[季節外れのアイスコーヒーにガムシロップを入れて大雑把に混ぜたあと、本を三冊取り出してテーブルに積んだ。一冊目の栞の頁を開いたが、数行読んでは気が逸れる。
ちらちらと携帯電話を見やるが、着信マークはない。]
……くれぐれも頼むぞって、言ったんだがなあ。
メール。忘れてんのかね、あいつ。
[溜息とともに残りのぼやきは呑み込んで、再び頁を繰った。]
[短編集の一作を読み終えたところで、ストローで沈殿したガムシロップをかき混ぜる。作者の未完の遺稿と知ってはいたが、ここで終わるのかよ、と少し可笑しくなった。
ちなみに今日も、仕事に直接関係する本は一切持ってきていない。この店は、そういうところじゃない。少なくともおれにとっては。
メールは、まだ来ない。]
やっぱ、帰省するのが手っ取り早いか……?
[ただ待つより、そちらの方が確実そうだった。
気が進まないのは仕事の兼ね合いと、昨日届いた白黒刷りの葉書一枚のせい。]
『…クリスマス、あれね
イエスの誕生日じゃないんだって』
[しばし考え込んでいると、控えめなBGMに紛れ、そんな言葉が聞こえた。
へえ。初耳だ。
おれと三大宗教の接点は、世界史の知識が少々と、あとはせいぜい幼稚園が寺だったくらいのものだ。
それで正解は何なのだろう。
耳を澄ますが、その続きは聞こえてこなかった。
答えのない謎かけにでも遭った気分。]
[それにしても、そうか、もうそんな時期か。
師走。センセイが走る月。
塾講師をしているおれみたいな人間にとっては、実にぴったりの言葉だ。
センター試験まであと1ヶ月弱、受験を目前にした生徒たちのための集中講義や冬期講習の準備で大わらわだ。うちみたいな個人経営の塾でさえそうなんだから、大手のところはもっとだろう。]
[今日だって、夕からは仕事だ。
気づけば冬の日はもう赤みがかり始めている。
軽く腹ごしらえをしておこうと、ウェイトレスを呼び止める。]
ホットサンド、あります?
[店内に漂う微かな香りの誘惑は強力だった。]