[蝉が鳴く。ネギヤを探す山狩りの灯に
昼夜を違えた蝉たちの声を思い出す。]
… 自分だったら。
自分がいなくなったとき、
誰も探してくれないのは こわい
[誰が とも 彼が とも 皆が とも言わず、
弁士は眼鏡を掛けた出版社員の顔を見遣る。]
[道中には、何人かの村人とも出会う。
ひとりは、都会でもあまり見ない妖艶さを持つ少女。]
『呼ばれて』しまったら、
行きたくなるものなのでしょうか。
[ひとりは、出版社員の知人らしき、犬連れの少年。
弁士は犬の正面に屈むと、
「君でしたか」と言って鼻と鼻をぷいと合わせる。]
少年少女の大冒険 是非にいらしてくださいな。
[今年の葱汁もとい豚汁は
うんとおいしくたべられると*いい*]
[かみかくしの噂で遊んではいても
そこはまだ小学生
去年のこの季節にどこかへ姿を消したネギヤ。かみかくしだなどと噂もあれど、一年経った今、親からは"ネギヤは『トーキョー』に行ったから気にするんじゃないよ"
と聞かされていた。子供に複雑な話をごまかす時の常套手段であるがやはり子供だ]
トーキョーかあ。都会でモヤシになりゃあネギヤにーちゃんもさすがにひょろりとしてくんのかなー。でぶんでぶんなアレがモヤシに……痩せたらどんなんだろな、アレってばよ。
[子供の一年は長い。
去年よりは少し気性も落ち着いたようだが、雰囲気はまだ、悪戯っ子とのあだ名の取れる日は遠そうであると物語っているだろう]
きつねぐもが出てるぞ!
[空を指差す悪戯者のガキ大将。
…ネギヤがいつの間にか消えた噂ときつねぐもの噂は小学校という子供達の小さな社会で様々な形で変化をし、いわゆる肝試し的な都市伝説のようになっていた。
そう、噂の遊び方が変わったのだ]
なあなあ、きつねぐもが出てるぞ!
かみかくしだってばよ!メリーさんと花子さんときつねぐも、どれが最強なんだろうな。
[落ち着いたとはいえやはりからかいたい盛りの子供であるのだろう]
どうしたポチ
[空を見上げていた青年の横で犬が落ち着きなく、飼い主の手首をペロペロと舐める]
大丈夫だよ
これはいつの間にか出来た痣
去年の神隠しが起きた後から段々濃くなって来た
痛くも痒くもない
[それは握られた後のよう]
これはまるで人引きの印のようだ
神隠しの邪魔をする人引き呪いをする輩は許せない
[遠い何かを見つめて、それは狐雲より遠い何かを――]
化け物に強いも弱いもあるもんかい。
[ガキ大将のやんちゃなはしゃぎ声に、顔を向ける]
日が落ちたら、暗いところに行くんじゃないよ?
さて行くか
今日は本当はダメだが焼き鳥食わしてやるよ
[犬を一撫ですると立ち上がり神社の階段を上がる]
俺も今年もたんと食うぞ
[階段で立ち止まり、振り返る]
……
よぉ、相変わらず正装だな
少し考えていたんだ
神隠しに遭った人間はどんな所に行くのかなとな
ああ、神隠しの担い手が悪い奴じゃないって知っているから悪い場所ではないと分かっているからな
[ニイと笑った]
[ふと、覚えのない景色が眼前に浮かぶ。
其処にはネギヤが居るのだが、浮かぶと、消えて、はっきりとは思い出せない。
最近よく起こる事なのだが、あれは、一体何なのだろうか。
あの景色の元へ行けば、ネギヤはまた静かに佇んでいるのだろうか。
何処かもわからない、あの景色の元へ。]
あ、ああすまない、胡瓜じゃなくトマトだね。
[考え事をしながらは、よくなかったか。]
ほお、こりゃあまた。
[トマトにキュウリが水を張った桶の中で涼んでいる。]
キュウリを一本もらおうかな。
[白衣のポケットから小銭をつかみ出す。
どちらかというと好きなのはトマトなのだが、白衣に汁を垂らしてしまうと、物騒な見てくれになってしまいそうでやめておく。]
今年は元気そうだな、ゼンジ。
──いや、去年も大丈夫だったんだが。
[昨年の祭りの折り、何故かこの若者が熱でもあるように見えてしまって、豚汁を食べ終えてからわざわざ体温計を脇に挟ませた事を思い出した。]