもあり 長くもある、時間だった。
手で解凍された赤を ちろと出した舌で舐め取ると、肩に背負ったラウリを背負い直し、ゆらりと足を踏みだした]
…――どうにも…――
[見えぬ眼が、熱い。
男の歩と杖の模様は、長老のテントへとゆっくりとしかし確実に、向かう]
― 長老のテント ―
…――村の外れに、これが。
あと、森の方に…――
[多分、カウコが。
消してはならぬ語尾も癖で消し、
男は一度唾を飲み込んでから声を出した。
手に、足に、融けた赤が付着したままに]
…――もう、俺には、
――長老、あんたの大事な村を護る方法は、ひとつしか、浮かばない…
…最初に浮かんだ、だが、実行するなら最後の…
[呟くように告げる男に、
長老は皺刻む顔に何を浮かべるか、見る事が出来ないのは幸いだと、思った]
[男の体から、血の臭いはきっとする。
男の体に、赤はいくつも付着しているから。
男はテントから出て、ひとの気配に顔を向ける。
カラリ、耳元でプレートが鳴る]
…――、
[杖はやや無造作に歩く先の雪を掻く。
イェンニの方へと、ざくり、雪を踏む足は進め]
…――、
――いや、殺して居ない…
[イェンニの手が、ごつごつした自身の手に触れる。
うっとりとした表情は見えぬけれど
その声に いくらかの想像は出来て]
報告は、別だ。
ラウリとカウコが、死んだ。
そして…――
…此れから、殺す心算では居る。
――と、言ったら…?
[自身の手に触れるイェンニの細い手首を
左手で ぎゅっと 握った]
…益?
俺に…――個人に?
[…ふる、と一度頭を横に振る。
彼女の丁寧な言葉に、眉を上げる様子]
…お前だけじゃない…
――誰が此処に居ても、同じ事を、言った…
[銀色は、見えない――]
…狼遣いが、消えればそれでいい。
――俺は、この「村」を護りたい。
…それは、益か…?
[ぐ、と。
イェンニの手首を握る手に、力を入れる]
…ほしい「益」では無いなら、
「何故」問うた…?
[ひたりと 首元に触れる冷たいものは
雪でも手でも無い事は、知れる。
こくり 喉仏が一度動き 赤い血がぷつりと 浮いた]
…――死ぬ気、は。
…―お前が死んだ後なら、やぶさかでも、無い…
[そもそも 彼女が伏し眼がちな事も知らない。
彼女の見開いた瞳の色も、知らない。
それは幸か不幸かも、判る事は、無い。
知らぬ男は、彼女の手首を掴む手に力を入れ、
杖を持った手を前へと伸ばす――]
…――…お飾り、きれいごと。
そう思うなら、…思うといい…
[僅かに言葉に含む色は、濃く低いもの。
ふ、とため息のようなものを、白く吐き]
…自分が生きたいからでないのに
自分が生きたいからだと言わなければ、
いけないのか…――?
…――嘘をつかねば哀れまれる、
死者もまた、哀しいものだな…?
[真っ直ぐに前へと差し出した杖。
飾り気の無い トナカイの蹄に覆われた先は
硬く 硬く 尖って居るのが見えるだろう。
そしてその手元もまた、同じように。
ぴちゃりと、舐める音に眉を顰めたまま、男はイェンニの手首を離さない]
…予約の前に、条件を言ったろう…
[杖の手元を、音から彼女の顔の位置を察知した上で
肩口へとあたりをつけて 振り降ろした]
…――可笑しい、な…
――俺には、お前の言葉こそが、
きれいごとに、聞こえる…
[どうやら振りおろした杖の手元は
うまく――そう、うまく彼女に当てられたらしい。
手首を強く握った侭、ぐいと引き寄せれば
彼女の持つ鉈は 果たしてどこにあるのだろうか]
…約束したひと、か。
――それは、すまないな…――
[男のべたついた髪が ひとふさ落ちる。
男が彼女の手首を離すのは、鉈が男の身体に埋められた時なのだろう、硬く硬く 握りしめて]
…―――おなじ、か、同じかもしれん…
――言葉を重ねて、誤魔化そうとしているのは
[引き寄せれば、彼女の首元の位置も判ろうか。
男は、杖を女の背で落としその首に 手をかけた
…俺、か…――?
[彼女の口唇が動くのを
男は、気づく事が出来ない。
掴んだ手首を引っ張り上げ その内側を一度 ちろ と 舐めた]
[ぱああん、と、冷たい空気の中
頬を叩かれた音がやけに響く。
彼女の嫌悪の声に 男は
口元に歪んだ笑みを、浮かべた]
…――女の悲鳴を、近くで聞くのは、
――ひさしぶりだ…
[くくく と 喉奥で音を立てる。
叩かれたままの角度で頭を止め]
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